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Shirley Collins/The Sweet Primeroses/1967 Topic Records 12T170



シャーリー・コリンズは魅惑的なサセックスのシンガーだ。彼女は現在、フォーク・ソング・リヴァイヴァルの中で傑出した人気を誇っている。彼女の歌は彼女の家族から、そして古いサセックスの友人で高名なボブ・コッパーから伝わったものだ。彼女が最初、都会で歌い始めたとき、イワン・マッコールが彼女にとっての大きな存在だった。その次がアラン・ローマックスだった。彼女は彼の助手としてアメリカへ渡り、広くフィールド・レコーディングを行なった。

シャーリーの姉ドリー・コリンズは熟達したミュージシャンであり、彼女はアラン・ブッシュのもとで作曲とオーケストラ・アレンジメントを学んだ。彼女はピアニストとして妹に伴奏をつけたが、2人はそれに満足できなかった。しかしドリーが見つけたポータブル・パイプ・オルガンは興味深い可能性を提示することになった。

元々のポータブル・オルガンは小さな中世の楽器だった(片手は蛇腹のふいごを、もう一方の手でキーを叩いた)。ドリーがプレイしたのは教会オルガン製作者のノエル・マンダーが作ったもので、電気的に風を送りこむ現代式モデルだ。そのパイプワーク、音階、音色は1689年にルーマニアのブカレストで製作されたものの再現だ(普通考えられない場所であるが、その楽器の後期に当たる)。イングリッシュ・フォーク・ソングの伴奏として、それは伝統的な手法なのか?ノーだ(では何の楽器がふさわしい?)。それは効果的なことなのか?あなた自身で判断してほしい。

A.L. ロイド


ここに収められた歌は、いろんな意味で私のお気に入りね。特にこれらの歌が喚起させるものや、私の一番好きなことを連想させるものがたくさん詰まっているから。詞とメロディはもちろんこのうえもなく素晴らしくて、ドリーの小さな‘フルート・オルガン’は見事な伴奏を付けているけど、歌の生命力はその歌が喚起させる人々の生き方からきているわ。それは牧草地だったり、恋人たちの出会いだったり、悲劇、喜びなんかが陽光に照らされた木々や、小鳥のさえずりの中で表現されていることね。この歌の数々の中で、私は自分が巨人像やストーンヘンジやモルヴァン丘陵のようなヒル・フィギュア(イングランド南部で儀式・記念のために白亜質の丘に刻まれた巨大な馬や人物などの像)を見つけた時と同じ興奮を得ることができるわ。英国中どこへ行っても、歴史は列車の窓から強く感じることができるし、私が一番好きな歌はそれをたたえるものね。

SIDE ONE

ALL THINGS ARE QUITE SILENT
18世紀から19世紀初頭にかけて、英国女王陛下の戦列艦の艦長たちが乗組員を必要とした時、彼らの手段はシンプルだったが完璧だった。海港の市場町に愛国的なビラを告示することによって、できるだけ多くの新兵を召集したのちに、彼らは巡回裁判を徹底的に調査し、放浪者の宿を回り、通りを探し回る兵士強制徴募隊を送り込んだ。もし募集定員に満たなければ、男たちをベッドからひきずり出すこともいとわなかった。こういった歌は兵士強制徴募隊の口のうまいやり方を恐れる妻や恋人たちにとって、最もあからさまな内容を持っている。とりわけ美しいこの歌は、ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ(英作曲家)がサセックスのテッド・ベインズから記録し、“The Penguin Book of English Folk Songs”の中で出版された。

CAMBRIDGESHIRE MAY CAROL
今でも英国で祝われているメイ・デイ(May Day:5月祭 5月1日に英国では5月の女王=May queenを選んで花輪の冠をかぶせ、メイポール=maypoleの周囲で踊る)は、どこでもかなり異教徒的な行事だけど、この歌にあるように時折、クリスチャンの要素が継ぎ足されている場合もある。全てがリボンと花で飾られているわけではないけれど、コーンウォールのパッドストーでは夏の到来を歓迎するために恐ろしい黒のホビー・ホース(子馬:モリス・ダンスに使う馬の模型)が踊る。私はこの歌をジーン・リッチーから教わって、彼女はラッセル・ウォートリーから教わった。私はこの歌が大好きで、1年中歌っていたことを覚えているわ。

SPENCER THE ROVER
この歌は19世紀のかなりの叙事詩を要約したものといえるかもしれない。私が想像するスペンサーは頬が赤くて黒いもみあげがあって、革のゲートル(ひざまたは足首まで覆う深靴)をはいた人。最後のフェードアウトする部分のこのうえない家庭的な至福は、みなに喜びに満ちた感覚を与えてくれる。ヴァースはとても長くて、私はサセックスのボブとロン・コッパーが互いに共有する3番目のラインの響きを高く評価しているわ。ドリーのカウンター・メロディ(対旋律)は歌のスピリットに全く反発することなく存在する。

THE RIGS OF THE TIME
私は誠実さがかつて流行したことはないと思う。それが流行らないのが好ましい状態だと仮定すればの話だけど。元々はチャージャー・サモンと友人たちが経営していたノーフォークのパブ、‘The Windmill’でピーター・ケネディが録音した。この19世紀初頭の民謡は、大きな議論の的になっている。素晴らしいメロディと騒々しく響き渡るコーラスがそのことを証明しているのももっともなことね。

THE CRUEL MOTHER
この教訓バラッドは崇高なメロディ含めてあらゆることが含まれている。私が20歳の時にイワン・マッコールに教わった。良心の破壊された若い女による密かな行動を伝えるドキュメント的な平板なオープニングが流れ、それから彼女が殺した双子の幽霊が現れ、彼女に永遠の断罪を宣告する。リフレイン部は1人の卑劣な人間を、良心の呵責の原型(イデア)へと高める呪文を思わせる。

THE BIRD IN THE BUSH
愛とラヴソングは楽しくて束の間で快適であると同時に、崇高で残酷にもなりうる。この愛らしい魅惑ソングは、1羽の鳥がその明白な喜びに関する素早い任務を行なう話。バート・ロイドに教わった。

THE STREETS OF DERRY
ピーター・ケネディとショーン・オーボイルがサラ・マケム婦人から記録した。私が‘The Gallows Pole’(絞首刑のポール)の部類で聞いてきた中で、このヴァージョンには誇り高い若者が‘司令官のように’歩く姿が垣間見える。荒くてゆったりしたメロディが最も胸にささる。私が省略したヴァースは、‘彼の年老いた両親’が若者を絞首刑から金を払って救うのを拒否したところ。ここでのドリーはアイルランドのイリン・パイプのようなドローン音を使っている。

SIDE TWO

BRIGG FAIR
これは数少ないハッピーなラヴソングのひとつで、幸せなストーリーを持ったもの。作曲家で民俗学者のパーシー・グレインジャー(1882-1961 ピアニスト)が、リンカンシア、ブリッグの農夫ジョゼフ・テイラーから録音した。グレインジャーはディーリアス(1862-1934 英作曲家)に弾いて聞かせ、ディーリアスはそれにオーケストラの幻想曲を施した。ジョゼフ・テイラーはアルバート・ホールでのこれの初演に招かれ、バルコニー席から元気いっぱいに歌って参加した。

HIGHER GERMANIE
こういった素晴らしい反戦ソングの穏やかなヴァージョンが人気を博すのはいいことね。ピーター・ケネディがサセックスのジプシー、フィービー・ホワイトから記録した。私はこの歌をA Blacksmith Courted Meのようなバラッドとしてみなしている。これも同じフィービーからで‘完璧な’歌のひとつ。

GEORGE COLLINS
私がこれまで聞いてきた中で、この歌ほど冷えびえしたものはないわね。元々は水の精の愛人となった不死身の男に関連したもの。彼は彼女を捨て、彼女は毒のキスで彼を殺し復讐する。いく人かの女たちは悲しみによって死んでしまう。このバラッドの有効性は、ある部分、自分の運命を冷静に受け入れたキャラクターたちからきている。6人の女たちの死に方は、ジョージ・コリンズの大変な魅力を物語っている。ピーター・ケネディがサセックスのイーノス・ホワイトから録音した。

THE BABES IN THE WOOD
コッパー・ファミリーがサセックス丘陵地帯の羊農場を郊外の投機家に手渡したあと、彼らの歌だけが残ることになった。私とヘイスティングスの私の家族に歌ってくれたボブ・コッパーは、今ではブライトンはずれのPeacehavenのパブを所有している。彼はいとこのロン、他のパブの主人といっしょにデュエットで歌うことで広く知られている。この歌は彼らのレパートリーの中で最も感動的なうちのひとつ。その感傷はあからさまなものだけど、見事な気高さと詞とメロディのおかげで成功している。

DOWN IN YON FOREST
多くの伝統的な英国の祝歌(The Cherry Tree CarolやThe Bitter Withyなど)は、キリストが英国の木々や原っぱの中で、普通に家族と暮らしている姿を描写しようとする。ウィリアム・ブレイク(1757-1827 英詩人・画家・神秘思想家)のような作家たちは、生まれ故郷の丘陵地帯や牧草地や森林を祝福するもとして‘容貌の神々しさ’を望んでいた。この祝歌はなじみの薄い背景をよびさましている―暗い森、華美な玄関、鐘の音など。それは繁栄と血と誕生の象徴ね。ドリーはそういったシンボルの中世のスピリットにふさわしいアレンジメントを心がけた。ピーター・ケネディがダービーシア、キャスルトンのホール婦人から収集した。

THE MAGPIE’S NEST
ピーター・ケネディが北アイルランド、アーマーのアニー・ジェーン・ケリーから録音したやつから学んだ。軽快なリフレイン部は、これが典型的なアイリッシュ・ダンス・チューンであることを示している。素晴らしいアイリッシュ・フルート・プレーヤーのゲイブリエル・サリヴァンにはThe Cuckoo’s Nestという曲があるけど、ほとんど同一曲。

FALSE TRUE LOVE
この悲しく優しい詞の断片は、バラッドのYoung Huntingのオープニングに似ているが、これはセシル・シャープが1916年にテネシー州Flag Pondのジェフ・ストックトン氏から記録した短い形態。殺人犯の若者、溺死全てを含む英国のオリジナル・ヴァージョンはアパラチア地方全域で収集されてきた。私がその歌を歌うこととリサーチに取り組み始めた時、アングロ・アパラチアの伝統は不可思議さに満ちているように見えたけど、最近感じることは、合いの子っていうのは悲しみを誘う幽霊みたいなもので、ブルースとブルーグラスのような純粋なアメリカン・フォームと、粗野なブリティッシュ・トラディションの間で失われてしまったっていうこと。でも私は特にこの歌で感じられるような喪失と孤独の感覚は、歌う価値のあるものだと思う。
THE SWEET PRIMEROSES
最後はコッパー・ファミリーから。彼らの歌は私にとって国歌か、それにふさわしい響きがあるわ。南部の田舎の風景全てがここにある―お墓、真夏の朝に行なわれる様式化された公式な集い、ストイックな楽天さで和らげられた別離の悲しみ。ドリーのアレンジメントはコッパーのスピリットをいくらかたたえている。‘かわいい小鳥’たちもね。

シャーリー・コリンズ


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