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Tony Joe White/Black And White/1996 Warner Bros. Records Inc. 9362-46364-2



ーチスト・リストに新たにトニー・ジョー・ホワイトの名を付け加えよう・・・ 彼は単なる1人のシンガーではない・・・ 彼はただの“トニー・ジョー・ホワイト”という名の人間に思われるかもしれない・・・ しかし彼は他のアーチストのコピーではない。それはあなたがこのアルバムを聴き、この若いエンターテイナーの芸術性を感じとれば分かることだ。すぐに彼が“今の世代”の一員であることに気づくだろう。

今日、我々がシンガーやエンターテイナーのことを考える時、我々はソウルのことを考えるだろう・・・SOUL・・・そう、彼は間違いなくソウルフル・・・あるいは・・・フル・オブ・ソウルじゃ!しかしながらここに立証されているS.O.U.Lとつづられるソウルはカラーではなく、黒か白だ。偉大なる神が“魂をひとつふたつ取って食せよ”と告げた時、トニー・ジョーは魂(ソウル)のお代わりをした。そして今、ソウルは持つものと持たざる者の元へと戻された。時に、たとえあなたが持つ者あるいは持たざる者であったとしても・・・このレコードをターンテーブルの上に載せ、くつろいで聴いてみれば、あなたは活力を取り戻すことだろう・・・このLPの最初から最後まで聴いてみれば、あなたはソウルを感じ、彼のヴォーカル同様、ギターとハーモニカのユニークなサウンドを持った新しい才能に出くわすことになるだろう。

あまりに大きな才能のせいで、私はトニー・ジョーが多作なソングライターであることを述べるのを忘れてしまっていた・・・このアルバムのA面は、彼の手によるナンバーで占められている。ホワイトは自分が感じて見て思ったこと、彼がどう生きてきたかを書く。彼はことば一つひとつを自分の口から解放する。トニーは人々が聞きたがっていること、人々がリアルに感じられることを表現したいと語る。彼は人々が望むことを歌にする。“Willie And Laura Mae Jones”は、現在起こっていることをトニー・ジョーが描写したうちのひとつだ。“Soul Francisco”、“Aspen Colorado”、“Whompt Out On You”、“Don’t Steal My Love”、そして“Polk Salad Annie”は、その芸術的才能を証明している。

‘驚嘆すべき’とは、トニー・ジョー・ホワイトを述べる時に使うことばに違いない・・・“Little Green Apples”はトニー・ジョー・ホワイトの独自の手法をとらえている・・・“Look Of Love”も同様だ・・・ジョニー・テイラーのミリオン・セラー・ヒットである“Who’s Making Love”は、フォーク的アプローチを備えている・・・そしてスリム・ハーポの“Scratch My Back”は、トニーの手法によって便宜が図られる(gets its back scratched)。“Whichita Lineman”はトニー・ジョーが大地にしっかりと根を下ろしていることの証明だ・・・しかしこれはトニー・ジョー・ホワイトの単なる初版にすぎない・・・ブラック・アンド・ホワイト。

―アレン・オレンジ、1969年


トニー・ジョー・ホワイト―世界的イメージ

世界的には、1968年8月1日に全てが始まった。モニュメント・レコーズのフランスでのライセンス先であるDisques Barclayとそこにいた精力的なバーナード・ダ・ボソンは、トニー・ジョー・ホワイトのバイオグラフィー、写真、テープを急いで送るよう電報を打ってきた。それは彼らがトニーの“Soul Francisco”のサンプル・レコードを地元のラジオDJとパリの小売店のためにプレイした時の“とてつもない反応”によるものだった!

レコードがいったんリリースされると、Barclayの販促マネージャーのフィリップ・ロウトは熱狂的にリポートした・・・「ラジオ・モンテカルロで‘Soul Francisco’がプレイされて30分以内に、100を超える電話がかかってきて、もう一度オンエアしてくれというリクエストが殺到したんだ!」 とりわけフランスとベルギー中でまさにモニュメンタルなトニー・ジョー・ホワイト現象が巻き起こった。ディスコティック、テレビではこのヒューストンを拠点とするソウル・シンガー/コンポーザーの出演を要請する声が沸きあがった。

新しく刊行されたフランスの業界紙Du Show Businessで、フランク・リプシクは次のように報告した―「今週のベスト・レコードの1枚だ。これはフランスの全てのクラブと、アメリカの音楽に関心を持つ者全てに喜びを与えるだろう。並外れたサウンドに驚くべき声!ヒットするに違いない!」 これがトニー・ジョーの“Soul Francisco”に対する反応だ。

その後、一風変わったイヴェントが催された。トニー・ジョーはフランス一番のディスク・ジョッキーの1人、ピエール・ラッテからあるリクエストをもらった。トニーがピエールにコレクト・コールをかけ、「今ムッシュー・ド・ゴールを聞いているかい?」と尋ねる企画だ。その模様は全国フランス・ラジオ・ネットワークのフランス・インターが30分間、ヒューストン-パリ間のインタビューとして生でオンエアした!

あとはドイツ、スペイン、日本、フィリピンでも皆さんご存知のとおりだ。全ての国が“フランスに続け”とばかり、トニー・ジョー・ホワイトのギターに合わせてダンスし始めた。このモニュメント最新のシンガーソングライターは、途方もないスケジュールによって世界中のオーディエンスの前でプレイすることになるだろう。アメリカ人よりもずっと先にヨーロッパ、アジアのファンたちがトニー・ジョー・ホワイトを発見したように見えるかも知れない―しかしトニー・ジョーにとってはどうでもいいことだ・・・彼には全てが分かっている・・・“いずれそのうち”というわけだ。いいかい?我々も同感なんだ。

―ボビー・ウェイス、1969年
モニュメント・レコード・インターナショナル部門
取締役副社長


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