2013.3.11

東日本大震災によせて

 1000年に一度と言われるほど未曾有の大被害をもたらした大震災から、丸2年が過ぎました。大切な家族や知人、そして生活の基盤等、かけがえのないものを突然失ってしまった方々のこの2年という歳月は、計り知れないほど苦しい日々だったに違いありません。今年も 3.11 が近づくにつれ、テレビではこの大震災に関する特集番組がいろいろな形で組まれ、放映されていますが、それを見るにつけ、被災地の現状は未だに厳しいままであることに愕然とさせられます。

 今回の大震災の復興、復旧作業を困難にしている大きな要因の1つに、東京電力福島第一原発事故によって引き起こされた放射能汚染が挙げられますが、現在、避難生活を強いられている31万5196人のうち、約16万人の方々がこの原発事故による避難者だそうです。現在は原子炉の冷却も安定し、事故直後のような放射性物質の大量放出が再び起きる危険は少ないと言われていますが、敷地内では相変わらず高濃度の放射線数値が計測されており、その危険極まりない中で、今でも1日3000人を超える作業員が動員され、がれきの撤去や除染など、廃炉に向けた作業が続けられているそうです。そしてそれは最長40年という気の遠くなるような歳月に及ぶともいわれています。

 震災当時、福島第一原発の所長を勤めていらっしゃった吉田昌郎さんが体調を崩して入院されたという短い記事が新聞に掲載されてから、どれくらい経つでしょうか。その後、どうしていらっしゃるのか、無事に快復なさったか、とずっと気になっていたのですが、昨年12月、吉田さんの言動を知ることの出来る貴重な本が出版され、早々に読みました。

「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」(門田隆将著)

 一刻を争う事態の中、 陣頭指揮をとられた吉田元所長が、当時の政権幹部や東京電力本店の愚行や言動に翻弄されながら、自分の使命として現場に残る選択をされた方々とともに、死力を尽くして事故の対処にあたられた克明な真実の記録は、圧倒的な重みをもって私の心に迫り、当時、公のメディアを通してのみ知り得ていた情報との格差に何度も慄然としました。暴走する原子炉、そしてそれによって引き起こされる放射能汚染・・・計り知れない恐怖や脅威と闘いながら、チェルノブイリ事故の10倍とも言える規模の被害をもたらしたかも知れない最悪のシナリオをギリギリのところで回避し、日本という国をそしてそこに住む私たち市民を救ってくださった命の恩人である方々に、ただ感謝と敬意の言葉しか見つかりません。

「現場で奮闘した多くの人々の闘いに敬意を表すると共に、私はやはりこれを防ぎ得なかった日本の政治家、官庁、東京電力・・・等々の原子力エネルギーを管理、推進する人々の「慢心」に思いを到さざるを得なかった。」

 この本の著者が最後に下した結論に私も同感です。最重要視すべき危機管理体制をおろそかにして、経済的効果ばかりを最優先し、安全神話を信じ続けたトップの経営方針は決して許されるものではありません。けれども、夢のエネルギーとうたわれた原子力発電に大きな夢と希望を託し、時の政権が目指した高度経済成長を40年以上もの長きにわたって第一線で担い続けてきたこの巨大システムの優れた技術力と、心血を注いでそれを引き継ぎながら、一生懸命に支えてこられた数知れない技術者の熱意と業績にも、やはり正当な評価がなされるべきだと思います。そのことが、今回の事故で、大きな失意と絶望の中に投げ込まれてしまったに違いない多くの優秀な技術者たちが、今後、果てしなく続くであろう廃炉に向けた過酷な業務を、これまで同様、誇りを持って遂行していくための原動力になってくれるはずだからです。そしてこの難しい業務をクリアしていく中から生まれる更なる高度な技術が、どのような形であれ、今後の日本を担う新しいエネルギーシステムの中で、最大限の信頼性をもって応用され、利用されることを心から願うばかりです。

 ガンの宣告を受けて治療に専念されていた吉田氏は、その後脳出血を起こし、今も病と闘われているそうです。大震災後、吉田氏を次々に襲ったあまりに過酷な運命に言葉を失ってしまいます。大震災から2年を迎えられた今、何を考えていらっしゃるでしょうか。一日も早く、ご快復なさることを心からお祈りしています。


 本日、午後2時46分、被災地をはじめ日本各地で静かに黙祷が捧げられました。子どもに先立たれ、仮設住宅に一人で暮らすおばあさんがインタビューを受ける映像がテレビに映し出され、「希望を失わずに生きていく。」と力強く答えていました。悲しみを乗り越えてこんな言葉が言えるなんて、本当にすごいです。

 どうか被災地の本格的な復興が一日も早くなされ、未だ大変な生活を強いられていらっしゃる多くの方々に生きる希望が戻る日が一日も早く訪れますように。

 そして、亡くなられた1万5881人の方々に心から哀悼の意を表させていただくとともに、未だ行方不明の2668人の方々が一人でも多く一日も早く見つかることを心からお祈りしたいと思います。


フォトエッセー 芽吹き

(左)今年も顔を出したふきのとう

fukinotoh  いつのころからなのか、庭の一角に小さなフキの群生地がある。そして、毎年この時期になると、たった1、2個だが、ふきのうとうが顔を出す。時期を逃すと、とうが立ちすぎて、味も香りも失われるから、頃合いが大切だ。天ぷらにすると美味しいけれど、あまりに少ないので、大体いつもお味噌汁に刻んで入れている。ふぁっと広がる香りとほのかな苦み。つかの間、春がからだの中を通り過ぎて行く。因に、このあと群生するフキは、お店で売られているような、瑞々しく柔らかでサクサクしたものとはほど遠く、どんなところでもたくましく育つ野生そのものという感じで、含め煮など上品な味付けはとても出来ないので、専ら佃煮だ。キシキシした歯ごたえで、まるで繊維を食べているようなのだけれど、小味があって私は結構お気に入りなのだ。


(右)こんなに小さいけれど、確かに沈丁花

jinchoge  数年前まで、庭に数本の沈丁花の低木(1mほど)があり、この時期になると、たくさんの花を咲かせ、あたり一帯に甘い香りを漂わせていた。けれども、1本、2本と次第に元気がなくなり、とうとうすべてが枯れてしまった。理由は分からない。お隣はますます元気に、毎年、素晴らしい花を咲かせているので、昨秋の剪定の時期に、切り落とした木々をいただいた。寒い季節だし、あまり期待もせず、7、8本程、植木鉢で小さな挿し芽にしていたのだが、どれも予想以上にしっかり根付いてくれ、数週間前に庭の5箇所ほどに地植えをした。しばらくすると、挿し芽の先端部分に若葉色の新芽のようなものが出て来て、それが小さな莟になり、そしてなんと花を咲かせたのだ! まだこんなに小さいのに・・・本当に驚きだった。どうかこのまま少しずつ大きくなって、またたくさんの花を咲かせてほしい。