2014.8.17

ご挨拶 STAP細胞問題(笹井さんによせて)

 暦の上では立秋も過ぎ、このところ急に日暮れが早く感じられるようになりました。それでもまだ、夏真っ盛り。猛暑、激暑などという言葉が飛び交いそうな季節ですが、今年は一体どうしたことでしょう。7月から台風が日本に何度も上陸し、全国各地に大被害をもたらした上、まるで梅雨が逆戻りしたかのように前線がいつまでも停滞し、連日、断続的な大雨が降り続いています。夜は窓を閉めても涼しいほど凌ぎやすい毎日に、節電の必要性も感じず、暮れゆく秋の哀愁さえ覚えてしまう今日このごろです。近年、天変地異が激しさを増す中、この穏やかな状況が突然激変する明日も十分あり得るわけで、「何も起こらないことが奇跡」という言葉が切実に響いてくるのは何とも恐ろしいことです。 現に今、近畿地方では激しい豪雨に見舞われ、大変な事態になっているようで、とても心配です。

 前回の更新からわずか1ヶ月10日あまりに(私のサイト更新に限っては、蛇行運営甚だしい限りですが)、容赦なく猛威を振るい続ける自然災害に加え、あまりにもショッキングな出来事が立て続けに起こりました。

 国内に限れば、佐世保女子高校生による残酷極まりない同級生殺害事件、STAP細胞の論文共同執筆者である笹井氏の突然の自死、普天間飛行場の移設予定地である辺野古で強行的に行われ始めた海底調査などなど。どれも本当に信じられず、突然被害に見舞われた方々、関係者の方々の胸中の苦しみや悲しみ、悔しさを思うとき、それはとても想像できるものではありませんが、ほんとうに心が引き裂かれそうになります。

 なかでもSTAP細胞関連ニュースは、数ヶ月に渡って、静かに経過を見守っていただけに、笹井氏の自死は本当にショックでした。夢の万能細胞としてSTAP細胞の発見のニュースが大々的に発表されたのが今年1月の下旬。ノーベル賞級の発見と言われながら、その後のメディアでの扱い(賞賛)がぱったりなくなった背景に、論文不正がインターネット上で叫ばれていると知ったのは、どれくらい経ってからでしょうか。新聞の下面に過激に報じられる各雑誌の見出しなどで、小保方さんや笹井さんなどが誹謗、中傷されているのを見たときは、メディアの無神経な弱者いじめ、商売至上主義の精神にとても腹が立ちました。(とてもお洒落で、その上割烹着姿での研究者、実験室はムーミンの世界、などなど、確かに話題性には事欠きませんでしたが。けれども、いつも思うのですが、虚実ない交ぜの人権侵害としか思えないような表現(内容の詳細は不明ですが)が「表現の自由」として認められて本当にいいのでしょうか? 雑誌が売れるという現実が世間一般から認められているという暗黙の了解に繋がっているのかもしれませんが、規制云々ではなく、人間の良心の問題として、情報発信者側はもっと慎重に表現や内容を吟味する必要があるのではないかと思います。)

 けれどもその後、新聞記事やテレビのニュースでも、論文の捏造、改竄がトップ記事として取り上げられ始めてからは、その指摘から生じる論文への疑念と執筆者側の釈明の正当性を信じたい気持ちとの間で私は揺れ続けました。

 疑念が生じるのはやはり、小保方さんのなした行為(別の人の論文を勝手にコピー&ペーストして借用したり、自分の過去の全く別のテーマの論文に使用した写真を今回の論文の核となる部分で堂々と使っていたという事実)が、たとえうっかりミスだと主張しても、一流の科学者としてはとても信じられず、決して許されることではないと思うからです。

 一方、釈明の正当性を信じたいと思うのは、どの分野においてもその道の天才と言われる人が、その道の伝達者としても秀でているとは限らないと思うこと(直感的に物事を把握する能力に長けた人が、それを論理的に説明する能力をも有するとは限らないのではないか、あるいはそれをする努力に意義を見いだすとは限らないのではないか。)・・・これは、論文や実験ノートの未熟さを指摘されたことに対する一面的な見解です。そして、ES細胞の第一人者として国内外から注目され賞賛されていた笹井さんをして「ES細胞の混入では説明がつかない実験結果」だと言わしめていたからです。

 けれどもその後も次々と不正事実が明らかになり、7月はじめにとうとう、STAP細胞論文を科学誌ネイチャーから正式に撤退することが決まった際、笹井さんは次のようなコメントをなさっています。「研究者として慚愧の念に耐えない。STAP細胞現象全体の整合性を疑念なく語ることは困難」。このとき、笹井さんの中では、STAP細胞の存在への期待は完全に消えていたのでしょうか。もしもそうだとすれば、小保方さんへの遺言「STAP細胞を必ず再現してください。」というメッセージは、小保方さんにとってあまりに重い十字架です。それとも、遺言どおり、STAP細胞の存在をたとえ僅かでも信じていたのでしょうか。そうであれば、たとえ今がどんなにつらい現実だとしても、それを受け入れ、何とかがんばって乗り越えてほしかったです。

 研究者としてはもちろんのこと、企画力にも右に出る人はいなかったと言われるくらい、多分野において有能であることは関係者だれもが認めていた事実であり、そうであるならばまた必ずや素晴らしい貢献、功績を残すことができたはずでした。それを思うと、日本にとっても世界にとってあまりにも大きな喪失で、本当に悲しく、残念でなりません。

 小保方さんは今、どんな気持ちでSTAP細胞の再現実験に取り組んでいらっしゃるのでしょう。 8月末までには、その経過報告がなされるとききます。私はSTAP細胞の再現を信じたい一人ですが、もしも今回、再現は無理でも、一縷の望みが持てる結果を残すことができるのであれば、理研は世間の批判に怯むことなく、これからも小保方さんを研究者として認め、これからの再生医療のために総力戦でがんばっていくべきです。

 日本の科学界の信用を失墜させたという責任はあまりにも重大です。だからこそ小保方さんは現状に真摯に向き合い、正当な結果を認めなければならないでしょう。何度もくじけそうになりながらも、STAP細胞の存在を心から信じ、研究生活に打ち込んできたこれまでの人生、突然の賞賛、それと同じくらい、またはそれ以上に受けたバッシングの嵐、大切な理解者を突然失ってしまったというあまりにも大きな衝撃を思うとき、私はやはり小保方さんをこれからも応援したいです。


フォトエッセー トウモロコシのその後

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(左)たわわに実をつけた7月下旬 (右)収穫第一号(8月3日)

 夏も真っ盛りを迎え、心配された台風の影響からも無事に免れ、トウモロコシは順調に生育を続けてきた。背丈は2メートルを優に超え、3メートルに達しただろうか。そろそろ収穫の時期。でも、そのタイミングはいつだろう。育てている方の話によれば、皮をむいて調べてみなければ分からないとのこと。 早速、頃合いのものをチェックしてみる。 最後の薄皮越しに見えるトウモロコシの実は、なんだか白っぽく、うっすらと紫がかっていた。これっ、食べたことあるよね。紫のトウモロコシ。家庭菜園がまだ珍しかった私がまだ子供のころ、父が突然、育て始めたトウモロコシの中にこの色があった。お醤油をつけて香ばしく焼いて食べたのをよく覚えている。そして、私が育てた第一号がこのトウモロコシ。大きさは15センチほどでかなり小ぶりだが、こんなにビッシリと実が詰まっていた。なかなかの出来映えだ! 塩ゆでにした。ゆであがったら、美しい紫は跡形もなく消え、どす黒い紫色に変わってしまったのにはちょっとびっくりした。味は・・・モチモチですごく美味しい! 実の離れもよくて、とても食べやすい。「まだまだ、沢山あるから、楽しみにしていてね。」と母に言ったものの、収穫第2号はこの半分の実の付き方、収穫第3号はまったく実なし、収穫第4号は生白い棒にまだらに20粒ほど・・・はぁ〜見事に裏切られてばかりだ。8月に入ってから、ずっと雨ばかりで日照時間も不足しているし、このままこんな感じで終わっていくのかな。最初の1本の感動が大きかっただけに、ちょっとがっかりしている。