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The Raincoats/The Kitchen Tapes/1998 Reachout International Records, Inc. RUSCD 8238



無秩序な自然主義

ザ・レインコーツについてまず最初に言われることは、ポップ・ミュージック史の中で、ロンドンのバンドとして最も相応しいグループ名だということだ。2番目に、彼女たちの音楽は状況や事件に対する感情的な表明から、状況や事件をしょいこんだ感情的な立場の声明に置き換えたことだ―ここで聞ける音楽は1982年12月にニューヨーク・シティのザ・キッチンでレコーディングされたもので、後者のアプローチが聞けるものだ。言い換えれば、これらは歌のパフォーマンスである。それなりに彼女たちは自分自身のことを表明することができる。しかしザ・レインコーツは常に“歌を演ずる”ことはしなかったし、彼女たちはロック・ヒストリーに組み入れられる前に1983年の終わりまでに解散してしまったということかもしれない。あるいは代わりに‘new-women-in-rock’本の半ページに区別されることによって、彼女たちのしたことに気づくのかもしれない。

私が話しているのはパンクのプロセスについてだ。きわめて限られた技術と一体となった巨大な感情―もっと的を絞ると、きわめて限られた技術の最初の感動による巨大な感情の発散―から、より相応しいテーマを求める中で、より進んだ技術への移行である。無名の者が勇気を持って彼女たちのことを聴く(そして彼女が何か言っている、彼女が言いたいこと、ある者が他の者へ導きたいという感情、反応を欲しがっていることを発見する)誰かを要求する瞬間から、その者(まだ‘無名’かあるいは有名でないかもしれない)が過程において、彼女たちのことを聴くことを期待できる誰かに好奇心を持つ瞬間への移行である。この動きはザ・レインコーツの音楽がとらえたものだ。あるいは他のどのバンドよりも彼女たちがよりそのことを示しているかもしれない。

彼女たちの最初のショーとレコードは、どんな影響をバンドが受けていたにせよそのルーツは示されていない。なぜならレインコーツは他のいかなるアーチストの音を真似るほどの十分な技術を持っていなかったからだ。このThe Kitchen Tapesでザ・レインコーツは時折他のアーチストのようなサウンドを聞かせる。あなたはその中にFairport Conventionを聞くかもしれない。他方では、フェアポート・コンヴェンションのメンバーの何人かはThe Kitchen Tapesのある部分をコピーできるかもしれない。いや、誰も―あなたもそんなことを考える必要はない。ザ・レインコーツは初期のレインコーツのショーを5分間自分たち自身でコピーできるかもしれない。

初期のレコーディング―“Fairy Tale in the Supermarket”、ほら、1979年のバンドのファースト・シングルだ。これはテーマを持っているようには思われない。彼女たちは他の音楽がじゃまになっているかのようだ。ここにある音楽を聴いたあなたは、主張の、あるいは儀式へ自ら変容しようともがく主張の、またあるいは予期できない解散の知らせを受けずにその兆候である気まぐれ、悪ふざけ、憤怒などの要素を汲み取るだろう。レコードは考察後に新しい兆候(あるいは新しいテクニック)が加えられたかそのまま保持されたとしても、声明のような響きは持っていない。彼女たちは人生においてかつて起こってきたような事件、出来事のように響かせていた。それはバンドがその意志を正確にフォローする能力に欠けていることに起因する。つまり私がいっているのは、“パフォーマンスとしての生活”、あるいは日々の生活の自己表現についての常套手段のことである。―しかしあなたが旅したときはどうだろうか?それをどうやって音楽に変える?

ザ・レインコーツが自ら打ち立てたキャリア、形づけた楽曲の数々である無秩序な自然主義のぶっ飛んだセンス―このCDで聴ける音楽だ―これはバンドがみんなにして欲しいことを自らが実践しているのだ。これが彼女たちの声明である―ちょうどFairy Tale in the Supermarketが彼女たちの事件だったように。パンクのプロセスはその両方がないと不完全である。

Greil Marcus, 1983
Cassette Liner Notes


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