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The Stranglers/La Folie/2001 EMI Records Ltd. TOCP-53280



‘La Folie’はザ・ストラングラーズの歴史において、新しい章の幕開けとなったアルバムだった。エイリアンにまつわる全てのものをあとにし(この前のアルバムがMeninblack)、現象としての愛の探求に乗り出した作品であった。愛をテーマに大物プロデューサー、トニー・ヴィスコンティを迎え、新規まきなおしをはかり、それは全くひとつの形式パターンのようには見えたが、そういった手法を望む他の誰よりもうまく作用した。事実、‘La Folie’は完璧なストラングラーズのアルバムといえる。それに対して、たしかに前作Meninblackは不評を買っていたし、プレスの一部は完全に困惑し、それはある程度ファンも同様だった。しかしここに一切埋め合わせ的なトラックを含まないアルバムが誕生した。

‘Non Stop’はヒューのベストが引き出された素晴らしい1曲だ。一方、‘The Men They Love To Hate’は最初から最後までJJ(バーネル)色であふれ、グループ本来の現実に立ち返ったナンバーだ。マフィアの響きのある奇妙なストーリー、‘Let Me Introduce You To The Family’は最初のシングルとして、その‘ファミリーの仲間に加わった’。一方でこれはライヴ・レパートリーとして今日までプレイされている。チャート上の栄光はつかむことができず、42位までしか上がらなかったが。評論家たちは様々な思いでアルバムを受け入れたが、少なくともみな、ザ・ストラングラーズが、より直接的なアプローチに向かったことに賛同しているかのように思われた。NMEのバーニー・ホスキンスはいった。“ザ・ストラングラーズは偉大なロックンロールの亡命者であり、彼らは今でも時に打ちしおれ、時に怒りを表明したレコードを作り続けている。いわば、それは我々の心の中にある悲観主義とロマンティシズムの奇妙なブレンドであると信じる。彼らの音楽の中に感じられる徒労感と冷淡さのクールなセンスはほとんどカタルシスだ。”

ある1曲について一つ確実にいえることがある。アルバムの中でまず書き始めるにふさわしいこの曲は、他のナンバーから突出している。そこいら中で書かれることになった巨大ヒットという言葉を用いられる‘Golden Brown’は、スローテンポで他のストラングラーズ・クラシックのどれとも似ていず、内容はヘロインに対するラヴソングであるかもしれないし、そうでないかもしれない。何年も経っても、その曲についてはまだ結論は出ていない。ジェットはこれがバンドが必要としていたビッグ・シングルだったことを認めている。“すごいヒットになると思った。それも特大だ!” しかし不思議なことに、‘Golden Brown’はアルバムの中に収録される予定ではなかった。

JJはこの曲を嫌っていたが、最後には他のメンバーにおしきられる形で屈服した。しかしそれは彼の多くのわがままをみなが指摘しただけだった。トニー・ヴィスコンティもまた、アルバムに含めることに賛成した段階では、‘Golden Brown’は素晴らしい曲だがシングル向きではないと考えていた。シングルとしてリリースすることをめぐって大騒動が展開されることになった。またリリース日についても事はあまりうまくいかなかった。公式リリースは1982年1月だったが、1981年のクリスマスの時期を越えた時にはレコード店で簡単にシングルが買えたことに、グループと彼らのファンも同様にショックを受けた。シングルは一般的な需要とラジオ・ルクセンブルグでの毎日のオンエアによって、すぐにトップ20に入り、3週目には2位になった。唯一その行く手を阻んだのが、ザ・ジャムの‘A Town Called Malice’だった。‘Diddy’デヴィッド・ハミルトンでさえ、パンク・バンドの悪くない作品としてラジオ2の‘今週の1枚’に推した。その追い風に乗って‘La Folie’は再度チャートインし、見事に11位になった。ツアーが企画され、バンドは満杯のオーディエンスの前でプレイした。ザ・ストラングラーズはその初期において知られていた、オールド・スタイルのオーディエンスを罵倒して恥をかかせるような敵対的な存在でさえなくなっていた。

外観上はあらゆることがうまくいき、1位の座を張り合うシングルを出してもグループは依然問題を抱えていた。EMIはシングルの需要にプレスが追いついていなかった。ジェットはシングルがロンドンの大型レコード店で在庫切れ状態になっていることを知ってひっくり返ってしまった。レコード会社はグループに成功を祝ってシャンペンを1ケース送ったが、グループにとってはうれしくもない慰めだった。彼らは数週間前に契約終了を伝えられ、他のレコード会社を探さなければならない状態だった。ザ・ストラングラーズは自分たちの未来を自分たちの手中に収めるべきだと考え、元々の契約の中に逃げ道を見つけるために、弁護士チームが24時間体制で働いた。グループはうまくいっているその状態を維持するために、次のシングルをリリースする考えに取り組んだ。‘Tramp’はその時期を利用した完璧にキャッチーなポップ・ソングだった。グループは1枚のアルバムから2枚のヒット・シングルを出して予定の方向に進もうとした。JJはタイトル・トラックの方が次のシングルとしてはるかにふさわしいと考えていた。‘La Folie’はスローテンポのフランス語による独白形態であり、それはポップ・ヒストリーの中でも極めて奇異な詞を持っていた。ヒューは少なくともシングルにするなら英訳すべきだと考えた。しかし‘La Folie’に当たる語は英語には存在しなかった。近い意味としては‘愛の狂気’だ。

メンバーたちはJJと話し合い、‘La Folie’が次のシングルとしてリリースされたが、かろうじてチャート47位をうろうろするのみに終わってしまった。ストラングラーズの弁護士たちは、EMIが見逃していた契約の中に更新できるオプションを発見したが、この時点でグループはすぐに去ることをレコード会社に通達した。移籍先はヴァージン・レコーズが有力視されたが、ぎりぎりになってCBSがさらに良い条件を提示した。グループはEMIを去った。EMIからの最後の一矢がラスト・シングル、‘Strange Little Girl’だった。‘Greatest Hits Collection’に入るのは明白だ。

他のどんなUKパンク・バンドよりも長いキャリアを持ち、25年間活動してきたザ・ストラングラーズは、今なお歴史を刻みつけている。私に言わせれば、彼らの歴史はまだまだ続いていくのだ・・・

Alan Parker(The Gimmick)
“愛の狂気といちゃつき” Maida Vale July 2001.


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