2017.3. 19

ご挨拶 お彼岸

 朝夕はまだまだ寒く、暖房が手放せない日々が続いていますが、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。3月も半ばを過ぎ、明日はお彼岸のお中日。今日は朝からポカポカ陽気で、日差しもあたたかく、いよいよ春の到来を実感しています。3月の始めに啓蟄(24節季の1つ)を迎えましたが、生命の営みというものは本当に不思議なもので、庭の植物たちはみるみる緑の葉っぱを元気に茂らせ始め、色鮮やかな草花が次々と蕾み、開花し始めました。今が一番、生命のエネルギーを感じる季節。これから初夏にかけてどのような姿を見せてくれるのか、心待ちにしているところです。と同時に、手入れも大変な季節に突入してしまうなぁ、とひそかに恐れつつ覚悟しているところです。

 桜の開花も間近に迫りました。みなさんも春の息吹を体一杯に吸い込んで、心と体をリフレッシュしてはいかがでしょう。


フォトエッセー ひな祭り

お内裏様とお雛様

ohinasama   3月3日は桃の節句。一般的にはとうに終わった年中行事だが、私の住む地方では旧暦で行う風習があり(ちょうど一ヶ月遅れの4月3日)、今もこうしてリビングの一角を飾っている。私は3人姉妹で育ち、姉が生まれたときから5段飾りのひな人形が家にあったようなのであるが、私にとっての記憶に残る最初の光景は、福山の片田舎の平屋に移り住んだときに、床の間に組まれた5段の真っ赤なひな壇の上に置かれたひな人形たちの姿だ。引っ越しが多く、アパートやマンション暮らしでは飾る場所も十分になく、出し入れも大変で、母はひな壇を出すのがとても億劫だったようだが、私はいつも「出そうよ。出そうよ。」とお願いして飾ってもらっていた。私にとってひな人形の楽しみとは、5段あることでそこに現れる異空間、新たに生み出される別世界に触れる喜びだったのだと思う。最上段で美しい衣装に身を包んだお内裏様とお雛様は本当に美しいが(今でも新聞にひな人形の広告などが折り込まれると、思わず見入ってしまう。)、子どものときには一種の近寄りがたさも感じ(繊細な髪飾りや色とりどりの房が付いた扇など、ちょっと触れるだけで微妙に位置がずれたり落ちてしまったり・・・まるで腫れ物に触るような気持ちも抱いていたのだろう)、例えば清楚な着物を着た3人官女や、笛や鼓を手に手にもった5人囃子たちのユニークな姿のほうに親近感を覚えていた。更に魅力的だったのは人形たちの周りを演出する小道具で、きれいなぼんぼりや供えられた菱餅、小さな器のあれこれや家具、桜の木やミカンの木などなど、見ているだけで心から楽しい気持ちになれた。中学、高校、大学、社会人と私たちが次第に自分たちの生活にかまけ、忙しく年を重ねていく中でも、母はずっとこの季節になるとひな壇を作り、お雛様を飾り続けてくれたのだが、5段はいつしか3段になり、10年以上前にはとうとう、お内裏様とお雛様以外はすべて処分してしまった。それ以来、このようなとてもシンプルな形で飾り続けている。さすがに小さなほころびはいくつもあるが、居間を彩る明るい色調に、私はいつも「あぁ、いいよねぇ。」と眺めているのであるが、母はそろそろこれら2体の人形も処分したい気持ちのようで、私は「えっ、まだぜんぜん大丈夫よ。」と言い放っている。


さげもん

sagemon sagemon  柳川には面白い風習があり、桃の節句でひな人形を飾る際、ひな壇の前に、鞠と人形を交互に糸で連ね、千羽鶴のように幾連かを束ねて天井から吊して飾る「さげもん」というとても可愛らしく美しい飾りものがある。この写真は今から6年前に訪れた「さげもん祭り」で巡った「御花」という料亭旅館のある一室。部屋中、さまざまなお雛様とともに、色とりどりのさげもんが飾られていた。真っ赤なひな壇が、豪華絢爛な空間を生み出している。