2012.3.11

ご挨拶 東日本大震災によせて

 1000年に一度と言われる規模の東日本大震災が起きて、今日で丸1年が過ぎました。この1年間、3.11という言葉を聞かなかった日はなく、日本人すべての人が程度の差こそあれ、生きるということについて、命というものについて、思いを巡らすことが多かったのではないでしょうか。

 まだ記憶に新しい(と思っていましたが、こんなに月日が巡っている)17年前の阪神大震災、更にさかのぼること半世紀の第二次世界大戦による被爆を含めた犠牲者の方々、および大切な身内を亡くされた方々の、今なお残る深い心の傷を時々メディアで見るにつけ、今回の大惨事で多大な被害を受けられた方々のこれからの人生が、どんなに過酷で苦しいものであるかを思わずにはいられません。

 一度も被災地の実際の光景を目にしていない私には、その凄まじさは到底計り知れませんが、日本列島ほぼ全域が地震の活動期に入ったといわれる現在、日本に住むすべての人々が「明日は我が身」、今後、大きなリスクの上に立たされたと言えるでしょう。

 稲盛和夫さん(京セラ設立、現名誉会長)と瀬戸内寂聴さん(作家、僧侶)による著書「利他(人は人のために生きる)」の中で書かれていたことですが、仏教の言葉に「代受苦(だいじゅく)」というものがあるそうで、読んで字のごとく、他の人に代わってその苦しみを全部自分が引き受けるという意味だそうですが(キリスト教的な一面が仏教にもあるのは意外でした。)、『今回の大惨事で亡くなられた方々は、私たちに代わって苦しみを引き受けて亡くなられたのだから、私たちはその方たちへの感謝を絶対に忘れてはいけない、生き残った私たちは何か理由があって生かされているのだから、亡くなられた方々のためにも精一杯生きていく「義務」がある。(要約)』という強いメッセージには、驚きとともに深く得心させられました。このことは今回の大震災に限らず、日夜問わず繰り広げられている、すべての理不尽な事件や災難についても当てはまることで、ある日突然、大切な人を失ってしまったとき、私たちは深い悲しみや苦しみをどうにかこうにか乗り越えながら、一日一日をただ精一杯に生きていかなければならないということなのでしょう。けれども、そうやって苦しみながら生きるという行為そのものが、実は大きなエネルギーの源泉になっていて、いつの間にか周りの人々を力づけ、勇気づける存在になっている。本人はそんなこと気付きもしないでしょうけれども、今回の大震災がその事実をたくさん物語っていると思います。

 「利他」という言葉からほど遠い人生を送っている私のような未熟者でも、せめて願わくは、音楽の中に少しでも小さな希望や喜びを表現することができたら・・・と心から思います。


 未曾有の大震災から1年が過ぎた今、改めて、犠牲になられた1万5854名の方々に心より哀悼の意を表するとともに、3155名の行方不明の方々が一日も早く、一人でも多く見つかりますように。そして、今なお不自由な避難生活を送っていらっしゃる人々をはじめ、多くの被災者の方々に少しでも笑顔が戻る日が一日も早く訪れますように。