2015.12.31

年末のご挨拶

 慌ただしく大晦日を迎え、今年も残すところ、僅か数時間となりました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
 今年は暖冬と言われていますが、こちらも12月半ばを過ぎても信じられないほど穏やかな日々が続き、今年はしもやけはひょっとして大丈夫かも・・・などと期待していたのですが、それはちょっと甘かったようです。ここ一週間ほどは霜が降りるほど急に寒くなり、その途端、左手に違和感が。そして赤い斑点が一気に3つ出来、それが今は丸晴れ状態になっています。これ以上、増えないことを祈るばかりです。
 近年、年末はいつも暖かく、仕事がはかどって本当に助かっていましたが、今日はあいにく朝からしとしと雨で空はどんより暗く、空気は身を切られるほど冷たく、引きかけている風邪が悪化しそうな気配で、嫌な年末だなぁと思っていましたが、午後からは天気も一転、うっすら晴れ間も広がり、寒も緩み始め、あぁよかった! と心も明るくなりました。恒例のおせち料理も午前中に作り終わり、午後は最後のお掃除、明日の準備も終了し、何とか無事に今を迎えることができ、ほっとしています。
 本当は、もう少し早い時期にサイト更新を予定していたのですが、肝心の曲がなかなか完成せず、とうとう今に至ってしまい、今年最後の曲をご披露出来なかったことがとても残念です。
 こんな怠慢サイトにも関わらず、今年も遊びに来てくださった方々、曲を聴いてくださった方々、そして楽譜を購入してくださった方々、本当にありがとうございました。今年も相変わらずとても地道な活動ながら、音楽に向き合い、このサイトを通して、みなさんに作品をご紹介することができたことをとても嬉しく思っています。改めて、みなさんに感謝いたします。どうもありがとうございました。
 来年も、少しでもよりよい作品をみなさんにご披露出来るよう、1歩1歩前進して行きたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 それでは、最後になりますが、
 来年もみなさんにとりまして、より素晴らしい一年となりますように!
 どうかよいお年をお迎えください!



フォトエッセー なのにノンフォト

 今年の冬は全体的に本当に暖かく、庭先でも驚く現象がたびたび起きた。
 ほんの一週間前の話、その日は驚くほどポカポカ陽気の小春日和だったが、いつものように枯れ葉を拾ったり、草をむしったり庭の手切れをしていたら、オレンジの木で何かが動いた。何気なくそちらを振り向くと・・・何と長さ1メートル半ほどの蛇が木の上の方で長く伸びて巻き付いているのを発見! 意表を突く光景にぞっとしたのであるが、そのあとすぐに脳裏をよぎったのは、心配していたことがとうとう起こってしまった。一刻も早く、蛇をここから移動させなくては、という気持ちである(母は大の蛇恐怖症で、こんな風景を見たら失神してしまうかもしれない。)(参照 2014.09.14)。(以下、蛇の話が延々と最後まで続きますので、蛇が苦手な人はどうかここで読むのを止めてください。)

 蛇は一般に秋の彼岸頃に冬眠のために土に入り、春の彼岸頃に土から出てくるということだが、私が年に1,2回ほど遭遇するのも例外なく、いつも暖かい季節だった。例えば、土間を掃いているときに家の床下から、突然ニュルッと出てきたり、庭の道具や植木鉢などを移動させようとしたところ、その下から突然、頭を覗かせたりという形である(こちらの方が至近距離だったり、動きが速いという意味では、ずっと恐怖を感じる出会いではあるが)。しかも、いつも一瞬のうちに視野からいなくなっていたから、蛇の全体像をゆっくり見たことなど一度もなかった。だから今回のように真冬のまっただ中に、木の上でのんびりと日向ぼっこ(?)をしている蛇に出会うことなど、夢にも思わなかったことなのである。
 とにかく一大事! 意を決して箒を手に取り、「ここはダメなの、ダメだって。」と木を揺するのだが、ビクとも動かない。「ここはダメって、とにかくダメなんだって。」と言いながら、今度はこわごわ蛇を箒で何度か突き続けたが、木の上をただぬるぬると這い回るばかりで、その場から一向に逃げようとしないのだ。それどころか、こちらの方を見ながら、まるで挨拶でもするかのように首を伸ばしてきたのには本当に驚いた(ご安心ください。2メートルほど離れています)。更に驚いたのは・・・その蛇の顔が、眼が、そしてその仕草がとても可愛かったのだ!!!(自分の突然の心境の変化にショック) 野生動物の眼は一般的に鋭く、きつい顔をしているという印象が強いが、そもそも蛇を真正面からこんなにまじまじと見たのは初めてだから、本当のところはどんな印象を持つのかは分からない、あるいは、この蛇はまだ子供で、だからあどけなく目に映ったのだろうか。ともかく、何かに似てる、なんだろう・・・そうそう、テレビのアニメか何かで見たことがあるネッシー、まるであの首の長いネッシーのようではないか。何だか、急に親近感さえ覚えかけたが、いけない、とにかく早く移動させなくては、と心を鬼にして、今度は真っ赤な傘を玄関まで取りに戻り、「ここはダメ。お願いだから、どっか行って。」と傘を蛇に向けるのだが、一向に効果なし。ここまでくると、さすがに罪悪感さえ覚えはじめ(蛇は神の遣いなどとも言われるし、そもそもこちらに害を与えているわけでは全くなく)、「ごめんね、蛇さん。」と諦めた。
 とにかく困ったなぁと思いながら、家に入り、恐る恐る母に「ねぇねぇ、蛇がいたよ。」「えっ、何処に???(恐怖で引きつった顔)」「オレンジの木。」「えぇぇぇーーー?(泣きそうな声) 昨日、下で草取ったよ。」「大丈夫、大丈夫。何もしないから。」
 けれどもその後もやはり気になり、しばらくして様子を見に行ったが、蛇の姿はどこにも見えなかった。
 その後、急に寒くなったせいか、蛇とは一度も出会っていない。実はこの話には伏線があり、蛇との出会いは、今年、3回目だったのだ。警戒していた夏には会わずじまいだったので、「よかった。そんなに心配しなくてよかったのかも。」と胸をなで下ろしていたのだが、やはりそのままでは終わらなかったのだ! まず、11月の下旬、ツゲの木に蛇の姿そのものを留めた脱皮姿を発見し(剪定に来られた庭師さんから見せられて、大驚き! 私はそれまで数㎝の抜け殻しか見たことがなかった。)、12月上旬、ほとんど枯れかかった野菊の群生(今年は可愛らしい花をたくさん咲かせてくれた)を根元から切り戻そうとした際、茎同士が絡まってなかなかとれず、おかしいなぁと奮闘していたら、実はそこに蛇が絡まっていたという・・・今思い出しても身震いするような仰天事件が2回目だ(そのときは、さすがにあっという間に視界から消えていった)。そして、今回のオレンジの木事件。大きさから判断すると、これらは多分同じ蛇なのだろう。
 ここに至り、私はミドリとキミドリに思いを馳せる。このサイトでもよくご紹介している玄関先によく遊びに来てくれる(今年はとうとう来てくれなかったが)雨蛙のことである(参考 2015.10.18)。彼らは、いつもこんな過酷な世界を生きているのだ。そんなことは客観的には十分分かっているのだが、今までになく胸が痛んだ。私はもちろん彼らを飼っているわけではなく、彼らはこれからも、ただ自然の中をこれまでと同じように生き続ける存在だ。それでも近年、何度も出会い、とても可愛らしい姿を見せて、こちらを楽しませてくれている彼らは、私にはやはり特別な存在である。どうかがんばって生き延びてほしいと願わずにはいられない。それが人間の一方的なエゴだとは重々知りつつ。


(追記 2016.07.22)

 その後の蛇の話を続けたいと思う。これはもう半年も前の冬真っ只中の話。本当はもっと前にご報告しようと思いながら、衝撃が大きすぎたのか、日が経つにつれて、その後の出来事を再現する気力をどんどん失っていった。先日、雨蛙のキミドリ(多分)がトマトに現れなかったなら、こうしてあの日々を振り返り、ここに記す気持ちにはならなかっただろう。(前回と同様、蛇の話がまた延々と続きますので、蛇が苦手な方はどうか読むのを止めてくださいね。)


 オレンジの木事件の後、しばらく蛇は現れなかったが、その後、再び毎日のように姿を見せるようになった。例えば門から玄関に至る道に縄跳びの縄のように長くなった状態で佇んでいたり、その道のそばの梅の木の下にとぐろを巻いていたり、かなり大胆な態度を示すようにもなった。母はあの事件以来、言葉には出さなかったが(話題にすると、ますます頭から離れなくなるようで)、いつも憂鬱そうで、それがこちらにも伝わってくるので、私もますます困り果てた。せめてもの救いは、不思議なことに母が蛇に一度も遭遇しなかったことだ。もしも玄関に至る道で縄のような状態で佇む蛇の姿に遭遇したりしたなら、もう恐ろしくて家から一歩も外に出れなくなってしまっただろう。あの日以後、私が庭先に出て最初に行う行為は、あたりの様子をじっと伺うこととなった。日だまりが多くなる午後になると、必ずと言っていいほど、どこかに(といってもだいたい同じような場所だったが)蛇はいた。最初のころは性懲りもなく、箒で突いて庭から出そうと試み続けたが、どうやっても動かない。何と言っても季節は冬、多分、人前に現れながらも冬眠状態だったのだと思う。変温動物だから、体の感覚も鈍っていたのではないだろうか。ネッシーのように可愛い顔で挨拶してくれた蛇だったが、何だか体が一回り大きくなり、ある日、ぶよぶよとした長い胴体を目にした途端、急に気持ちが悪くなり(蛇さん、ごめんなさい)、それ以後、もう体を突いて追い出す気持ちになれなくなってしまった。このままどんどん大きくなり、春になって卵を産んで(蛇がいつ卵を産むのか知らないが)、蛇がうようよ庭に出没するようになったら・・・蛇の天敵であるカラスも多いし、そんなひどいことにはきっとならないだろうと思いつつも、いったん浮かんだ妄想はどんどん広がってゆく。本当にどうしよう・・・。急に焦り始めた。とにかく何か対策をとらなくては。


 まず、インターネット上で、蛇駆除について検索してみた。必ずと言っていいほど、蛇の写真が出てくるのには相当参ったが仕方がない。我慢しながら調べていると、庭に現れる蛇はどうもアオダイショウのようだ。脱皮してどんどん大きくなるらしい、ひゃ〜〜〜。蛇は線香やニコチンの臭いが苦手だというが、ずっと線香を立て続けるのはとても現実的ではない(活動期にはほとんど姿を見せないのに、こんな冬の最中になぜ堂々と出現するようになったのだろうとずっと疑問に思っていたが、これで合点した。私は夏になると、庭に出る際、常に蚊取り線香を手放さない。それがきっとバリアになってくれていたのだ、と思うが本当のところは分からない。)。結構多かったのが、蛇は恐がりで人間には何も危害を加えない上、ネズミ駆除などにも役に立つので、そのままにしていてはどうかという意見。その他、蛇駆除の薬の紹介などもあった。

 実は、蛇駆除の薬は以前から家にあった。これはお隣の方からいただいたものであるが、今までは「蛇だ!」と思った瞬間には姿をくらませるような出現の仕方だったので、薬で駆除する必要などなかったのだ。お隣には以前から庭に蛇が住みついているようで(飼い犬が時々戯れているらしい)、常々嘆いておられたが、かなり大量に薬を蒔いているということも聞いたことがあったので、その蛇が今度はこちらに来るようになったのではないかと思っている。母は一刻も早く、この薬を蒔くことを望んだが、ここ2,3年、農薬を使わずに地道に庭を管理してきた私としては、何とかそれは避けたかった。農薬の使用に関しては、しばしば母ともめていて、今回の事件でその思いはますます強まったようだった。雑草はどんどん生えるし、ものすごく手間がかかる割には大した効果もなく(それはひどい!)、なぜそこまでこだわる必要があるのか分からないといつも言われている。人間にも自然にも優しく(手も荒れないし、土も緑もだんだん元気になってきていると思うし)、こちらには最良の選択に思えても、それはある意味、一方的なこだわりなのかも知れない。確かに、生態系の蘇生は文明社会に慣れきった人間には今回のような恐怖ともなりうることは事実であり、こんなに人の嫌がることを押し通そうとするのは共同生活において我が儘なことなのかも知れない・・・だんだんと気持ちが萎えていきそうになりながら、それでも何とか別の対処方法を模索したかった。


 そこでまず試みたのは、使用済みのCDROMを蛇がこれまで現れた場所にボスボスと挿していくことだった(これまでも鳥や害虫対策として、CDROMを軒先に吊したり、木々に光テープを巻いたりして、効果をあげてきた。)。けれども姿を見せなかったのはほんの数日、危険なものでないことが分かると(太陽の光を反射するとはいえ、固定されているため動きもなく)、CDを避けるようにほんの少し場所をずらして、ふたたび平然ととぐろを巻いて佇むようになった。その後、CDの数を増やしても、ほとんど効果は出なかった。

 そこで今度は、市の唯一の動物園(?)である鳥類センターに相談することを思い立った。蛇は鳥の天敵だし、きっと蛇に詳しい人もいるに違いない、と勝手に信じて電話してみた。

「すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが。」

「何でしょう。」

「あの、最近、蛇が庭に住みついてしまったのですが、退治する方法を何かご存じですか。」

こちらの唐突な質問にそれほど迷惑そうな様子もなく、「今頃、蛇ですか? そのような動物を退治する業者がいますよね。そこにお願いしてみたらどうですか。」

 その選択肢はもともとあったが、蛇を捕獲する現場を目の当たりにするのは嫌だったし、蛇のその後も想像できたので、それは回避したかった。「そうですねぇ。」と言いながら、別のアドバイスを求めて、こちらの状況をいろいろと説明し始めた。相手の方は相づちを打ちながら、親切に応じてくださっていたが、次第に蛇は全くの専門外であることが分かり(当然だ、なんと言っても鳥類センターなのだから)、軽く消沈していたら、最後にこう言われた。「・・・2つの選択肢がありますね。」

(期待しながら)「えっ、何ですか。」

「1つは山に逃がしてあげること。もう1つは・・・殺してしまうことですね。」

「あのぅ・・・2つめはちょっと出来ないですね。山に逃がすのも・・・すごく難しそうです。」

「そうですよね。・・・まずは、蛇駆除の薬をまいて、様子を見てみたらどうですか。」

「そうですね。すみません、長々と。どうもありがとうございました。」


 早速、いただいていた蛇駆除の薬を取り出して見てみると、「木酢液」を主成分とする粒剤だと分かった。えっ、木酢液? 蛇に効くんだ・・・木酢液は自然栽培、有機栽培に取り組んでいる人たちが、害虫防御のために使用する環境にやさしい農薬だということを以前耳にしたことがあった。これなら大丈夫かも。でも一体どんな臭いがするのだろう。たまに鶏糞を蒔いたような凄まじい臭いが、不意打ちを食らうようにどこからともなく漂ってくることがあるが、そんな状況を作ることだけは避けたかった。意を決して、とりあえず1袋分(ひとり前の即席お味噌汁袋くらい、これは少なすぎだろう)、蛇がよく出現する場所にパラパラと蒔いた。思ったほど強烈な臭さはなく、滋養強壮剤のようなビタミン剤のような薬品臭さが鼻についた。


 電話で言われた最後の言葉が頭から離れなかった。これまでの私の中には蛇を逃がす、という選択肢はなかった。蛇を掴むことなど、考えたこともなかった。けれでもこの方法は、もしも実現できるのなら最良の方法に思えた。逃がすとしたら、どこがいいだろう、どうやったらうまくいくのだろう。


 その日の午後・・・いつものように・・・蛇はいた。薬が蒔かれた場所をわずかに避けながら、何事もなかったかのように静かに佇んでいた。あぁ、もうダメだ。藪に逃がそう。今しかない(冬眠から覚めたら、もう私の手には負えないだろう)。

 玄関先で「お母さん、私、今から蛇を逃がしてくるから。」

「えっ、蛇? 蛇がまだいるの? どうするの? お母さん、出来ないよ。」

 突然の話に母は仰天して飛び退き、声を上ずらせながら、顔を引きつらせている。母はこれまでの経緯を何も知らないのだから、このような反応が戻ってくるのは当然なのだが、勝手に背負ってしまった責任と緊張とでちょっとイライラしながら「蛇はずっといたの。お母さんが出来るはずないじゃない。私がひとりでするよ。黒い大きな袋、倉庫にあったよね。それから悪いけど、ちょっと大きめのレジ袋を持ってきてくれる?」

 とにかく、蛇を怖がらせてはいけない。私自身も蛇の感触を味わいたくない。私は両手に園芸用のゴム手袋をして、左手にレジ袋を、右手に黒いビニール袋をもって、そっと蛇に近づいた。蛇はいつものようにのんびり静かにとぐろを巻いて眠っている。蛇から決して噛まれないよう、そして蛇の視界がすぐに遮られるよう、私は頭の方にレジ袋をそっとかぶせ、刺激しないようふわりと大きく掴んだ。突然のことに蛇はビックリして、体を大きくくねらせていたが、蛇が手元からするりと逃げては大変だ!「お願い、中に入って。」と必死に耐えながら、黒袋の中に蛇を誘導すると、寒さで体の自由が効かないのか、思いの他すんなりと入ってくれた。急いで袋の口を緩く縛り(逃がすときに、すぐさま対処できるため)、門の前にずしりと置いた(結構、重くてびっくりした)。第一関門、無事にクリア。


 急いで車のキーを取りに玄関に戻り、門の前の黒い大きな袋を持って、車に乗り込んだ。向かう先は、車で10分弱のところにある自衛隊演習場。以前は抜け道としてよく利用していたが、バイパスが出来てから、ほとんど使わなくなった。くねくね曲がったその道は、まわりが竹藪でうっそうとしていて、場所によっては昼間でも薄暗い。急いで車を発進させたが、蛇が隣の袋の中でバサバサ音を立てている。私は黒い袋をふんわりとしか結ばなかったことをものすごく後悔した。もしも袋から蛇が出てきたら、と想像するだけで心臓はバクバクしたが、今更結び直すことはできなかった。とにかく先を急いだ。車の暖房で心地いいのか、いつものごとく冬眠中なのか、ほどなく蛇は静かになった。そうこうするうちに、演習場にたどり着いた。道が狭く、路駐はちょっと無理そうに思えたが、ほどなく路肩が現れた。私はそこで車を止め、黒い袋を慎重に持って、外に出た。ゆっくりと竹藪に近づき、緊張しながら袋の口を開けた。「さあ。」 蛇は思いのほか、すんなりと袋から出てくると、突然、野生の感覚が目ざめたのか、今まで見たこともないほど勇壮に鎌首をもたげ、こちらを振り向きもせず、悠然と竹藪の中に消えていった。私は一気に体が脱力するのを感じながら、「ごめんね、元気でね。」とその姿を手を振って見送った。


 庭は再び平穏を取り戻した。今では、あの日々がまるで夢の中の出来事のように思えてくる。蛇をつかむことに対し不思議と怖いとは感じず、結構冷静に行動できた私だったが、その後しばらくは何を見ても蛇を連想してしまい、受けたショックはかなり大きかったのかも知れないと改めて思っている。

 それにしても、冬の最中、住み慣れた場所から、突然別の場所に移されてしまった蛇。慣れない環境の中で生きていくのは、きっと大変だっただろう。今も元気に生きているだろうか。自然との共存を願う私だが、今回、蛇という人間社会にあまり受け入れられない動物と対峙することで、その難しさ、厳しさを実感した。領地とは何だろう。人間社会のルールに従って決められた私有地にも、生物界が決めた縄張りはあるだろう。私は蛇のそれを平気で犯してしまったな、と敗北感にも似た罪悪感が今も時々、蘇ってくる。再び、蛇と遭遇したとき、私がどのように感じ、どのように行動するのかは全く分からない。けれどもできる限りのやり方で、これからも自然との共存を続けていきたいと思っている。