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Shirley Collins/The Power of the True Love Knot/1980s Hannibal Records Ltd. HNBL 1327



“シャーリー・コリンズはイングランドを代表する女性フォーク・シンガーとしての名声を確立した。トラディショナル・ミュージックの研究を行なうBBCの調査員が最初に彼女を発見した時、彼女はすでにフォーク・シーンのあらゆる分野と関わりを持っていた。彼女は50年代後半に、アラン・ローマックス(米民俗音楽研究家)とともに民謡を収集するためにアメリカ南部を旅して回り、以来、彼女はクラブ出演やレコードを通じて英国で名声を打ち立てた。

多くの意味でシャーリー・コリンズは謎めいた人物だ。彼女は完全にトラディショナルでまさにイングランドのパフォーマーである。そのステージは器用で洗練されたものではない―ただし、それはサセックス地方の生活がどのように営まれてきたのかを伝える彼女の一連のストーリーを除いての話だ。彼女はフォークの前衛派から大きな敬意を集めている一方で、英国フォーク・アカデミー(保守派)からは、彼女が‘現実逃避’を歌っているとして正当ではないという声が大きい。たしかに彼女の声は洗練さを欠いているし、彼らが規定する教本に注意を払うことはないが、その成果はすぐれたものだ。彼女のパフォーマンスには穏やかな忘我状態が訪れ、彼女のバラッドの多くはメロディックでこのうえもなく美しいものであるが、彼女はみずから呼ぶところの‘うわべの装飾の下に隠されたトラディショナル・ソングの暗い恐怖’のことに十分気づいている。それは多くの比喩的描写の中にある残忍性だ。”

ロビン・デンスロウ
‘ザ・ガーディアン 1967年10月’


このレコードに入っている歌には、どこにでもいるもろい女性たちが出てくる。ユリのような白い手のバラッドのヒロインたちは夜にさまよい、愛のために息をつき、取り乱しながら草原をさまよい、高潔さを保ったり失ったりし、妊娠し、ジプシーと駆け落ちし、自責にさいなまれ死に、恋結びのリボン(True-Lovers’ Knot)をつける。

特定の種の歌は世代を超えて生き延びてきたように思われる。なぜなら少数の全く普通の人々が、その中に自分たちの国の偉大な詩、すばらしい物語、美しいメロディを感じとって歌い続けてきたから。ここに収められた歌は、私たちの世代の中で今も進化し続けていることを映し出していると思う―それは「愛と友情のきずな」と「社会のきずな」との間の対立ね。

古いラヴ・バラッドの中には、社会のコントロールの及ばない、制御できない抗しがたく神聖なパワーとしての真の愛に対する考え方が表われていることがある。なぜならこの考え方は今でも全てのロマンスの土台を築いているものだから、そういう歌は私たちの心をつき動かす力を依然持っているということね。

死んだ幸薄き恋人たちに関連したバラッドの中に出てくるリボン(恋結び)は、とても古い民間伝承のひとつ。それはたしかに愛、友情、信頼の伝統的なシンボルで、デーン人(9〜11世紀ごろ英国に侵入したスカンジナビア人)が英国に持ち込んだ真の愛を意味する‘Trulofa’(これは誓ってそう)が基になっている。

真の愛はかつて本当にパワーを持っていたか?歌は教会が国の繁栄を維持するために、便宜上、結婚を神聖化することに嬉々として取り組んでいたことを示している。それは貿易と領土を守るという大義のために、大砲のえじきとなる兵士が必要となった時にはいつでも王の軍が夫や恋人たちを連れ去ってしまうことを意味する。それでも私たちは社会が恋人たちにどんなことをしようと(恋人たちが互いにすることはいうまでもなく)愛は傷つけられることはないと確信させるようなサインやシンボルを探ろうとする。

これらの歌の中に新しい編曲を持ち込んで、一方でその歌のスピリットを守り通すことは、私の姉のドリーがとても真剣に考える問題のひとつね。私たちは再び小型のパイプオルガンを使用した。それはメカニックに風を送り込む現代式の構造を持つN.P.Mander社製のオルガンなんだけど、元々は1643年に作られた手動ポンプ式だったもの。小さな木製のパイプが何ともいえない素晴らしいフルートのようなサウンドを作り出して、私たちは最初に聞いた時から大好きになったわ。ドリーはフェスティヴァル・ホール、クイーン・エリザベス・ホール、2枚のLP、ラジオ番組、テレビ番組で私といっしょに働いている。今のところ注目を浴びることはないけど、彼女の人生の中で大激変だったわね。

私たちはヘイスティングスのすごく田舎に生まれて、家族みんなでよく歌っていたわ。それから絶えず私はブルースの収集のためにアメリカ中を回って、2人の子供を育てながら英国中のフォーク・クラブで自分なりの歌い方で歌ってきた。ドリーはずっと本業を持ちながら、アラン・ブッシュといっしょに作曲の勉強をしていた。ある時期には、彼女は二階建てバスに住みながら曲を書いていた。下のデッキにはピアノが据え付けられていた。彼女は今ヘイスティングスのコテッジに住んで、全面的な在俗のミサ曲に取り組んでいるわ。

SIDE ONE

Bonnie Boy
この歌のブロードサイド版は王政復古時代(17世紀中頃)の頃に出版されて、ハッピーエンドの‘返答’がついていた。ドリーは私がプレイした既存の5弦ダルシマーの周りにアレンジメントを施してくれた。このトラックと‘Greenwood Laddie’で、私たちはブラム・マーチンに参加してもらった。彼は1740年製のTosturiのチェロをプレイした。ビートルズの‘エリナー・リグビー’と‘シーズ・リーヴィング・ホーム’でプレイしていたマーチンは、私たちが求めるイディオムを素早く理解することができた。それも思慮深く‘驚くほどの暖かさ’で。

Richie Story
ドリーがプレイするパイプ・オルガンの快活なサウンドを変化させるには、粗末な真鍮のレバーを押してオクターブを加えるしかない。こうやって私たちはリチャード王の物語に華麗な行列とリラックスした儀式を加えた。リチャード王はイングランドの王位を投げ出して仕えてもかまわないほど、1人の女性を愛していた。彼女の成り行きに付き添っていくのが、Medieval Percussion Band(中世の打楽器バンド)。マイク・ヘロンはインドのフィンガー・シンバルとアフリカン・ドラムをプレイして、ロビン・ウィリアムソンは日本のバチとティン・ホイッスルをプレイしている。

Lovely Joan
輝く陽光の草原にたたずむジョーンの内に秘めた力と機敏さは(彼女の真の恋人に対する誠実さはいうまでもなく)不滅のもの。この雰囲気はよく知られたものね。ヴォーン・ウィリアムズ(英作曲家)は彼のGreensleeves Fantasiaの中の間奏曲として使った。ドリーの完全にラジカルでいて全くシンプルなアレンジメントは、若者の下劣な接近を強調しているかのよう。

Just As The Tide Was Flowing
叔母のグレースから教わったこれらのヴァースが、長い誘惑ソング(The Hammond & Gardner Collection参照)の一部だったことを最近知った。でも私はこの悲しい女をかき乱すような差し迫った動機が見えないわ。私には、彼女はいつも失意の日に野をさまようように思える。

The Unquiet Grave
この歌は古代の共同体信仰のあわれみと魔術的表現ね―恋人の死に対する悲嘆がその者から命を吸い取り始めると、愛は悪用されるものと固く信じられていた。涙は黄泉(よみ)の国の川(三途の川)へ流れ、川はあふれ出して渡ることができなくなる。すると死者が戻ってきて生者に忠告する。私が楽器をプレイするこのトラックと他のトラックでは、ジョン・ベイリーによる手助けがあった。それは5弦バンジョーのネックのついたダルシマーのこと。

Black-Eyed Susan
絵画的描写:戦列艦に乗船し、恋人と離ればなれになるハンサムな水夫。彼らは誓いを立て、指輪を交換し、涙は枯れる。艦隊は出航を始める。これは大皿や印刷物、見本集などでおなじみのシーン。こういった感極まった状況からグレイト・ソングが生まれるに違いないわね。このかなり形式的な船乗りの別れは、その落ち着いた出自を示す文学的な肌触りを持っている(ジョン・ゲイのバラッド・オペラ‘Beggar’s Opera’)。でも私は気にしないわ。ドリーの威厳ある舞踏的な装飾は、この歌が作られた時代をよく表している―18世紀中頃。

Seven Yellow Gipsies
2人のハンサムなジプシー(ロビン・ウィリアムソンとマイク・ヘロン)が、全力で追跡する彼女の君主といっしょになって、彼女を追い立てたり放っておいたりする。一片のスキャンダルとしてよく知られるこの話は、珍しく猛烈なテンポを持ち、最後のラインで仕組まれた政略結婚を匂わせる部分が出てくる。これはアイリッシュ・シンガーのパディ・ドーランによるもの。私はこの女の子は快適な城から抜け出して、7人の(おやまあ)イエロー・ジプシーと野で転げまわるほど向こう見ずな性格に違いないと思う。

SIDE TWO

Over The Hills and Far Away
‘ベガーズ・オペラ’のためにこんな優れた曲をジョン・ゲイに提供したバグパイパーのトムは、伝承童謡以上の人物。トムはママーズ・プレイ(伝統的なイングランドの民間劇:クリスマスに関連したものが多く、18〜19世紀に人気があった)の中ではずっと道化であり、記述では伝統的に彼のことを次のように描写している―‘つけひもをあごの下で結ぶ幼児用帽子(ボンネット)をかぶり、赤ら顔あるいは黄色で手首には赤のマフィティー(手首覆い)のようなものをしている。ダブレット(腰のくびれた胴衣)の上には短いマントのような、袖ぐりと黄色のケープのついた赤い上着を着ている。はいているタイツは赤で、太ももには格子状に細い黄色の模様が入っている。’
‘The Beggar’s Opera’の歌は、威勢のいい主人公の追いはぎマックヒースと、愛敬があってすぐに人を信用するポリー・ピーチャムの間でデュエットとして歌われる(‘彼は情熱でポリーに報いる’)。彼らは干し草置き場でそれぞれ1ヴァース歌う。デュエットになると、コーラスはテーマの反復に戻る。‘混乱した’メロディを奏でるドリーのハーディーガーディーのアレンジメントは、このことを暗示させている。

Greenwood Laddie
あるいはこれほど美しい少年は、少女のいたいけなイマジネーションの中にしか存在しないのかもしれない。でもこの歌の美しさは現実のものね。ブラム・マーチンは拍子の変化(3/4から4/4、それから5/4へ)を見事にやすやすと切り抜ける。ジーン・リッチーがショーン・オーボイルから記録した。

Lady Margaret and Sweet William
これもジーン・リッチーによって収集されたバラッドで、ケンタッキー、ハザードのジャスタス・ベグリーが彼女に歌ったヴァージョン。もっと完全なヴァージョンがあるけど、なぜSweet WilliamがLady Margaretの申し出を断ったのか、彼女がどう死んだか、彼がどう死んだかを私が説明できるものはなかった。でも両義に取れることが、ひょっとするとこのタイプのバラッドが特に生き残ってきた理由かもしれないわね―愛のきずなが人間の誇り、悲劇、死にも打ち勝つっていう。

The Maydens Came
これは豪華な日曜日の新聞の中で、ドリーが見つけた作者不明の詩の謎めいた断片で、家族の誰かが別の時にそれに曲をつけたもの。私の叔母のジャッキーがこれにつけた曲は大好きね。ロビン・ウィリアムソンが加えた詠唱(インドのオーボエ、シャハナイで)は、オリジナルの1643年製のオルガンに新たなサウンドを加えている。

Polly Vaughan
「ああ、愛しのジミー、あなたは自分のしたことが分かっているの?」 彼は彼女を不死身にしてしまった。レーダー(スパルタ王テュンダレオースの妻:ゼウスが白鳥の姿で交わり、クリュタイムネーストラー、カストール、ポリュデウケース、ヘレンが生まれたが、前2者はテュンダレオースの子という)と彼女の愛人/神/白鳥、そして白鳥の湖の女王と並んで、ポリーは身分をわきまえている。もし雨の中に出歩かなければ、彼女は忘れ去られていただろう。しかし実際のところ、彼女は雪の泉のごとく美しくなった。あるヴァージョンではポリーの幽霊が戻ってきて、ジミーの裁判に異議を申し立てる。メロディは私が作った。

The Barley Straw
少年だったころ、ハリー・コックスはノーフォークのパブの外に座って、彼のおじいちゃんが友人たちといっしょにパブで歌っているのを聴いていた。こうやって彼は偉大なトラディショナル・ソングのレパートリーを完全に自分のものにした。それは怠惰な輩の巧みなそそのかし方、彼らによる悪賢く冷笑的な話も含まれている。農民の娘もそれを楽しんでいたように見えるが、看護料を超えた値段をつけられていた。ドリーはここで‘田舎の定期市’のようなオルガン・サウンドで大いに楽しんでいる。

Barbara Allen
バーバラ・アレンはバラッドの中の‘dark lady’(黒婦人)。彼女はジミーが死の床から青白い腕を伸ばして彼女に触れようとした時に、急いで逃げ出したことで知られる。彼女はうちへ帰る途中にジミーの亡霊に出会い、大声でカラカラと笑う。しかし彼女は非道な行いの後には、必ず良心の呵責におそわれ、最後は教会墓地でジミーといっしょに眠ることになる。私が今まで聞いてきたたくさんのヴァージョンのうちで、ここの2つのパートのメロディが一番印象的ね。最もバーバラ・アレン自身を呼びさますようなところだと思う。

シャーリー・コリンズ


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