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Sandy Denny & The Strawbs/All Our Own Work/2010 Witchwood Media WMCD 2047



僕は1966年暮れにアールズ・コートのトルバドールで初めてサンディ・デニーに会った。ある晩遅くに、その‘天使’の歌を聞いた時は気を失いそうになったね。サンディはスツールに座って、ギブソンのハミングバードを弾いていた。彼女は白いドレスを着て麦わら帽をかぶっていた。彼女がステージを降りると、僕は自己紹介をして、グループに入る気はないか尋ねたんだ。「あなたのグループは?」と彼女が聞いてきたから、僕は「ストローブスだよ」と答えたら、彼女は「OK」といってくれた。僕は公衆電話からトニー・フーパーに女性シンガーを見つけたことを知らせた。

トニーと僕は初めてのリハーサルのために、グロスター・プレイスのサンディの屋根裏部屋を訪ねて行って、一晩じゅう歌った。僕は多くの新曲を持っていたし、僕たちの声のブレンドは完璧だったね。僕らはサンディに、1月(67年)に僕たちのフォーク・クラブでプレイしてくれないかと頼んだ。2月には彼女を僕らがやっていたBBCワールド・サーヴィス・ショー(BBCの海外向け短波ラジオ放送:ロンドンのブッシュ・ハウスから24時間放送を行っている)に招いた。

僕は何曲かのデモを作ることを提案して、それは友人のトム・ブラウンを通じてデンマークにたどり着くことになった。トムとサンディは、彼らが15歳のときに手をつないで映画を見ていたんだ。ソネット・レーベルカール・エミール・ヌードセンが僕らに契約を申し出てくれて、僕らはファースト・アルバムを録るために、7月にコペンハーゲンに向かった。その日に映画館でレコーディングが行なわれ、3トラックのスプロケット(フィルムの縁に沿って列になってあけられた穴)・テープ・マシンから2トラックにミックス・ダウンされた。旅費の足しになるように、僕たちは夜になるとティヴォリ・ガーデンズ(コペンハーゲンの遊園地)でコンサートを開いた。それが僕たちがいっしょにやった唯一のギグだ。

魔法のような時間をすごしたね。あの時のレコーディングと古い写真と僕の日記が復活したのは、本当にうれしい限りだ。

デイヴ・カズンズ


ザ・ストローブスは聞くもよし、見るもよしの3人のナイス・ガイたちだ。グレイトなヴォーカル、みごとな相互作用とエネルギッシュなパフォーマンスによって、彼らは色とりどりの顔を見せてくれる。

ところどころで彼らにはサンディ・デニーという若い女性シンガーが加わる。彼女のパワフルで並はずれた声は、グループにさらに活気を与える。

グループはカズンズがその美しいバンジョーを置き、ギターに持ち替え、トニー・フーパーが6弦ギターを12弦ギターに持ち替えた時に、また違う顔を見せる。彼らは愛想のよいコンテンポラリー・サウンドをともなったポップ・スタイルに変化する。それは他の誰とも似ていない独自のものだ。そして彼らはデイヴ・カズンズの手による‘On My Way’のような自作の歌を何曲か披露する。

また、ザ・ストローブスといっしょにプレイするサンディ・デニーは、いくつかのソロもとる。彼女は‘Blue Tattoo’のような曲を歌う時に最も光り輝やき、そこで彼女がプレイするパワフルでリズミックなギターは本領を発揮する。”

抜粋;
1967年6月28日、Berlingske Tidendeより


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