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Syd Barrett/Barrett/1993 EMI 7243 8 28907 2 0



“Barrett”のレコーディングは‘Maisie’と‘Waving My Arms In The Air’のリメイクで終了した。後者は新曲‘I Never Lied To You’につながっていた。シド自身がジャケットをデザインしたアルバムは、1970年11月にリリースされた。評判だった“Madcap Laughs”よりも控えめな反応だったとすれば、それは内容からというより、要因の一部はタイミングによるものだった。しかし明らかにこの第二集はより親しみやすい構成をもっていたにもかかわらず、才能の崩壊のプロセスをとらえていた。「Madcapを作っていた時のシドは調子がよかったと思う」 マネージャーのピーター・ジェンナーはNMEのニック・ケントに考えを述べている。「彼はまだいい曲を書いていた」 対してデイヴ・ギルモアは“Barrett”セッションの間に同じNMEの章でこう述べていた。「いつも僕はこういっていた。‘シド、それで何か思い浮かんだかい?’そして彼は何とかしてうまく書き上げていた」

シングル、あるいはサード・アルバムを出す考えが続く数ヶ月以上にわたって存在していた。バレットはラジオ・ワンの‘サウンズ・オブ・ザ・セヴンティーズ’のためにセッションを行ない、‘トップ・ギア’で新曲を披露した―‘Baby Lemonade’と‘Dominoes’と‘Love Song’だ。実際のところ、シドはすでに隠遁生活へと傾いていたが、71年クリスマスの‘ローリング・ストーン’のインタビューでは「全く落ち着いている」と自らのことを語っていた。しかしその数週間以内にケンブリッジのキングズ・カレッジ・セラーでブルースマンのエディ‘ギター’バーンズが“ブギ・バンドの紹介”をした時に、そのりっぱな主張は疑いをさしはさまれることになった。そこでバレットは元デリヴァリーのベーシスト、ジャック・マンクと元プリティ・シングス/ピンク・フェアリーズのドラマー、トゥインクに加わったが、それは誰に聞いてもがたがたのジャム・セッションだった。それにもかかわらず、3人は共に活動を続け、スターズと名乗り、ケンブリッジ穀物取引所のホールではスキン・アレイMC5と共演した。その結果、ショーは混沌状態に他ならないものとなり、シドは翌日姿を現わさず、残りのショーはキャンセルされた。

ここで述べた多くの未発表音源と別テイクは元々1988年にリリースされた“Opel”で聞けるが、今は追加トラック入りでCDリイシューされている。

1970年2月24日、自信をもったシド・バレットは、ジョン・ピールのラジオ番組‘トップ・ギア’のためのライヴ・セッションを行なった。

彼は5曲をプレイし、“Madcap Laughs”からは‘Terrapin’のみ取り上げ、‘Two Of A Kind’は録音されなかった。他の3曲はリスナーたちのところにやがて届けられるシドの音楽を示していた。

2日後、シドはデイヴ・ギルモアをプロデューサーとしてアビー・ロードに戻り、セカンド・アルバムのために、まず‘Baby Lemonade’にとりかかった。そして‘Maisie’を2テイク録り、15テイク録ることになる‘Gigolo Aunt’へと進んだ。これは3テイクのみが完奏だった。“Opel”に入っているテイク7と9、“Barrett”に入っているテイク15だ。セッションは‘Waving My Arms In The Air’の様々なテイクで終わり、最初のテイクがベストとされた。ギルモア、ジェリー・シャーリー、フロイドのオルガン・プレーヤー、リチャード・ライトの3人がバッキングを務め、それぞれのアイデアは功を奏した。“Madcap”では苦心して曲が練り上げられていたが、セカンドは様々な活動の集大成が反映されていた。

2月27日、シドは4つのデモを録音した―‘Wolfpack’、‘Waving My Arms In The Air’、‘Living Alone’、そして‘Bob Dylan’s Blues’だが、全てはギルモアによって棚上げされることになった。最後の2曲は再び現れることはなく、すばらしい出来だと伝えられる‘Dylan’s Blues’のテープは短期間出回ったが、これらは今では完全に消失してしまったようだ。‘Gigolo Aunt’はバレットがアビー・ロードに戻る4月1日に再開された。

ラフ・ミックスの作業は、3日にシドが‘Wolfpack’の新ヴァージョンにとりかかる前に始まった。レコーディングはバレットが6月5日に‘Rats’、‘Wined And Dined’、‘Birdie Hop’の2トラック・デモを完成させるまで見合わせられた。これらのパフォーマンスは最終的に“Opel”でリリースされたが、ここでの‘Rats’は“Barrett”での同曲の基盤となった。2日後、シドは熱気あふれる新曲、‘Milky Way’をレコーディングし、これは“Opel”で登場した。彼はまたピンク・フロイドの初期の曲、‘She Was A Millionaire’を再びとり上げ、単に‘Millionaire’とした。ヴォーカルなしのめぐり合わせの悪い2つのセッションが続いたが、それが破棄される前に、セッションは困難な‘Rats’へのオーヴァーダブをもって終了した。

次のレコーディングまでにまた間があくことになった。7月14日には5曲の作業が行なわれ、そこには‘Effervescing Elephant’の9つの新ヴァージョンと、‘Wined And Dined’の多くのオーヴァーダブが含まれた。シドの最高の1曲である‘Dominoes’の、ミスを含む3つのヴァージョンがこのCDで初登場だ。この時点で単に‘Untitled’と呼ばれていた‘Love Song’の最初のヴァージョンもここに含まれている。またシドはこのセッションで‘Dolly Rocker’と‘Let’s Split’をレコーディングしたが、棚上げされ、それらは“Opel”に収録された。

‘Love Song’は7月17日から21日の間に完成した。‘Dolly Rocker’への基本的なオーヴァーダブは、シドがもうひとつの‘Untitled’にとりかかる前に完全に消去された。その‘Untitled’はのちに‘Word Song’として知られることになり、この魅惑的な曲は“Opel”で初登場となった。‘It Is Obvious’の5テイクのうち、最初のテイクがオーヴァーダブの対象とされたが、残りのテイクも全てすばらしく、エレクトリック・ギターつきのテイク2はこのCDに収められ、テイク3とアコースティックのテイク5は“Opel”に入っている。

Brian Hogg


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