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このレコード何とかしてくれ

1972年ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団来日公演の知られざる録音

 

2、探求編〜これってなに?

 家に帰ってみてプレーヤーにかけて驚いた。エア・チェック特有のノイズがない、ましてや膝録のようなこもった音質どころではなく、音はかなりクリアだ。

ではこのレコードはなんなのだろう?か。

そこでとりあえず1972年のモスクワ放響の来日公演について調べてみることにした。

まずはあいざーまんさんのHP=「海外オーケストラ来日公演記録抄」。外来オケの来日史を調べるのに、ここ以上に情報がまとまっているところはないし、ロジェヴェン&モスクワ放響の72年来日について記事があったのを覚えていた。

その記事によると、72年のモスクワ放響来日時に演奏会数は20有余回(同行指揮者の父ヤルヴィを含む)を数えるというのに、驚くことにショスタコーヴィッチの15番を演奏した機会は2度しかない。

この年1月8日に作曲者の息子であるマキシム・ショスタコーヴィッチによって世界初演されたばかりの15番を演奏することは、モスクワ放響の来日の目玉であったのにだ(この辺りはちょっと謎である)。

日本でのたった2回の15番の演奏はロジェストヴェンスキーが指揮した

5月10日:大阪フェスティバルホール
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番
チャイコフスキー/交響曲第6番

6月1日:東京厚生年金会館
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番
ベルリオーズ/幻想交響曲

しかない。可能性としてはこのどっちかということになる。「日本初演」となると5月10日になるのだが、幻想交響曲が絡むとなると6月1日の可能性も出てくる。

そこで72年モスクワ放響の来日公演のパンフレットを東京文化会館で見てみた。当時のプログラムは、けっこういついつに今回の演奏会を放送する予定だというのが書いてあるのだ。

それによれば10日の演奏に関してはNHKが収録し、予定どおりに放送(FMおよびTVで)されたようである(この音源がNHKに残っているとしたらぜひCD化して欲しい)。しかしそうなると幻想交響曲が良く分からない。まさか5月10日に終楽章全部をアンコールにしたのか?と思い始める(モスクワ放響ならやりかねない)。

6月1日のパンフレットに関しては残念ながら見ることが出来ずどうだったかわからない(後述するようにNHKが招聘に絡んでないので、10日のパンフレットと違うのだ)。

そこで今度はレーベル面の別の情報からその辺りを探ってみた。レーベル面周縁にあったプレス元らしい「SOUGOU BUNKA SYA」という会社はなんなのか?とりあえずローマ字をありえそうな漢字に変換すると「総合文化社」となる。そして「総合文化社」をネットの検索にかけてみる。何件か当たったのだが、あいざーまんさんのHPの記事にも引っかかった。

けっかとして漢字変換は間違ってなかったようだ。そこで分かったのは総合文化社は招聘会社つまり呼び屋であり、1977年に倒産しているということ。

しかし総合文化社が招聘会社であることで突破口が開いた。調査の結果(該当年の音楽年鑑などを調査した)、6月1日の演奏会の主催が総合文化社であること。5月10日の演奏会の開催には総合文化社はまったく絡んでないこと。…ということまでは分かった。しかし倒産となる、ここに照会してみるという線は消えてしまった。

6月1日だとしたらレーベル面の「SOUGOU BUNKA SYA」の文字のあとの数字「1972,6,1」という表記はプレス日でなく、収録日である可能性が出てくる。「First Performance in Japan」は厳密には正しくないが、このモスクワ放響の来日が日本初演となることを考えれば、初演2回目であるとしても、「日本初演」という文句はあながち嘘とは言えない。

では、この音源はいったいなんなのか?6月1日はNHKの収録がないのは確かである。では民放だろうか?しかしそれならあってしかるべき放送局からのライセンスの表示が無い。そしてこのレコードを聴いた友人によれば、録音状態を考えると、放送用の録音というより、天井からの吊りマイク1本で録った音のようだというのである。

となると、このレコードの元の音源は放送音源であると考えるより、総合文化社が演奏会を自前で録音したものである可能性が高いということになる。要するに、あることが今日まであることさえ知られていなかった音源が実は存在していたということになる。

詳しい人に訊いてみると、実はこの頃、招聘元がホールの天井吊りマイク1本で記録用に録音したようなものを公演スポンサーの肝いりで、LPにプレスするということが、時々あったらしいのである。

東西冷戦下、西側諸国はアーティストそれぞれの著作権関係がうるさいが、東側では著作権が国による一括管理であったために、お偉いさんの許可一つさえ取ってしまえば、演奏者から承認を取らなくても録音が出来たようなのである。

もちろん販売目的ならガッポリを権利料がとられるが、「非売品」という形で関係者のみの頒布ということであれば、それほど難しいものではなかったようである。こんにちCDが廉価でプレスできるのと違い、当時LPのプレスにはかなりの金が必要だった。招聘会社にそんな余分な出費ができるわけはなく、それを公演スポンサーが出してやるということらしいのである。

今回の場合は、6月1日の公演の協賛が日本ビクターであることを考えると、プレスを担当したのは日本ビクターであるとするのが妥当ではないだろうか?レコード会社がバックなら簡単な話である。

そこでこのレコードを再び見ると、@ジャケットがただのボール紙(販売目的ではなかったため?)、Aジャケットの「マル秘」という手書き、Bレーベル面の「not for sale」(=非売品)の文字、C限定頒布を思わせるナンバリング(それも30番というきわめてケタ数の低い数字)、といった理由がわかってくる。

つまりこれは6月1日の公演関係者のみに限定頒布されたレコードの可能性が高いのだ。そうだとすると、このレコードのプレス数は多くてもせいぜい100枚ていどだっただろう。少なく見積もれば3ケタまでいかないかもしれない。これ以上プレスされており、かつ極僅かの関係者以外にも広く頒布されていれば、この音源の存在自体がすでに有名になっているはずだ。

どおりでこれまで表に出て話題になったことが無いはずである。

となれば、このLPをもらった関係者が、そんじょそこらの中古屋に二束三文で売り飛ばすわけがない。おそらくこの関係者は故人になったのだろう(私だったら棺おけに入れてもらうけどね〔笑〕)。遺族に価値は分からない。それでその他のレコードとまとめて中古屋に売り払ってしまった。私はそれとたまたまめぐり合ったということなのだろう。

そういった時代の関係者が徐々に亡くなりつつあると推測されるこんにち、総合文化社だけに限らず、こういったレコードは今後どんどん陽の目を見るようになるのではなかろうか。

さてさて、整理してみるとこのレコードは以下のようなものだとかなりの確度で推測できる。

a) 72年6月1日のモスクワ放響の来日公演の記録録音である。

b) この録音をしたのは演奏会主催者の総合文化社である。

b) この録音が公共の電波に乗っかったことはないようだ。

c) レコードが頒布されたのは関係者のみで、多く見積もっても100枚ていどしかプレスされていない。
(なんせ30年くらい前にプレスしたと思われるLPである。現在もプレスしたLPすべてが残っているとは限らない。となると現存しているものはそれよりも少なくなる。)

しかしかなり“やばい”ものが出てきたものである。

全収録曲は以下の通り。

1、君が代

2、ソ連国歌

3、ショスタコーヴィッチ:交響曲 第15番

4、ベルリオーズ:幻想交響曲 より 終楽章

5、ロジェストヴェンスキーのアンコール・アナウンス

6、ベルリオーズ:妖精の踊り(「ファウストのごう罰」より)

 

付記:NHK放送予定

NHK主催演奏会パンフレット記載によるNHKでの放送予定は以下の通り。

TV(総合)

5月8日 22:15〜23:10 チャイコフスキー:交響曲 第5番
5月11日 22:15〜23:00 ショスタコーヴィッチ:交響曲 第15番
6月18日 22:30〜23:45 チャイコフスキー:交響曲 第6番 「悲愴」 ほか

ラジオ(第1)

5月14日 11:05〜11:55 チャイコフスキー:交響曲 第5番
5月21日 11:05〜11:55 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第1番 ほか
5月28日 11:05〜11:55 ショスタコーヴィッチ:交響曲 第15番
6月4日 11:05〜11:55 チャイコフスキー:交響曲 第6番 「悲愴」 ほか

FM

5月8日 18:25〜20:45 5月8日 東京公演の全曲(東京地方のみステレオ)
5月19日 20:05〜22:00 5月8日 東京公演の全曲(ステレオ)
5月24日 20:05〜22:00 5月10日 大阪公演の全曲(ステレオ)

予定が支障なく行われたとすると、72年モスクワ放響の来日公演で電波に乗ったのは、おそらくNHK主催演奏会のうちのこれらのみであろう。以上から判断する限り、今でもNHKのライブラリーに残っている可能性が高いのは、

58/東京文化会館
グリンカ/ルスランとリュドミラ、序曲
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第1番(P/ヴィクトリア・ポストニコワ)
チャイコフスキー/交響曲第5番

510:フェスティバルホール
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番
チャイコフスキー/交響曲第6番

であると思われる(前掲、あいざーまんさんのHP参照)。両日ともTV用映像とFM用ステレオ音源がそれぞれテープに収録されたようだ。もちろん両日とも君が代(評論家の吉田秀和氏がびっくりしたというあの“君が代”)とソ連国歌および(あったとしたら)アンコールも収録されているのではないかと考えられる。

 

3、何とかしたい編 につづく。

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