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Pretty Things/Parachute/2002 Repertoire Records REP 4931



日没後:深く錆びついた金属色をした空には黒ずんだ雲が垂れ込め、世界は闇の中へ、無限の虚空へと地平線を越えて転がり込もうとしている。一人の少女が手を差しのべ、彼女の後ろには道が上へと伸びている。10年間光り輝いていた日は沈み、60年代のカウンター・カルチャーは立ち止まり、新しい夜明けがやってくるまで自信なさげに震えていた。

1969年が1970年に変わる頃はこのような奇妙で不安定な環境であり、そんな中The Pretty Thingsは5枚目のアルバム、PARACHUTEをレコーディングした。

それは当時の矛盾と混乱を反映した作品だった。社会的大混乱と今世紀先例のない文芸復興の10年間の後、人々は答えを探し求め、新しいライフスタイルを模索していた。“夢は終わったんだ。”フィルはいう。“グレイトなことが続いていたけど、ちょっとそれは戦時中と似ていた。例えば人々がロンドン大空襲(第2次大戦中の1940‐41)を興奮しながら語るというようなね。確かにあの頃、それまで見逃されていた真のチャンスがあった。でも全てのエネルギー、全ての刺激、全ての浪費されつくした期待は体制へと戻っていって、古いものが復興したんだ。多くの人々は町を脱出して田舎のピュアな生活を目指した。カーマ(ヒンズー教)やなんかのクソみたいな考えを持ってね。”メイは回想する。“でもプリティ・シングスのやり方はトレンドに抵抗することだった。僕はあんなの信じていなかった。だって僕は町で育ったしロックンロールが町を作り上げたと今でも思っているからね。”

こういった信念をもって町と田舎のそれぞれのテーマはアルバムのコンセプトとして共通基盤を呈示することとなった。一連の曲は2つの環境におけるポジティヴな面とネガティヴな面を浮かび上がらせている。アルバムはグループの最も美しく心に響くメロディと彼らの最も暗く重く、そして最高に強烈な創造性をもって鋭い音楽的コントラストを備えた一枚になっている。交互に激しさと柔らかさが顔をのぞかせる;そこには荘厳な田園風景に対して冷たく固い石が並列している。PARACHUTEはプリティ・シングスのポスト・サイケデリックの傑作だ。1968年のS. F. SORROWは創造的頂点に達していたが、翌年には緊張と大激変が起こっていた。ドラマーのトゥインクが去り、すぐに放蕩のやくざ者スキップ・アランに交代した。その間にはディック・テイラーの旅立ちに代わってエドガー・ブロートン・バンドからヴィクター・ユーニットが加入したが、テイラーはさしあたりロックンロール・ライフには飽き飽きしていた。そしてディックの脱退はメイとウォーラーの絆を強固なものにすることになった。

当時二人はベイズウォーター(ロンドン、ケンジントン・ガーデンズ北)のウェストボーン・テラスに住んでいた。そこは当時一連の伝説的なプリティ・シングスのパーティー・ハウスであり、彼らのファースト・アルバムにも同タイトルで入っていた古典、13 Chester Streetにあった。“でっかくて四方八方に広がった古いところだったね。”ウォーリーは回想する。“あそこがよかったのは60年代、大きな古い共同体だった場所で、みんなが素晴らしい時を過ごせたことだ。”

“あそこではほんとにいろんなことが起こっていたよ。”フィルは続ける。“たくさんの人々がいた―映画制作者、建築家、画家なんかだね。朝の3時に戻ってくるとするだろ?そしたら大勢がメインの食堂で飯を食ってるんだ。で、そこに加わって食べるわけ。寝る時間なんて決まっちゃいなかった。多分そこいらにジョイント(マリファナ)を巻いてた人々がいたんだと思う。不思議なところだったね。” 不思議な場所・・・あるいはプリティ・シングスがその慣れ親しんだ場所で多くの創造力を育んだのかもしれない。“ホントに奇妙な時を過ごした。すごく強烈なね。”フィルはいう。“もし僕らが働いてなかったら、ライフスタイルはさらに信じられないほど過激になっていただろう。今でもある奴はどうやって生きてたのか想像もつかないね。そいつは間違いなくLSDで3日間ブッ飛んでたよ。そいつにとってその3日間に起こったことは異常な体験だったろうね。すごく極端な出来事だっただろう。”フィルによると‘仕事漬けの日々’を象徴していたらしい。“時にはウォーリーと僕が朝3時か4時に完全に酔っ払って戻ってくると、そのまま曲を書き始めてその日の12時まで書いてからギグへ向かうこともあったね。パーティーも創作活動の一部だった。仕事の延長みたいなものだったし、どっちもつながってたね。全てが一つで全てが音楽だった。”

ウェストボーン・テラスのもやと煙の立ちこめる活気あふれる場の雰囲気の中で、フィルとウォーリーによる非常に濃厚な創造的コラボレーションによって、PARACHUTEの曲は根を下ろし花開いたのである。“僕らは一緒になって真剣に仕事を始めたとたん、たちまち自分たちの書いた曲に驚いてしまったね。”ウォーリーは思い出す。“それは傷を癒すようなものだった。また僕らは新しい音楽的境地を探し求めていたんだと思う。”二人はまた部屋にいながらデモテープを精巧に作り上げる新しい作曲テクニックを試みていた。“僕らはRevox(テープレコーダー?今でいうMTRのこと?)を手に入れたんだ。”メイはいう。“それで僕らはギター、ベース、5つのパートのハーモニー全てを録音して曲を組み立てたんだ。詞が完全じゃなかった曲もあったけど、たくさんの試みを組み入れたちょっとしたスケッチとして作ったんだ。で、それをノーマン(エンジニア)たちのところへ持って行って曲やなんかに仕上げていったんだ。”

正式なレコーディング・セッションはノーマン・スミスをプロデューサーに迎え、アビー・ロードで始まった。レコーディングはしばしば深夜に及んだ。ジョン・ポヴェイによれば、“僕たちは午後2時にスタジオ入りして、出てくるのは日の光が出始める朝5時くらいだった。グレイトなセッションだったね。なぜならすごくリラックスして創造的になれたし、ギター・パートやハーモニーに時間をかけて組み立てていくことができたから。”

アルバムは予定の数ヶ月間最後の頃に完了した。その間にもバンドはライヴを続けていた。新作は英国で1970年6月、EMIの新しいプログレッシヴ・レーベル、ハーヴェストからリリースされた。アメリカではモータウン傘下のレア・アースからで、数ヶ月遅れで発売された。

素晴らしい曲の数々、このアルバムの価値あるトラックに関する注釈を以下に記す・・・

SCENE ONEは切迫状態だ。スキップ・アランのやや激しいドラミングに続いて町へ向けた機械的な序曲が流れる。詞は土地とその地に住む人々を消費する都市化についてだ:

石は高くそびえ立ち
熱気あふれた空を切り裂き
鉄は人々をしばりつける
ぎらぎらと輝く地面の下で


THE GOOD MR. SQUAREが次に続く。ウォーリーがリード・ヴォーカルをとるビートルズ風のポップ・チューンだ。この曲のコンセプトは、他人の目を通してしか物事を見ようとしないひどく孤独な男についてフィルが書いたショート・ストーリーだ。“その男はケネディやマリリン・モンローに関する記事やら何でも新聞を切り取って集めているんだ。そういうニュースが彼の人生全てなんだ。”メイは説明する。“それが彼の世界なんだ。彼は新聞の切抜きの世界に住んでいて、完全にそれに代価を払っているんだ。”

ポヴェイはSHE WAS TALL, SHE WAS HIGHへ続くブリッジ部分でリード・ヴォーカルをとっている。金属ガラスとコンクリートの大地で生き抜いている‘自由な’少女が、やがて田舎へと逃げ出す歌だ。彼女はたった一人のボーイフレンドを残して町から逃げ出した。それはSide Oneの最重要部分であるIN THE SQUARE/THE LETTER/RAINの三部作でドキュメントされている。

美しい最初のセクションがフィル、ウォーリーそしてジョンのハーモニーを見事に表わしている。それはちらちらと光るようなエレクトリック・ハープシコードとウォーリーのスパニッシュ・ギターをバックに神秘的に浮かび上がっている。THE LETTERはアルバムの中で最初にフィル・メイがリード・ヴォーカルをとるナンバーだ。彼はあたたかいヴォーカルを、親しみやすいメロディをなでるように操っている。そして最終部分のRAIN。力強く進む中、グループの哀愁を帯びたハーモニーとウォーリーの泣き叫ぶようなヴォーカルとユーニットの泣きのリード・ギターが聞ける。

重くアップテンポなMISS FAY REGRETSがそれに続く。衰えた映画女優に向けたぞっとするような賛歌だ。メイの詞は朽ちていくかつては極上だった彼女の美を描写する:

君の首に巻かれた真珠
それは高価だけど
もつれた髪はくしを拒んでいる

CRIES FROM THE MIDNIGHT CIRCUSは町の暗い底辺部についての考察だ。“ちょっと陰険なリフを使ったよ。” その緊迫したベースとギターの基本ラインについてウォーリーはいう。歌詞は暗黒街の万引き、ポン引き、女をあさる奴、ヤクの売人、売女について述べている。しかしこの曲の残忍で流血を伴うような内容にもかかわらず、メイは即座に彼がそういった道徳上のスタンスを受け入れているわけではないと指摘する。“それは自分たちで楽しんで描いた絵のようなものだったんだ。”彼はいう。“僕らはツアーに出るといつもほとんどの時間を赤線地区で過ごしていたよ。特にハンブルグではね。全てのバンドと売人たちはみんな一緒に朝食をとったもんだった。なぜなら僕らは全員夜中じゅう起きていたから。僕らはある意味自分たちの身を売っていたわけだから、親近感のようなものは感じていたね。”

GRASSはフィルによれば‘田園賛歌’だ。アルバムのB面あたまに当たっていた。物語の背景は田舎に移る。思慕の歌詞は別れた恋人たちに同情している。メイの最高のヴォーカル・パフォーマンスによって、二度と忘れられないような響きをもっている:

彼らがこしらえた銀の真珠
彼女の顔で悲しい模様を見せる
彼女は君を待っている

4パートのハーモニー(ノーマン・スミスがメイ、ウォーリー、ポヴェイに加わった)のゴージャスなアレンジ、メロトロンとあたたかいギターのトーン、歌はメイの詞にあるように幸福へとスライドしていく。しかしこの独特なマジックを作り出しているある重要なポイントは、元々は平凡なものであった。この古くてひどいアコースティック・ギターの掘り出し物は、ウォーリーがイングランド東部時代にドイツで手に入れたものだ。“今まで見たこともない最悪のフレイマスのギターだった。想像しうる一番安い掘り出し物だったね。”ウォーリーはいう。“でもそれをリズム・ギターとして使ったんだ。後にも先にも聞いたことのないサウンドだったから。”

SICKLE CLOWNSではウォーリーがリード・ヴォーカルをとっている。田舎のネガティヴな側面を表わした映画Easy Riderの暴力的なエンディングのシナリオを使った泥臭いハード・ロックだ。田舎での暴力も町でのそれと何ら変わることなく起こりうるものだ。いいかえれば―アルバムのタイトル(パラシュート)は―自分の境遇から脱出を試みても何の答えも出ないということだ。“脱出(逃避)は答えにならないんだ。何に対してもね。”フィルは説明する。“なぜならくそったれには道は開けないってことかもしれないね。”

SHE’S A LOVERは巧妙なテンポ・チェンジを使った素晴らしいロック・ナンバーだ。機敏なスキップ・アランのドラミング、荒々しい2本のギター・ソロ。詞は女性を自然になぞらえている。これはアルバムの他のテーマの多くと結びついたものだ。“これは自分が何かをつかみとろうとした場所には実は何もないってことなんだ。”フィルはいう。“自分が持っていた箱を開けてみると何にも入ってなかったようなものさ。僕らは答と理想に向かって進んでいたと思っていたのにそれは皮肉な結果となってしまった。なぜならそれは到達というよりむしろ出発点だったわけだからね。”

この幻滅とそれに続く現実感は、WHAT’S THE USEで繰り返されている。他の言葉で簡潔にいえば、「60年代理想主義の終焉」だ:

どうしてわからないんだい?
僕たちには目指す線など引けやしない
そんなことして何になる?

12弦ギターと緻密なハーモニーはバーズのようなウェスト・コーストのグループを思い起こさせる。

アルバムの素晴らしい結び、PARACHUTEは氷のような合唱の始まりが、T. S. エリオットの‘The Waste Land(荒地)’を思わせる。それは人々が寒さから逃げ出し、町を崩壊させ、大洋に向かうイメージだ。複雑に入り組んだハーモニーはジョン・ポヴェイのヴォーカルをマルチ・トラックで処理したものだ。“8つかそこらの違うパートを歌ったと思う。”彼はいう。“すごく大変な作業だったね。ノーマンが僕の後ろにドラムスティックを持って立っていて、僕が音程を外すとスティックで僕のケツを突き上げるんだ。全く効果的だったな。”このトラックはリスナーに少しの困惑を残していく最後の上昇し消えていく一つのコンピュータ音の前で、シンフォニックなクライマックスに仕上がっている。

英国ではアルバムの前にシングルとしてTHE GOOD MR. SQUAREが先行してリリースされた。B面は素晴らしいアルバム未収曲BLUE SERGE BLUESだった。これはその頃ポヴェイに目をつけていた英国警察に向けた辛辣なこき下ろしだ。“僕らは当時かなり突飛で洒落た格好をしていたからね。”ジョンはいう。“深紅のハイヒール・ブーツ、黄色のパンツ、長髪といったね。フラム・ロードを歩いていたら二人の男が車から飛び出して来て言った。‘お前を探していたんだ’ってね。僕はポケットに少しばかりのマリファナを持っていたんだ。さらに奴らは僕のフラットに行ってフィルが僕にくれたクリスマス・プレゼント(マリファナ)を発見してしまった。全くひどい話だった。僕はホントにうんざりして、みんなでこの BLUE SERGE BLUES を書いたんだ。”

シングルは当然のこととしてチャートとは無縁だったが、PARACHUTE自体はかなり評判になった。S. F. SORROWとは違って、はっきりと市場に向けた‘アンダーグラウンド’アルバムとして定義づけられていた。大学やフェスティヴァルでの熱心なライヴ活動により、そういったサークル内でのグループの名声は強固なものになっていた。

PARACHUTEは英国では43位というほどほどなセールスだったが、アメリカではお粗末なプロモーションと流通体制によって完全に失敗となった。ROLLING STONE ALBUM OF THE YEARに選出されたにもかかわらずだ。アルバム・リリース後間もなくヴィック・ユーニットはブロートンズに復帰した。しかし幸運なことに新しいギタリストがその場に現れた。18歳のピーター・トルソンは当時ばらばらになっていたEire Apparentでプレイしていた。“ピートはギターを持ってウェストボーン・テラスにやって来たんだ。で僕らはドラッグをやってから午後ずっとプレイした。”フィルは回想する。“僕らは即席のジャム・セッションをやったんだけど信じられなかったね。”

1970年秋のトルソン加入の効果はグループが一気に若返ったことにあった。“僕らが最初にスタジオに入った時・・・”ウォーリーは思い出す。“SUMMER TIMEOCTOBER 26をやったんだ。どっちもワウワウを使ったやつだ。あとはCOLD STONEだね。それは基本的に彼がメインのリフを弾くやつだ。彼はCOLD STONESUMMER TIMEインスト部分を主に書いたんだ。彼は息を飲むようなやつを思いつくんだよ。” OCTOBER 26COLD STONEは、1970年11月、シングルとして発売された。10月26日(October 26)といえばロシア革命の日だ。しかしその曲は、他の仲間との別れ、革命の失敗のようなものを表わしていた。ウォーリーはグループのハーモニーに乗って繊細でエモーショナルなリード・ヴォーカルを披露し、ポヴェイの高揚するようなハープシコードとトルソンの明確で爆発力あるギターが聞ける。

そのクォリティにもかかわらず、シングルはチャート入りを逃してしまった。あるいはそれは、よりコマーシャルなアプローチが見られる続くシングル、STONE-HEARTED MAMAにいえるのかもしれない。ウォーリーが再びリード・ヴォーカルをとり、リズムはスレイドのようなブーツを踏み鳴らすストンピン・ビートだ。“僕がやった中で最小の魅力しか見出せないな。”ウォーリーは認める。シングルはB面の素晴らしい2曲によって名誉挽回された。

SUMMER TIMEはイングランドの自然賛歌だ。グループはグレイトな降下するリフを基本にタイトなグルーヴを身につけた。彼らのハーモニーは素晴らしく、トルソンのギター・ソロが嘆き叫ぶ。メンバーが完全に一体となって高揚していくロックンロール・バンドのサウンドがここに聞ける。中間部分の上機嫌で自発的な叫び声は、彼らがいかに楽しんでいるかを示している。短く荒涼としたCIRCUS MINDはフィルの感情が伝わってくる珠玉の1曲だ。レズリー・アンプを通したピーターのギターと、緻密なハーモニー。歌詞はかなり個人的であり、メイの割れた声は彼が歌に込める感情ゆえだ:

彼女はくるっと君に背を向けたけど
君は彼女がどうなるかわかってるだろ
悲しみに暮れる彼女を見過ごすのかい?

“多分・・いや間違いなくGayla(多分当時のフィルの恋人)についての歌だね。”彼は認める。“当時一緒に住んでいたモデルだ。‘Circus Mind’で僕が言ったのは―彼女は信じられないイマジネーションと空想癖を持ってて、すごくグレイトだったけど狂っていた。彼女は並外れた人間だった。多分ここで僕が言ってるのは、自分たちの関係が終わりに向かっていて、もうそこに近づいてるってことだと思う。素晴らしい時間だったけど持続しなかったんだ。他のことと同じようにね。”このプリティ・シングスのラインナップもまた持続しなかったということだ。彼らは1971年の終わりにばらばらになってしまった。ウォーリーがEMIのスタッフ・プロデューサーとしての仕事のオファーを受け入れることに決めたときだ。しかしながら彼らはそれからも立ち直ってきた。翌年には新しいベース・プレイヤーと新しいレコード契約を獲得し、再編しながら。

PARACHUTEはしかし、すぐにそれに続いたシングル群と共にファンにもバンドのメンバーにとってもいつまでも残るものとなった。フィル・メイはそこに何か極致のようなものを見ている。“ウォーリーと僕は4歳の時からお互いを知っていたんだ。”彼は説明する。“4歳の時からお互い公営住宅の両側に住んでいて実際にその後も一緒にレコードを作ったわけだからね。それは僕にとって特別なことなんだ。”

“あの時が僕にとって最も実り多いコラボレーションだった。”ウォーリーはいう。“僕らがあのフラットに住んでああやって仕事をしていた時に書いたお気に入りの曲がPARACHUTEに入ってるんだ。”

多くのプリティ・シングス・ファンは、その時が最後の全霊を傾けた瞬間であることに同意するだろう。日が沈み、幻滅を味わった頃に書かれたものであったが、PARACHUTEのレパートリーは永遠に続くマジックを有しているのだ。世界が回り、あの頃が遠い過去になり、おぼろげば記憶となった今でも。

マイク・スタックス、1999年2月


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