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The Raincoats/Moving/1993 Geffen Records, Inc. DGCD-24624



ブードゥー・クィーンより・・・
私はボーイフレンドを捨てて彼のドラムキットを盗んだわ。私は以前ドラムスなんてやったことがなくてもがき苦しんだけど、皮がむけるまで練習しようと決心した。私が1人でドラムスを叩くようになった最初の頃(つまり一度にスネア、ハイハット、ベース・ドラムを叩くようになった時)、一人の友人が1本のテープを貸してくれて、彼はザ・レインコーツの部族的なタムタムとキーキーいうようなサウンドを聴いてみるべきだといったわ。これが私の初のレインコーツ体験ね。私はこの特別なドラム・ビートを真似ようとしたことをはっきり覚えてるわ。あと彼女たちの歌の剥き出しなわめきに触発されたこともね。何年も経って私は何とかレインコーツの不思議な部族的タム・サウンドに似たようなことができるようになった。

それから私はフラットの同居人が作ったテープを探し回ったことを覚えている。それは‘The Best Of The Girls’っていうようなタイトルで、50年代から90年代までの女性バンドを集めた手作りのコンピレーションだった。その中のある1曲にすごく魅了されていたんだけど、前にそれをジョン・ピール・ショーで聞いた時は、ほとんど私は無気力状態だったのよ。私はもう何年も経っていたのに、この歌を自分がコピーしなかったのが信じられなかったわね。それは‘No One’s Little Girl’っていう曲で、デジャヴ感覚を引き起こしたのよ。この歌をことばで表わすのは難しいんだけど、究極的な満足感を与えてくれるわ・・・ささやくようだけど不思議に強固なヴォーカル/詞が、メロディアスなベースとギターの周りを埋める鳴り響くヴァイオリンと美しく融合している。私はザ・レインコーツの特異なサウンドに誘惑されたんだわ―どんな雨の日でも明るく照らしてくれたわ・・・
Anjali, (Voodoo Queens) October 1993


アンダーグラウンドへの手紙・・・

一目惚れをどうやって説明する?私がザ・レインコーツをどれだけ好きかってことを、最上級の賛辞の海へ陥ってしまわずにどうやってことばに置き換えればいい?でも私が彼女たちを最初に聴いた時のことなら書けるわ―コンピレーション・テープの‘In Love’だった。他の曲の中で際立っていたわ。タイトルは思い出せないけど、あのアルバムを見つけた時はどれほど我を忘れてしまったか(みんなが覚えてる‘子供たちが歌っているジャケット’のあれ)。

ラフ・トレード・レコード・ショップのナイジェルが倉庫(いや、トイレの戸棚ね)に保管してあった白レーベルの‘No One’s Little Girl’を私にくれたんだけど、私が彼にそのレコードを一日中聞かせた時は、彼はそれは悔しがっていたわね。

音楽的には、彼女たちはヴェルヴェット・アンダーグラウンドとビートルズの間にどかっと腰を下ろしていると思う―彼女たちを聞くと私はバンドにはヴァイオリニストが必須だと思うようになったわ。もしかすると彼女たちが女だったからよけいに私はひきつけられたのかもしれないけれど、そんなことは超越してると思う。時々いわれていた“ガール・バンドにしては悪くない”ってレッテルで済ませられるジャーナリストなんていなかったわ。とにかく―私がどう言おうと―でも私は言うけど―私は彼女たちが大好きだし、おべっかだとしてもそれが真実なんだからどうでもいいことね。
Delia, (Mambo Taxi) October 1993


【ニュー・ミュージカル・エクスプレス、1984年2月4日】
―THE RAINCOATS―
Moving(Rough Trade)
ザ・レインコーツは初期パンクのDIY精神(do-it-yourself)の信念を守り通してきた数少ないバンドのひとつだ。彼女たちはあるいは特別な価値観を設定する自由を開発した唯一のバンドかもしれない―少なくとも私は最初のあぶなっかしいギグから、‘Moving’の目がくらむような威光まで進化したザ・レインコーツに匹敵する歴史を持つ他のバンドは考えられない。もっとポイントを絞ると、その進化は概して彼女たち自身のことばと、彼女たち自身のリズムによって作られてきたものだ。

とりわけザ・レインコーツは、パンクの約束事である‘自分自身の声を獲得する’ことに忠実であり続けた。彼女たちの音楽的質感とリズミカルな触感への豊富に個人主義的なアプローチはぴったりと協調し、そのシンギング・スタイルは女性ヴォーカルの典型を避け、より大きな個人的言語へと向かっている。時折、繊細な男の耳は耳障りな金切り声に対して苦情を訴えたが、これらは開放のサウンドだったのだ。ザ・レインコーツ最大の強みのひとつが、自身の声に対して喜んで危険を冒すことだ。それは限界を超えて、女性ポップ・シンギングの要素に新生面を開くことである。

彼女たちのレコードはそれぞれの成果を描いてきた。もしファーストLPが新しい声の中での最初の陽気な叫びだとすれば、セカンドの‘Odyshape’は異なる文脈にトライしたものであり、‘Moving’はそのパワーと多様性の中で小躍りして喜んでいる。

過去の帳尻あわせ的な時代は過ぎ去っていった。‘Moving’は初期のLPの未熟さも大胆不敵さも持たないが、努力して獲得した熟練の技を称えている。‘Animal Rhapsody’でジーナは“私の魂に幸を 私は支配されている”と歌っている。‘Rhapsody’は明確に性行動に言及しているが、ザ・レインコーツの音楽の中にそれとの類似性を確認できるほどの雰囲気はない―“詞:自分たちのものを取り戻すのよ”。ヴィヴィアン・ゴールドマンは彼女たちのファーストLPにこう書いた。“女のロック・アルバムを聞くために27年間音楽を聴いてきたことを思い知らされた。” それに続いたアルバムは他のカテゴリーを再定義していた。例えば‘Moving’は女性によるファンクが豊富に聞ける。ここには性別と音楽的感性の間のもつれをほぐす余地はない(もちろん私はどうしようもない混乱状態に陥るだけだ)。私がいえるのは、ザ・レインコーツの音楽が頑固に個人主義的な女性のイマジネーションから導き出されているように思えることだ。それは時折、フェミニスト的視点によって味付けされている。そして各メンバーはサウンド作りにおいて、それぞれの役割をプレイしてきた。

‘Moving’は見事な遺作である。繊細さであふれる感覚的な音楽は熟しきり、もはや彼女たちが解散することは自然な流れであることは誰もが納得だろう。

依然ここにはレインコーツならではの楽しさが多く詰め込まれている。ジーナのぴょんぴょん跳ぶようなファンキー・ビート、ヴィッキーの甘酸っぱいヴァイオリン、アナがちらっと見せるシュールな話術―“この雨から私を守って でも私をあなたのコートにして”。アナのひねりのある言い回しはここでよりくっきりとしている。そして彼女の跳ね回る異端的なリズムのとり方を聞くことは、このLPの楽しみの一つだ。対照的にジーナの声は徐々にしなやかになる。時折ここでの彼女は以下のシンガーたちを思い起こさせる―束の間ではあるが―ケイト・ブッシュ、ダグマー(訳注:スラップ・ハッピーのシンガー、ダグマー・クラウゼのことか?)そしてテリー・ガースウェイトら特徴ある人々だ。私は‘Overhead’のさっそうとした曲調を幾重にもなって包み込む彼女のヴォーカルが好きだ。このヴォーカルの周りで、ザ・レインコーツはささやき、ラップ、ハーモニー、そして叫び声のうねりの網を作り出している。おまけに彼女たちが以前やったことのないような精密な楽器の使い方が聞ける。この目的が音の遊びであるとしても、バンドは‘The Dance of Hopping Mad’の不気味なスライド・ギターのように、風変わりな肌触りの海の中に辛らつなウィットを示している。中には期待外れのものもある。しかし彼女たちは心からの主張である‘Overhead’、ぞくぞくするような忘我状態の‘Animal Rhapsody’、真っ向勝負の‘I Saw A Hill’、情熱的で壮大な‘Rainstorm’などと共に無に帰していく・・・一つだけザ・レインコーツが‘Moving’においても変わらなかったのが、魅力的で情熱的な音楽に対する彼女たちの臭覚だ。

ザ・レインコーツはポップを痛切に前進させた。彼女たちは“禁じ手ヴォイス”を使い、“タブー・ビート”を叩き出した。彼女たちは新しいwomen’s musicのためにドアを開いた。経済情勢が変われば、他の者も間違いなくあとを継ぐだろう。

ザ・レインコーツの碑文―彼女たちは自身の運命を選びとった。この勝利を祝うLPを買うことによって、あなたの人生はより豊かになるだろう。

Graham Lock



今この3枚目で最後のレインコーツのアルバムについて書く面白味っていうのは、私たちのサウンドを生み出したそれぞれの要素っていうよりも、その特異性を指摘することの方にあるわね。他の人たちと違って(私の意見では)、絶対的に異なった方向性がいっしょになって一つのサウンドを作ったのは間違いないとしてもね。これは古い友人で仲間のリチャード・ダダンスキーがまたドラムスに戻ってきて、パーカッションにデレク・ゴダード、サックスとギターにパディ・オコンネルが参加してレコーディングされたアルバムだった。(一つの例外が、‘No One’s Little Girl’でドラムを叩いたのが元スクリッティ・ポリッティのトム・モーリーだったことね―彼はオタクだった!) このユニットで私たちはリハーサルして2度目の北米ツアーの前に何曲かレコーディングした。2度目のアメリカ・ツアーでは、ニューヨークだけじゃなくニュージャージーからワシントンまで東海岸をあちこち回ったわ。

ニューヨークではザ・キッチンでギグをした。マンハッタンのソーホーにあったロフトみたいなところよ。その時のライヴは録音されて、ライヴ・アルバム‘The Kitchen Tapes’としてのちにリリースされた。今そのギグを聞くと、今のライオット・ガール(Riot Grrrl―攻撃的なパンク・ロックのフェミニスト)との共通点を探すのは難しいわね。サウンドはとてももろくて、因襲的な歌い方とはかけ離れてる。形態も内容もね。その時の流れが現在まで続くものだとしても、その流れが一体どういうものなのかはよく分からないわね。でもスピリットの中にはずっと持続していたものよ。もしかするとそれは自分自身のやり方を貫き通すっていう考えと、他人の期待によって型にはめられるのを拒否する姿勢なのかもしれない。

ますます‘Moving’では無数の影響、スタイル、様式あるいはその欠如が混在することになったし、このアルバムでは限界点ぎりぎりまで手を広げる結果になったわね。例えばシック(米ディスコ・グループ)、アフリカ音楽、アブドゥラ・イブラヒム、ファンク、ケイジャン・ミュージックなんかの影響を取り入れようとした。それから常に今の音楽だったレゲエとギター・ベースのポスト・パンクからは逃れるのは難しかった。そして最後には解散したわけだけど。でもそれまでは私たちは常に実験的なものを創り上げていたわ。それは‘Balloon’と‘I Saw a Hill’でのフィドルとおもちゃの笛による痛烈でとげとげしいサウンドから、‘Rainstorm’と‘Dance of Hopping Mad’でのアコースティック・ピアノとサックスのよりスムースなサウンドまで様々に方向を変えているわ。

このアルバムの音楽は他の何にも似ていないし、それこそがみんなに思い出してほしいことね。私たちが創り上げたものを犠牲にして、メディアがでっち上げた狂信的なフェミニズムのイメージとしての‘women in rock’が、短期間パンクの歴史に刻まれたとか、野暮な倹約ファッションのお店(全て本当にあったことよ!)とかじゃなくてね。それから大部分の人たちが無関心な市場に何かを企てようとする次の世代の女性たちに、私たちが果たした役割の重要性ね。

このアルバムのタイトルは、私たちのそれぞれ個人のプロセスを要約しているわ。これがレコーディングされた時までに、私たちはみな何か別のところへ向かって進んで(move on)いたから・・・

ヴィッキー・アスピナル


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