和歌山ミュージシャン 植松淳平

名前:植松 淳平

1956年4月24日生まれ 和歌山市生まれ

 

○音楽への道に入り、長きにわたるバンド活動と方向転換

 14歳の頃、音楽好きの友達とロックバンドを始め、ベースとボーカルを担当した。当時、ビートルズやCCRなどのロック、オーティス・レディングなどのR&Bにあこがれ、音楽活動をスタートする。

 学生時代は引き続きバンド活動を続け、社会人になってからも同様の活動を続けた。37歳の時、バンドの解散があり、1人でアコースティックギターでの引き語りを始める。バンドは解散しても、自分にとって、歌を歌いギターを弾くことがとても大切だと気づいたからである。

 これがきっかけになり、活動範囲が広がり、和歌山県内外などのイベント参加や路上ライブ、ライブハウスでのライブなどに出演するようになった。同時に、作詞作曲活動を始め、オリジナル曲を多数つくり、ライブで歌うようになった。

○オリジナルCD制作と発表

 2005年(平成17年)2月、それまでのライブ活動の中で生まれたオリジナル曲をまとめ、初めてCDとして発売する。「マイホームタウン」(全12曲入り)で、その中で「和歌山ラーメンの歌」や「恋の不老橋」が評判になり、地元のラジオやテレビでオンエアされた。

 次いで、2009年(平成21年)11月、シングルCD「幸せのプロポーズ」(全2曲入り)、2010年(平成22年)12月、アルバムCD「パーティーをしよう!」(全13曲入り)を発売する。 アルバムCD「パーティーをしよう!」では、「幸せのプロポーズ」や「マダム梓のロックンロール」が人気である。

○植松淳平の近況

 和歌山市内のライブハウス・ヴィンテージでの毎月第3木曜日の「植松淳平と仲間たち」ライブを中心に、イベント参加などでライブ活動を行っている。 また、年に何度かベース・キーボード・パーカッションなどのプレイヤーを招き「植松スペシャルバンド」として、和歌山市内や大阪市内でのライブ活動を行い、好評を得ている。

 新たな一面として、平成23年1月からエフエムマザーシップ(和歌山県湯浅町のコミュニティーエフエム局、88.9Mhz)で、「淳平のミュージックワールド」という番組を持ち、DJとしても活動している

○植松淳平の今後

 今後の活動としては、これからもライブ活動、作詞作曲活動などを続けていきたいと考えていますが、特に、作詞作曲活動では、やはり、皆さんの心に届くような曲づくりや、アレンジや演奏も含めて、いままでとは違う 新しい曲づくりなどに挑戦していきたいと考えています。

 もうひとつ、2011年5月に私自身が主催して行った、和歌山市内での「東日本大震災支援ライブ」のような、音楽を通じて少しでも地域社会に貢献できるようなライブのあり方も今後も考え、実行していけたらと思っています。 それに、3枚目のアルバムCDの製作もしっかり視野に入れたいですね。

 みなさん、これからもシンガーソングライター「植松淳平」をよろしくお願いします。