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Sandy Denny/The Original Sandy Denny/1978 B&C Recording Ltd. CREST 28



これはサンディが最初に制作したレコードで、1967年にロンドン、ハムステッドのサーガ・スタジオでレコーディングされた。このライナー・ノーツを書いている私がセッションを準備し、スタジオを手配した。サンディは自分のギターをひざに載せ、高椅子に座って楽にレコーディングすることを私たちに主張した。AKGの一対のステレオ・マイクロフォンが彼女の頭上に吊るされていた。

直にアンペックスのステレオ351に録音するのではなく、最初にミキサー―とてもシンプルな―にサンディの声は録音された。それによって私たちは機械的にエコーを加えたり、彼女の美しくシンプルな声をコンプレッサーやリミッターやイコライザー、その他あらゆる装置に通すことができた。それらの装置についてエンジニアたちがいつもいっていたことは重要だったが、それは私の理解の範囲を超えていた。

私に理解できたのは、椅子の上に座る10代の天才少女が、やすやすと自分の声にアルペジオ、トレモロ、音階を加えることができるということだった。それはまるで彼女が独自の指揮を与えるべく、楽器に調子を合わせていたかのようだった。それは時折ぎょっとするほどだった。その叙情的な最高音部は粗くしわがれた震え声となり、深く響き渡っていた。それはセッションの初めのウォーミングアップで聞かれた彼女の素朴さとは全く正反対の表現力を示していた。私はこの国が生んだ最高の女性シンガーの1人を、自分たちのスタジオに招いていたことを分かっていなかった。

しかしこの最初のレコードの中で、サンディが将来どんな存在になるのか全てはっきりと聞き取ることができる。そしてスピーカーを通じて聞こえてくるこのレコードによって、この少女が何年にもわたってその素晴らしい声に磨きをかけてきたことを示していることが分かるだろう。

彼女をフォーク界へ紹介したサーガから、今度はフォーク界は彼女をロック界へと転身させることになった。サンディは活動を続け、最初はストローブス、次にはフェアポート・コンヴェンションに加入した。彼女はイングランドのパイオニアであり、あるいは全盛期を迎えていたエレクトリック・フォーク界全体のパイオニアだったのかもしれない。

おそらく最も見識の広い今日のフォーク・ライターであろうメロディ・メーカー紙のコリン・アーウィンは、彼女のあまりに早すぎる悲劇的な死に際し、次のような美しいことばを添えた;

「彼女は自作の歌と他人の歌を、偉大なる情熱と常に100パーセントの献身をもって歌ったが、この分野での彼女のシンギング・スタイルは独特のものだった。彼女は最高だった。彼女の素晴らしくよどみなく流れる見事な歌唱は、今も独自性を保持している」

サンディ・デニーは偉大な声を持つすぐれたエンターテイナーだっただけでなく、最高級のソングライターだった。彼女は31歳の時に悲劇的で破滅的な死を迎えたが、ティーンエイジャーで私たちのスタジオでキャリアをスタートさせた時、彼女は15年間の確かな成功をつかんでいた。それはビートルズよりも長いものだった。このレコードは元々、今年の後半に予定されていた(私たちは昨年ドイツで再リリースした)。私たちはこのレコードにテープ・アーカイヴから発見したトム・パクストンのMy Ramblin’ Boyを加えたが、それは彼女がフォークとロックに貢献したことと今日の音楽シーン全体への単なるオマージュではなく、サンディがギタリスト、シンガー、コンポーザーとして驚異的な才能を持っていることを示したアルバムにするためだった。彼女は誰も匹敵しない才能を持っていた。将来、彼女と同等の才能が現れるだろうか?

マーセル・ロッド ©B&C Recordings Ltd. 1978
first published 1967



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