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Quintessence/In Blissful Company/2004 Repertoire Records(UK) Ltd. REPUK 1009



サイケデリック・ロック時代に、クィンテセンスが彼らを崇拝するファンに向けて‘ライヴ’をやっていた時が、最高に至福の瞬間のひとつだった。60年代後半に現れた多様なグループの中で、あるいはこのバンドが最も発明の才を持ち、風変わりで、そして悲しくも見落とされてしまったのかもしれない。ピンク・フロイド、プロコル・ハルムのようなバンドにスポットライトが当てられる中、クィンテセンスは永遠に‘アンダーグラウンド’を運命づけられたかのようだった。ロック、ジャズ、東洋音楽をブレンドするスピリチュアルなコンセプトは、全く革命的だった。ザ・ビートルズはジョージ・ハリスンの影響のもと道を示し、ザ・ドアーズも似たような実験を行なっていた。たしかに当時のレコード会社はアーチストたちに自由な尺度を許していたし、一般の人たちも新しいアイデアに対してオープンだった。

全てが可能だったクィンテセンス全盛期、Raja Ramの澄んだフルートのサウンドに合わせて踊るリード・シンガー、Shivaには全てが自由にあてどなく進んでいた60年代後半の幸福な記憶が残っている。英国で最も影響力ある週刊音楽紙、メロディ・メーカーの広告を通じて集まってきたバンドに注目するのは興味深いことだ。私は幸運にもそこでリポーターとして働いていた。

当時最先端の‘ポップ・グループ’のコンサートへ行き、レビューを書くのが私の主な職務だった。またこれはより多くの人々にバンドに興味を持ってもらい、願わくばアルバムやコンサート・チケットを買ってもらうことに役立っていた。現代ではインターネットがそういった役割を担っているが、当時は音楽プレスが全てだった。私は大真面目で大衆にクィンテセンスを見るよう推薦した。彼らのサウンドとスタイルがとりわけ大好きだったから。私は一般的な意見に逆らって、彼らは実際ドアーズよりもいい‘ライヴ’をやると思い切って宣言した。私は2度ドアーズを見る機会があったが、かなりひどいことが分かったからだ。

Raja Ramは1969年4月にクィンテセンスを結成した。彼はラドブルックス・グローヴを活動の拠点とした。そこはヒッピーたちが住みついたロンドンのノッティンヒルにあった地区だった。バンドのオリジナル・ラインナップはヴォーカルとフルートにRaja Ram(別名ロナルド・ロスフィールド)、ヴォーカルとキーボードにShiva Shankar(別名フィル・ジョーンズ)、リード・ギターにAlan Mostert、リズム・ギターにMaha Dev(デイヴ・コドリング)、ベース・ギターにShambu BabajiそしてドラムスにJeremy‘Jake’Miltonだった。他のミュージシャンとしては、シタールにMike、タンブーラにSuryaだ。フィル・ジョーンズは元々オーストラリアに住み、彼はそこで1965年にThe Unknown Bluesというバンドを率いていた。彼はロンドンに向かい‘Shiva’として新しい人生を歩む前の1967年に1枚のヒット・シングルを放った。

メンバー全員が揃ったバンドはオール・セインツ・ホールでリハーサルを開始し、ポートベロー・ロードの教会に移動した。バンドはすぐにクリス・ブラックウェルの先見性ある独立レーベル、アイランド・レコーズと契約した。スペンサー・デイヴィス・グループとジェスロ・タルが在籍していたことで知られるレーベルだ。新曲群は一度聞くと忘れられないようなテーマと歌をブレンドした即興性高いものとなった。それはヒッピー・コミュニティーの間で広がりつつあったスピリチュアルなムードとさらに共振していった。

ファンがのちに述べたことによれば、クィンテセンスはそれが生み出される何年も前から‘ニュー・エイジ・ロック’をプレイしていたそうだ。

彼らのデビュー・アルバム‘In Blissful Company’(1969)はジョン・バラムによってプロデュースされた。その人目を引くカヴァーにはインドの女神が描かれ、見開き部にはミュージシャン、ガールフレンド、子供たちそして犬たちがロンドンの公園にある大きな木の周りに楽しげに佇んでいる写真が載せてあった。グループは初のグラストンベリー・フェスティヴァルへの出演、‘アンダーグラウンド’クラブ、そしてコンサート会場への出演によって忠実な支持者たちを獲得した。彼らはライシーアム・ボールルーム・ロンドンでトリを務め、ロイヤル・アルバート・ホールのコンサートをソールド・アウトにした。また彼らはスイスの名声あるモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにも出演した。

今回リイシューされたすばらしいレパートワーのCDで再び彼らの音楽が聞けることは、全てのクィンテセンス・マニアにとって祝福すべきことだ。

今日、オープニングの‘Giants’を聞くと、即座にOzric Tentacles, Cornershop, Happy Mondaysといった現在のグループが思い浮かぶ。彼らはいずれも過去の深遠なサウンドを現代に甦らせたようなバンドだ。間違いなくジム・モリソンの影響も感じられるクリアで明るいShivaのヴォーカルが、Alan Mostertの爪弾くすばらしいギターを通じて響いてくる。‘Manco Capac’はRaja Ramの澄み切ったフルートが支配するジャジーなセクションの中で、Alanがブルージーなギターを巧妙に絶え間なくプレイする。

‘Body’はShivaのメロディックなヴォーカルが保持されてはいるが、より切迫した攻撃性あるナンバーだ。まさにOzric、まさにTentaclesだ。‘Gange Mai’は陽気なムードをかもし出す、跳ねるようなビートを持つ。滑らかなベース・ギター・プレイはリズムの中に微妙な変化を取り込んでいる。ギターと混ざり合ったフルートを聞くと、オーディエンスがその渦巻くビートの中へと狂ったように暴れ出すのが想像できるだろう。彼らが放つ‘ナイスなやつ’が、こんがらがり、山積みになったビーズ、鈴、そしてお香の中へと崩れ落ちて行く。

シタールとともに始まる‘Chant’は、全開の‘Hare Krishna’へと発展して行き、それは古いイングランド祝歌の様相を呈していく。ワールド・ミュージックの別種間に存在する奇妙な符号の一致だ。

‘Pearl and Bird’、‘Notting Hill Gate’、そして‘Midnight Mode’はオリジナルLPのB面に相当するが、‘Notting Hill Gate’は1970年に‘Move Into The Light’とのカップリングでシングルとしてリリースされた。その2曲は今回ここにボーナス・トラックとして収められた。‘Pearl and Bird’はShivaの美しいヴォーカル・パフォーマンスを支えるスローで穏やかなフルートのテーマが入っている。

彼はていねいに言葉を発し、水晶のような明瞭さでアップダウンを繰り返す並外れた音域を見せてくれる。それは驚くべきパフォーマンスだが、あまりに深遠に過ぎるか、あるいはオーディエンスにとってはロバート・プラントの技巧を誇示した激しい歌いまわしでお馴染みなのかもしれない。しかしながら今でもこれは一級品であり、Shivaが‘Summertime’のような要求の厳しいポップ・ソングをどう考えていたのか不思議に思うほどだ。

‘Notting Hill Gate’はTVの刑事ドラマに合いそうなムーディーなオーラがある。Shivaは歌う。‘おれたちは座り、瞑想する・・・ノッティンヒルゲイトにいるとまともになれるんだ’ 神秘的なフルート・ソロが粋なベース・ラインの上に乗り、一方でドラムスはバックで大きな存在感を示している。

最後に長く重いドローン音が意味深長な静けさの中へ消えゆく‘Midnight Mode’がオリジナル・アルバムの最後を締めくくる。これはDJジョン・ピールのサポートがあったにもかかわらず、すばらしいBBCラジオ・ワンで彼らがそれほど頻繁にプレイしたものではない。

クィンテセンスは時代の先端を行っていたが、彼らの強烈にスピリチュアルなスタンスは、一部のロック・ファンによって毛嫌いされていたともいえる。彼らが初めて現われた時のすさまじいセンセーションにもかかわらず、彼らは次第に熱意と方向性を失っていった。1970年にアルバム‘Dive Deep’をリリースしたのち、ShivaとMaha Devは1972年春にグループを去り、短命に終わることになるKalaを結成した。クィンテセンスはアイランドからRCAに移籍し、2枚のアルバム、‘Self’(1971)と‘Indweller’(1972)をリリースした。

クィンテセンスは1973年に解散したと思われるが、残りのメンバーは80年代に入るまで活動を続けた。Phil‘Shiva’はオーストラリアに戻り、そこで彼はディジェリドゥー―オーストラリア北部先住民の竹製の管楽器―を習得し、それを治療(癒し)と瞑想のために使い始めた。彼はUSツアーを行ない、ヨガのワークショップでそれを演奏した。そして最近、2003年春に彼はスイス人のRudra Beauvertとともにニュー・アルバム、‘Shiva Shakti’をリリースした。そこには‘Notting Hill Gate’とともにクィンテセンスのナンバーが新しいヴァージョンとなって収録されていた。

オリジナル・クィンテセンスの他のメンバーは、今ではドイツからニュー・メキシコまで地球上の至るところに散らばっている。それはワールド・ミュージックに大きな関心を寄せていたバンドを象徴するかのようだ。今も健在の彼らの信念とは、もしかするとロック産業で巨大な成功を収めることを避けることなのかもしれない。しかしクィンテセンスはその印象的な音楽的遺産を残していった。それは彼らの光り輝く足跡を追う者たち全てに、大きなインスピレーションをもたらしてくれるものだ。

クリス・ウェルチ、2003年8月ロンドンにて


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