2015.10.19

時候の挨拶・・・簡単ですが

 天高く馬肥ゆる秋。今年は残暑もないまま、急に寒くなってしまったので、深まりゆく秋を愛でることなく、一気に冬が到来してしまうのかなと思っていましたが、こちらは10月になってから、カラリとした晴れの日が多くなり、雲一つない青空が天高く広がる心地よい秋が舞い戻ってきました。ここ数日は、25度を超える夏日が続き、屋外を歩くと汗ばむほどで、湿度の少ない暑さという、今まであまり体験したことのない不思議な感覚も味わっています。

 例年ならば、この季節を愛おしみ、名残惜しむ気持ちが強いのですが、全国各地で異常気象が続いている昨今、この穏やかな日々はもしや嵐の前の静けさではあるまいか、などと要らぬ不安が脳裏をかすめたりもしています。

 それでもやはり、木々の葉っぱはいつもと同じように少しずつ紅や黄色に染まり始めました。

 これから秋本番! 色鮮やかな美しい季節をゆっくり味わうことできればと思っています。



フォトエッセー ジンジャーと雨蛙

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(左)ジンジャーの葉っぱに佇む雨蛙 (右)ジンジャーの花

 夏の暑さが一段落したころ、雨蛙が玄関先に挨拶に来てくれるのが、近年、恒例になっていた(131006) (140914)。今年の5月に突然現れた雨蛙が、いつもの雨蛙だと私は信じて疑わないのだが、その後もキンモクセイやオレンジ、レンギョウの木など、思いもよらないところで可愛い姿を見せてくれた。だから秋になれば、例年通り玄関先に来てくれるものとばかり思っていたのだが、今年はどうしたことだろう、なかなか姿を見せてくれない。お気に入り(?)のベゴニアと金のなる木の植木鉢はいつもどおりである。が、実はいつも通りではなく、今年は生長が芳しくないのだ。化学肥料をやめたからだろうと思うが、やはり影響は出るものだと改めて思う。けれども、それに変わる肝心の腐葉土はまだ十分に熟成しておらず(中途半端な状態で使用すると、根がやられてしまい、すぐに枯れてしまう)、どうしよう・・・とにかく、このまま頑張って乗り切ってほしい、と思っているうちに、ずるずると時間ばかりが過ぎていった。今年はもう来てくれないな、と思っていた矢先、先日、ジンジャーの大きな葉っぱに、雨蛙が座っているのを発見した(写真左)。心なしか、いつもよりツンとすまし顔で、「これくらい広くなくっちゃ、とても座っていられないよ。」とでも言いたげな表情である。「あぁ、なるほどね、確かにゆったりとくつろげそう。」などと思いながら、同時にとても申し訳なく思った。というのも、花がもう終わりかけていたので、すぐに根っこを掘り返して、株分けを行うつもりでいたからである(植えた場所が適しているのか、とても生長がよく、このままにしていると来年はすごいことになってしまうだろう。)。翌日、えさを探しにいったのか、姿が見えなくなっている間に、私は薄情にもこのジンジャーを根元から切った。「また、快適な場所を奪ってしまったね。いつも憎まれることばかりしている。」などと思いながら、その後、幾たびか、ジンジャーの葉っぱのあたりを探してみたが、雨蛙はやはり戻ってこなかった。

 ちなみに、ジンジャーはショウガ科の多年草で、9月の中頃から大きな真っ白な花を咲かせ、あたりにとても良い香りを漂わせる。花も葉っぱもショウガそっくりということだが、全くの鑑賞用で、残念ながら根っこは食べられない。また、金のなる木は、アロエやポトスなどの観葉植物と同じで、栄養はほとんど要らない。葉っぱが小さくなったのは、多分植木鉢が小さすぎて、生長が妨げられているからだろう。



(2015.10.20 記)

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 この文章をアップした翌朝、玄関先のポストから新聞を取ろうとしたら、何かがパタッと落ちた。何だろうと思って、足下を見ると・・・なんとそこには雨蛙がいた。今頃、どうしているだろうと思っていたので、こうして再会できたことがとてもうれしくて、思わず手を差し伸べ、手のひらに乗せようとしたが、尻込みされてしまい、その後、石垣に飛びついた(写真左)。とにかく元気でよかった。

 しばらくしてから、庭の草花に水をやるために如雨露に水を入れている間、そばのジンジャーの花(先日、アップした今年最後の花)を眺めていたら、何とその葉っぱの窪みに、雨蛙が心地よさそうに座っていた(写真右)。「えっ、ここにいたの? この前はごめんね。」 この株はしばらくこのままにしておこう。


 ところで、この2枚の写真を並べてみて、ふと思ったのだが、この2匹は実は別の蛙ではないだろうか。雨蛙は環境に合わせてカムフラージュするというが、よく見ると、色だけではなく微妙に雰囲気が違うように思う。左の方が黄緑っぽく、姿形も何となく繊細で、右の方が緑が濃く、逞しい。これまでも漠然と感じていたことなのだが、そのことを意識して過去の写真を見直してみると、だんだん違う雨蛙に思えてくる。番だろうか。親子だろうか。それともまったく関係ない2匹だろうか。いやいや、やっぱり同じ蛙だよ・・・。どうでもいいこと、どっちでもいいこと、と一蹴されてしまいそうだが、私には小さいけれど心躍る突然の気づき、発見である。心の中で描いてきた雨蛙の世界が全く違う展開になるのだ。いつの日か、2匹一緒のところに突然出会えたりしたら、どんなに驚き、感動するだろう。その可愛らしい姿を想像するだけで、楽しくなってくる。



(2015.10.24 記, 写真 : 10.22)

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 ジンジャーの葉っぱの上に雨蛙の姿を発見して以来、近くの水場で如雨露に水を入れるときはいつも、無意識に雨蛙を探すようになった。あれから見かけないので(たった2日しか経っていないが)、もうこの場所を離れてしまったのかな、と思いながら、いつものように花壇の手入れをしていたら、サツマイモ(今年で2年目)の葉っぱの上に、何と・・・雨蛙がちょこんと座っていた(写真左)。「えっ(笑)、今度はここにいたの?」黄緑が緑の葉っぱに映えて、とても可愛らしい。私はどうも行動パターンを読まれ、歓迎されているらしい。とても嬉しくなって、写真をパシャパシャ撮っていたら、喉をビクビクさせて、やはり怖がっているようなので、サツマイモの枯れ葉を取るのはやめて、そっとその場を離れた。

 その後、しばらくして水場に行ったら、先日のジンジャーの葉っぱの窪みに雨蛙が座っている(写真右)。(実は葉っぱはもっと茎に沿っていて、雨蛙は茎と葉っぱの間に挟まっているというか、埋もれている感じで、笑えるほど可愛らしいのだが、そのままだと蛙がよく見えないので、葉っぱを広げて見やすくしている。可愛らしさが半減し、ちょっと残念!)「いつの間にここに戻っていたの(笑)?」 歓迎を通り越して、何だかからかわれているようであるが、とても嬉しい。あっ、私はハッとして、すぐにサツマイモの葉っぱを見に行った(距離にして2メートルほど)。いるよ、いる! もう一度、ジンジャーのところに戻る。こっちもいるっ!!! あぁ、やっぱり・・・。君たちは別の蛙だったんだね、すごいなぁ。。。ねぇ、友だちがすぐそばにいるの、知っている?

 すごい発見! これは、イグノーベル賞級かなぁ(笑)。

 これから、君たちをキミドリ、ミドリと呼ぼう。性別は分からないので、敬称は略す。