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Roy Wood/Boulders/2007 EMI Records Ltd. CDSHVLR 803



Bouldersはロイ・ウッドの驚くべき創造的野心によって気の向くまま録音され、3年間を経たのち、1973年にリリースされたレコードだ。これは私が聴いてきた中で最も完璧なソロ・アルバムであり、再発される度に最高の賛辞を送らずにいられないのである(1973年メロディ・メーカーによって2.14ポンドの特価品として告知された)。

‘Boulders’は闇と光、幸福と悲しみ、神秘と好奇心の間の素晴らしい行程だ。それは我々を狂ったように笑わせ、憐れみ深く涙をこぼさせ、そして全くもって辛辣だ。空気の鮮やかな変化と巧妙で奇妙なキャラクターともに魅力的であり、今もって奇異にも心をかき乱すのである。

しかし楽曲群はここで以前にも増してシンプルで明瞭な響きを持って聞こえてくる。そうアビー・ロード・スタジオのピーター・ミューによる丁寧で思いやりあるリマスタリングによって・・・ 皮肉にもピーターはロイが当時エンジニアのアラン・パーソンズ、ジョン・カーランダーと共にこれをレコーディングした時のことをよく覚えている。実際カーランダーは唯一このアルバムに参加した人間だった。彼は1曲でハーモニウムをプレイしている(Songs Of Praise)。あとは全てロイ担当だ。25を超える楽器が存分に使用されているが、うちいくつかはロイのイマジネーションならではの、ちょっと普通では考えられない楽器だ!

アルバム・ジャケットも彼が自らこのブックレットの裏にある自分の写真を自画像として描いている。これは才能豊かなアーチストとしての彼を証明している。彼は大きな成功をもつキャリアのせいで時間に追われ、結局この絵は未完に終わっている。逆にある意味それが彼の音楽のとっぴさを賛辞することになっているようだ。今回のCDリリースではロイがジャケットの自画像を完成させることも検討されたが、最後にはやはり頑固者のウッド氏のシンボルであるこの絵をそのまま使うことになった!しかしながら今回彼は、ブックレットをリヴァーシブルにしてジャケットを選べるようなアイデアを実現させた!

‘Boulders’からは2枚のシングルがリリースされた。最初が‘When Gran’ma Plays The Banjo’で、そのバンジョーの愛らしいサウンドと演奏が楽しく気のふれたような様を見事に表わしている!チャート入りこそ逃したが素晴らしく楽しい曲だ。続く‘Dear Elaine’は、この世のものとは思えない賛美歌のようなクォリティが、当時のトップ・オブ・ザ・ポップスのチャートに上った騒々しいポップロックと全くの好対照を見せている。ハーヴェスト・レコードはこの独特で不思議な曲をシングルとしてリリースしたことは称賛されるべきだろう。その複雑なリュート、チェロ、リコーダーの織りなすサウンドはまるでほとんど16世紀のクラシック作品のようであり、美しいラヴソングである。これは1973年9月に‘Songs Of Praise’(B面)とのカップリングでリリースされ18位まで上った。同じ週にはウィザード(当時のロイのバンド)の2度目の連続ヒット・シングル‘Angel Fingers’がトップ・スリーに食い込んだ。

ちなみに‘Songs Of Praise’は1972年イギリスからのユーロヴィジョン・ソング・コンテストへのエントリー6曲のうちの1曲で、ザ・ニュー・シーカーズによって歌われた曲だ。ユーロヴィジョンにエントリーされる曲は、慣例によってロック・シーンで評判になっていることは全く無視されていたにもかかわらず、この曲は投票によって6番目の座を獲得したのだ!ロイ自身のヴァージョンはアコースティック・ギターがふんだんに使われ、ダビングによってヴォーカルが多重録音されその歌詞のとおり親しみやすいゴスペルのフィーリングを持っていた。しかし残念ながらニュー・シーカーズは資格を得ることはできなかった。

‘Wake Up’、この美しく雄大な作品はリズムに対して何とも魅力的なメロディを・・・いや、待った・・・バケツの水がバチャバチャと鳴っているではないか。繊細なユーモアと素晴らしい才能のコンビネーションは傑出したナンバー、‘Miss Clarke And The Computer’にもよく表れている。美しく組み立てられたアレンジを注意深く聞いているだけでこの曲のテーマになっているものに興味をそそられるのだ。アルバムのラスト・トラックは3つの曲、‘Rockin’ Shoes’、‘She’s Too Good For Me’、そして‘Locomotive’からなる‘Rock Medley’だ。これはウィザードのステージでも一度に演奏されていた(‘Rock Down Low’も)。

‘Wizzard Brew’は‘Boulders’より3ヶ月早くリリースされていた。両アルバムとも甲乙つけがたい出来だ。それぞれのアルバムは、この今なお天才であるアーチストの違った一面を示している。間違いなく多才で魅力的なロック・アーチストのうちの一人だ。それじゃあロイ自身に彼の考えと思い出を書き足してもらおう・・・

Words by Gill @ Magic Arts
測り知れない協力をしてくれたJohn Van der Kisteに多大な感謝を送る

インフォメーションはこちら:www.roywood.co.uk 


メッチャクチャ!―ロイ・ウッドかく語りき・・・

当時はこのアルバムについていくつか質問を受けたよ。特にリリースが遅れたことについてね。実際アルバムは69年には準備ができていてすでに完了してたんだ。当時の僕のマネージャーだったドン・アーデンが賢明にもBouldersのリリースを中止することを決定したんだ。それはまだムーヴのアルバムが進行中だったからなんだ。実際そのアルバムはザ・ムーヴが契約していないレコード会社からリリースされたことによって、どう行動したらいいかずっとあれこれ考えてたんだ。そのことは今思うと大失敗だったな。

実際のところリリースはさらに2年も遅れることになってしまった。その頃ジェフ・リンと僕はELO結成に忙殺されてて、僕はそれまでよりずっと忙しくなっていた。これが問題を起こすことになったんだ。もしこのBouldersが出来上がって予定通りリリースされていたら、当時最高位だった15位よりももっと上にいっただろうか?そう多分もっとヒットしただろうね。

僕にとってこのアルバムをレコーディングした一番の理由は、正式なソロ・アルバムを作ることがいいチャレンジになると考えたからだ。まさに本当のソロっていう意味では、あらゆる楽器を自分で演奏し、全てのヴォーカルをとり、プロデュースとミックスも自分でやり、ジャケットも自分で描いて、ヴァンを運転しお茶も作りっていうね。そうこれが本当の‘ソロ’・アルバム!

最初のムーヴのヒット・シングルを書いた17歳の時から僕はいろんな中古の楽器を集め始めていたんだ。そういった楽器をこのアルバムで試してみるのが理想的な手段だと考えたんだ。うちでガチャガチャと鳴らして隣近所に迷惑をかけるよりはね。忘れないでほしいのはこれは音楽がコンピュータ化される前の時代だったってことで、全てを生でプレイしなければならなかったってことだ。このプロジェクトは自分のアイデアを実現する機会を与えてくれた。EMIのおかげで僕はあの伝説のアビー・ロード・スタジオの壁の内側に入ることができたんだ。そしてさらにレコーディングの全般的な技術を多く学ぶことができた。

なぜアルバム・タイトルがBoulders(巨石、玉石)かって?うん、もし僕がこれをBollocks(混乱、めちゃくちゃ)って呼んでいたとしたらあるいはそうなってたかもしれない。いや多分当時はそれじゃ済まなかったろうね!

このアルバムのうち何曲かは実は10代の頃に書いたものなんだけど、ザ・ムーヴには合わなかったんだ。実際Dear ElaineはBlackberry Wayより前に書いたんだ。僕がまだバーミンガムで両親と暮らしてた頃、僕のベッドルームでジェフ・リンとデイヴ・モーガンに向かってアコースティック・ギターでこの曲を歌ったことを覚えているよ。ジェフがまだアイドル・レースにいた頃だ。他の曲は何年間か寝かせておいたもので、このアルバムのためにちゃんとアレンジし直した。で僕はレコーディングの環境が整ってリラックスできるようになったことで新曲を書き始めたんだ。

アイデアのうちのいくつかは、制限のある小さなバンドのレコーディングでは実験する機会のなかった違う楽器を使うってことを念頭に置いていた。このことはまた最終的にELO結成につながっていったんだけどね。1971年に解散するまで僕はムーヴのメンバーとしてツアーやレコーディングを続けていたんだけど、4人編成のグループには興味を失っていたんだ。

Bouldersの各曲の細かい説明はやめておくよ。果てしなく長くなるから。多分僕はここに入ってるうちの何曲かはライヴで演奏しなかったと思う。単に当時僕は売れようが売れまいが、思いつくまま曲を書いていただけなんだ。あるいは一人で思案に耽りたい時期だったのかもしれない。誰にもわからないね。

この中でお気に入りの曲は?と聞かれればMiss Clarke and the Computerと答えるだろうね。この曲はコンピュータが人間の感情を持って、それを修理する人間に恋をしてしまうっていうものだ。当時としてはすごく変わったアイデアだったと思う。僕はこの曲でとんでもなく変な演奏をしている。エレクトリック・シタール、チェロ、ストリング・べース、ナイロン弦のアコースティック・ギター、ウェルシュ・ハープ、ドラムなんかをね。特に中間部分のジャジーな演奏は楽しかったよ。

このアルバムがレコーディングされた当時の、今とは比べるべくもない古臭い機材を考えればそれほど悪いサウンドでもないと思うけど。うん、これは絶対にいえるね!!! まあ君には関係のないことだからビールでも飲みながらリラックスしてBouldersを聞いてほしいね・・・ 古いけど今でも十分に妙な世界だ。

ロイ・ウッド
2007


各メディア評

Bouldersはみなさんご存知のロイ・ウッドの才能が全て詰まったアルバムだ:ゴージャスなメロディ、興味深い詞、あふれるユーモア、愛情のこもった洗練されたロック・メドレー・・・
プレス・リリース、1973年

真のロック職人が創り上げたチャーミングでエキセントリックで優しさあふれるレコードだ。
サウンズ、1973年

全くもってすばらしい!
ロイ・ホリングワース、1973年 メロディ・メーカー

喜びにあふれた祝いのアルバムだ・・・
ディスク、1973年

Bouldersは聴覚上のモザイクである―あなたは小さなディテールにこだわって聞くこともできるし、みごとな全体像をながめることだってできる。
AllMusic.com
ステファン・トーマス・アールワイン、2003年

☆☆☆☆☆

ロイ・ウッドは彼と彼の音楽に付きまとってきたレッテル、‘天才;ワンマン・バンド;生涯に渡る音楽的伝説’全てを正当化してしまった。
NME、1973年

巧妙で想像力に富んでいて・・・優美でロマンチックだ。
フィル・サトクリフ、1977年12月3日 サウンズ

貴重だ・・・多様性に富んだ風格ある作品・・・見事なアルバムだ。
レコード・ミラー、1973年

ああ、このアルバムは私の心に突き刺さってしまった。大好きなアルバムだ。これほど私を感動させてくれるポップ・アルバムはほとんどない。甘く純真なアルバムである。愛らしく、エモーショナルで、ファニーで、水をいっぱいに湛えた大洋のようなメロディだ。
トム・カセッタ、スタイラス・マガジン(USA)、2003年


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