2015.7.7

祝 なでしこジャパン

 7月に入り、梅雨も後半、本格的な雨の季節を迎えました。すっかりご無沙汰していますが、みなさんお変わりなくお過ごしでしょうか。

 梅雨寒という言葉がありますが、今年の梅雨は本当に肌寒く、未だに扇風機、エアコンのお世話にならないばかりか、窓をピッタリ閉め切り、昨日まで膝掛けのお世話になっていたというのはあまりにも驚きです。

 ところで、サッカー女子ワールドカップカナダ大会における「なでしこジャパン」の数週間にわたる活躍ぶりは、ショッキングな事件や重苦しい話題でもちきりのこのご時世にあって、唯一、心が和み、元気をもらえる楽しいひとときでした。外国の選手と体格的に歴然とした差がある中、選手一丸となって、昨日の最終戦まで上り詰め、2連覇をかけて闘ったという快挙に、改めて、日本女子サッカーの驚異的な実力を感じずにいられません。くしくも金メダルは逃しましたが、来年はいよいよリオデジャネイロ・オリンピック。持ち前の連係プレーをもっともっと磨き、昨日の雪辱を果たすべく、また金メダルを目指して、是非、頑張ってほしいと思います。

 翻って、その4年後の東京五輪・パラリンピックの主会場である新国立競技場建設を巡り揺れ続けた問題は、総工費2520億円で決定したというニュースが、先ほど流れました。この額は、近年の五輪の総工費の5〜8倍、ロンドン五輪の4倍近くにあたると言います。総工費そのものの巨額さや、デザイン、その後の費用対効果などを巡って、ずいぶん反発もあったようなので、再考の余地は残されていると期待していたのですが、それはもう絶望的なのかも知れません。組織委員会会長の森元総理は「僕も、あのデザインは好きじゃない。でも、今更変更する時間はない。」というようなコメントを、先日なさっていましたが、専門家の方は今からでも変更は十分可能だとおっしゃっていました。にも関わらず、このような形で決定してしまったということは、専門家の貴重な意見に耳を傾けられることなく、切り捨てられてしまったということなのでしょう。本当に残念でたまりません。

 大規模な国家プロジェクトというものは、さまざまな利権が絡んでいることが問題を複雑にしているのでしょう。けれども、皆が事の本質を見据え、最も大切にされるべきことは何なのかを利害を超えて真剣に見つめれば、どんなに困難な問題もきっと解決の道はあり得るのではないか、解決されなければいけないのではないかと思います。とにかく、5年後に東京五輪・パラリンピックが開催される以上は、将来、それが絶対に負の遺産とならないように、より魅力的で素晴らしい事業として展開されることを、ただ祈るばかりです。



フォトエッセー トマト栽培〜再び

tomato  数年前、プランターでミニトマトを栽培したことがある。栽培はとても簡単だという聞き伝えをもとに一念発起したのだが、実際にはかなり大変で(トマトは結構実ったが)、もういいかなとつくづく思ったものだ。その奮闘ぶり(?)は、このサイトのエッセーでも3回に渡ってご紹介した(11.5.28 11.6.11 11.7.11)。 喉元過ぎれば・・ではないが、またひょんなことから、性懲りもなく、トマト栽培に挑戦することになった。今度はプランターではなく地植え、ミニトマトではなく、2種類(桃太郎トマト、長寿トマト)の大きなトマトだ。
 そのきっかけとは、近年、庭の木々や草花などを、できれば消毒なし、無農薬で育てたいと思っていて、いろいろと調べていたところ、自然栽培という栽培方法を知ったことだ。この提唱者は「奇跡のリンゴ」で、一躍、時の人となられた木村秋則さん(テレビでも紹介され、その後、映画にもなった)だ。木村さんは、以前は販売サイドから表彰されるほど大量の農薬(年に10回以上も散布していたそうだ)を使って、大規模にリンゴを育てていたが、この農薬がもとで、夫人が1ヶ月以上も寝込んでしまうことがあり、無農薬でリンゴを育てることを思い立たれたという(リンゴほど無農薬栽培が難しい農作物はないという)。それからありとあらゆる試行錯誤を繰り返すが、どんなに努力してもリンゴの木は枯れるばかりでいっこうに育たず、家族には極貧の生活を強いることとなり、親しくお付き合いしていた隣近所の方からはすっかり変人扱い、村八分にされ・・・と前途にすっかり絶望してしまう。もう家族に死んでお詫びするしかないと山に向かわれたところ、そこで元気に育っているリンゴの木(本当は見間違えで、どんぐりの木)の根元の土がフカフカしているのを見て、突然、根っこの大切さに気づいたという。それから4年かけ、取り組みはじめてから11年目にして、見事、無農薬でのリンゴ栽培に成功された方である。このすさまじい苦悩の歳月を経て生み出されたのが自然栽培なのだ。
 自然栽培は、「植物が本来持っている力をいかに引き出すか」ということが根本課題であり、化学合成されたものは一切使わず、自然の生態系に沿った栽培方法が提唱されている。私はこの考え方に共感し、とても興味が沸いた。食の安全に繋がる直接的な恩恵も魅力的だが、それだけでなく、木村さん自身がまるでファーブルのように対象(植物)をよく観察していて、それを通して見えてくる生命の不思議にこちらまでワクワクさせられるのだ。草花での実践方法があればと思ったが、残念ながら草花に関する言及は全くなく、本で紹介されていたものもすべて野菜で、その1つにトマトがあった。土作りから栽培方法までとても具体的で分かりやすく、トマトに関して言えば、かなり簡単(?)そうだった。4月上旬、久しぶりに行った量販店の園芸コーナーに立ち寄ってみると、ちょうどトマトの苗が沢山並んでいて、思わず、2種類の苗を購入したのだ。
 栽培するにあたって最も重要な点は、水はけをよくするために、畝をなるべく高くすること。そして水を与えすぎないこと。トマトの原産は、南米のアンデス高原のほとんど雨の降らない乾燥した荒れ地だという。そのため、トマトは僅かな水を求めて、どこまでも根っこを伸ばしながら生きるそうだ。根っこを丈夫に育てると、トマトが驚くほど美味しくなるという。(・・・食べてみたい。)
 なるほど、すごいなぁと思った。私が今まで向き合ってきたのはほとんどが草花だが、今までの疑問の1つがすっと解けた気がした。私はいつも草花にせっせと水をやり、ぐんぐん生長した植物たちが倒れないようにせっせと支柱をたてていた。けれども一方、道路などに植えっぱなしにされている草花たちは、どうしてあんなに力強く元気に育つのだろう、と不思議に思っていたのだ。私は手をかけすぎることで、植物本来の生命力を失わせてばかりいることに気がついた。
 冒頭の写真に写っているトマトには、最初の植え付け以外、ほとんど水をやっていない。肥料も農薬も全くやっていない(肥料に関して言えば、実は大豆を近くに植えることで、空気中の窒素分を土壌に取り込んでいる)。それなのに、枯れることもなく、害虫被害にあうこともなく、とても元気に生長し、こんなに大きな実を付け始めた(今、直径10cmほど)。過剰な栄養分がないと、害虫も寄ってこないそうなのだ。
 断っておくが、私のような素人でもとりあえず、今、うまくいっているのは、荒れ地でたくましく育つトマトだからであり(やっぱりトマト栽培は簡単だったんだ!)、自然栽培がすべてこのように容易いわけではない。化学肥料を施していた土が本来の土に戻るまでには、少なくとも4年はかかるという。その時期を辛抱強く何とかやり過ごすことで、自然栽培のスタートラインに立てるというのだ。
 私は自然栽培に出会ってから、土がカラカラになっているとき以外、庭の草花たちに水をやることをやめ、化学肥料をまくことをやめた(植木鉢では、もう少し緩やかな対応が必要だ)。そのかわり、手作業で害虫駆除をおこない、枯れ草や枯れ葉を再利用しながら、少しずつ土作りに励んでいる。これは、実はかなり時間と労力のいる作業だ。速効性がないため、草花たちの「目に見える」生長はとても遅く、なんとも心細い限りである。けれども「土」という目に見えないところでは、今も途切れることなく、無数の微生物をはじめとする生き物たちが、自分たちの生態系を守りながら、生命の循環を繰り返しているのだ。その活発な生命活動に支えられて、やがて野菜や草花たちが元気に生長していく姿を想像するのはとても楽しい。
 これから梅雨本番、トマトには大敵な季節を迎える。近年は全国各地で、突然、記録的な豪雨や竜巻に見舞われるなど、不可抗力的な事態に立ち往生するばかりである。けれども、このトマトたちはどうか潜在力をフルに発揮して、無事に乗り切ってくれることを願っている。そして、夏の暑い日差しのもと、甘く美味しい真っ赤なトマトを収穫出来る日を楽しみにしている。