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Peter Bellamy / Peter Bellamy/Fair Annie /2004 FELLSIDE RECORDINGS LTD. FECD187



ピーター・ベラミーは自己矛盾を抱えた男だった。ある意味もちろんいうまでもないことだが・・自己矛盾というのは人間の性質の中心にあるものだ。しかしながらピーターは誰よりもその性質を強く持っていた。彼は生意気で頑固で論争好きであった― 一方彼は自己疑念に苛まれてもいた。彼の音楽的嗜好は幅広く、終生に渡って派手で大音量のロックンロールに情熱を持っていた。しかし彼は地球上に存在する音楽の中で、おそらく最も地味であろう英国伝承歌を歌うパフォーマーとして自分の道を選んだ。多くの永続性ある芸術同様―‘本物のアート’だというのは差し控えるとしても、その言葉(芸術)を使うのは何ら恥ずべきことではない―それは彼の独自性と、人を動かさずにはおかないアート・センスであった。彼はイングリッシュ・トラッドにけばけばしさ、芝居がかり、挑戦的な強烈さを持ち込んだ。それは音楽に対し、少しも妥協することのない誠実さを持ったロックンロールといえるものだ。彼のヴィジョンの中心は、歌そのものの持つ荒々しい愛、歴史、静かなる感情表現だった。彼は決して取り組んだ素材を卑小化することはしなかった。彼には悪趣味に走ることのない華麗さがあった。

多くの評論家が彼の嗜好―ストーンズ、ジェスロ・タル、エルトン・ジョンのような―に驚きを隠せなかった。しかし彼は一度も不明瞭でにごったフォークロックの領域に首を突っ込んだことはなかった。他の矛盾?明らかに、いやもしかするとだが、彼はAll Around My Hat以前のスティーライ・スパンの熱狂的支持者であった。そして当時誰もがやっていたトラッドのエレクトリック化は、有効な道筋であるという見解を時々述べていた。しかし頑固で意地っ張りな彼はそこに多くの妥協が含まれていることを正しく見抜いていた(たった一度だけ彼は自分の決意が揺らいだことがある。70年代後半のラインナップのフェアポート・コンヴェンションが非公式に彼に加入を打診した時、彼は“よし、じゃあやってみるか!”と即答した。しかしながらこの言葉はサンディ・デニー脱退以降のフェアポートのポリシーであった‘メイン・ヴォーカリストの不在’に対する彼の失望からきたところが大きかった。結果的には彼にお呼びがかかる前に、フェアポートは人の迷惑を顧みずに解散してしまった)。

このCDにはさらに―明白な―自己矛盾が見て取れる。彼の持つトラディショナルの詩神に対する忠誠は、それぞれ1971年と1991年の2枚のライヴ・アルバムの間で奇妙な事実を見せているが、それは多くをトラッドの素材に頼っていた((同時期、彼はキップリング(英小説家)仕立てで4枚(2枚組が2セットのことか?)のアルバムを制作した。うち一つがバラッド・オペラ(伝説的なTransports)、もう一つがカヴァー・ヴァージョンとトラッドのイデォムを使った彼のオリジナル曲の2本立てになっていたコレクションだ))。だがこのCDは英国のファンの多くには大部分知られていず、先のようなアルバムとは違う2枚だ。1枚は1974年夏の彼の米国ツアーに合わせた彼の名を冠したLPで、アメリカで録られた。当時の輸入関税罰則規定から、大西洋を越えて自分のレコードを持ち込むより、アメリカでアルバムをレコーディングする方が低予算で済んだのだ。アルバムは素早く安くレコーディングされ、フリー・リード・レーベルは英国で発売するためにアメリカからレコードを輸入した。5曲は翌年のトレイラーのLP、Tell It Like It Wasで再レコーディングされた。2枚目が“失われた”アルバム、Fair Annieだ。これは1983年に彼のギグでのみ流通した限定カセットの形でリリースされた。当時彼はまれにしかギグを行なっていなかったため、公にはほとんど知られず、商業的側面に関しては非常に微々たるものであった。以上2枚のアルバムは今回入手不可能になって以来何10年も経ってからリリースされるものだ。

これらのレコーディングのパフォーマンス・クォリティはこれら音源が世に知られていないのとは全く反比例している。簡単にいえば、シンガーとして彼の最高の仕事が表れていて、名人にふさわしい解釈と生きいきとした感情移入がなされている。ピーターは彼のヒーローであったハリー・コックスとウォルター・パードンのような“正統”なシンガーではなかった。彼の声は月並みに魅力的なものではなかったし、早い時期から彼は自分の声に“キャラクター”を与えていた。あるリスナーは彼の羊のようなヴィブラートに当惑したのである(彼が呼ぶところの“羊のラリー”だ)。約半分を占める無伴奏部分では彼のとっぴでリズミックな変化と雄牛のような唸りからささやくような歌唱まで不安定に上下する。ピーター・ベラミーのライヴ・パフォーマンスは演劇のようなものだった。しかし全ての手掛かり、ステージの演出は、歌それ自身から引き出されていた。彼はいつも直感的な正しさを持っていた。そしてそれはもはや本来“非人格的”な“トラディショナル”の歌として聴くのは難しいほどにまでなる。ある者はいうだろう―トラッド・シンガーのやり方ではない―と。

アルバム、Peter Bellamyは彼の後半のキャリアにおけるコンサートのオープニングでよく歌われていたOn Board A “98”で幕を開ける。そして正しくそれはピュアなベラミーであり、その旋律(彼自身)から辛辣さに至るまでがユーモアに輝いている。彼の多くのレパートリーがそうであるように、これも彼の出身であるノーフォーク(イングランド東部)起源で、また彼特有の(めったに強くは弾かない)アングロ・コンサルティーナ・スタイルの伴奏が入っている。自分自身がアングロ・プレーヤーであるブライアン・ピーターズはこのことを雄弁に語っている。“彼はその楽器が奏でるであろう音に対して、全くの先入観を持たない者のように弾く。ベラミーの手にかかるとそれは奇妙なものに変わる。いいかえれば、泣き叫び、時に調子はずれで、人のいない荒れ地や霧に覆われた海を彷彿させるような音のクリエイターだ。”彼はまたギターに対しても風変わりなアプローチをしていた。それはLP、Ward The Pirateの収録曲、Ramblin’Robin始めいたるところに見て取れる。彼はボトルネック・ブルース・チューニングでプレイしていた。そしてツアーには決してギターを携帯せず、いつもクラブ側から、もしくは共演者から楽器を借りていた。彼はそうやって他の誰よりも生きいきと人前でギターを弾くことを念頭に置いてレコードを制作する、という手段を確立したに違いない。彼はもしスタンダードなEADGBEにチューニングされたギターであれば、それを自分の好みにチューニングし直すだけだった。現代のライターが彼にDADGADにチューニングされたギターを手渡せば、今度はそっけないEADGBEにチューニングし直すだけなのだ。

コミカルな曲と切ない牧歌的な曲の同居したこのコレクションは、真に風変わりだ。アル・スチュワートのNostradamusのカヴァーは、たとえかつて60年代半ばのロンドンで、二人が一緒にフォーク・クラブに出ていたことがあるにせよ、ありそうもないようなセレクションだ。ピーターはSFやファンタジーの熱狂的ファンであったにもかかわらず、自身のトラディショナル・レパートリーでは、そういった野暮で超自然的な素材に頼ることはめったになかった。彼はあくまで普通の人々が送っていた生活や作った歌に関心を持っていた(そう、これも矛盾の一つだ・・・)。しかし彼は例の生来の手法でもって、やり過ぎともいえる馬鹿げたNostradamusとして取り上げている。彼のコンサルティーナはここではまるで古代のような響きがあり、まるでスフィンクスの骨で作られた魔法の楽器であるかのようだ。彼の歌い方は、コウモリの住みついた洞穴で嘆き叫ぶ、ボロ服を着た狂気じみた目をした預言者の雰囲気を見事に捉えている。そしてどういうわけか彼の歌を聴いていると、我々は真剣に受け止めてしまうのである。そうこれも娯楽である!

Fair Annieは7年後の1981年にレコーディングされた。1974年の彼同様、様式上も解釈上もその期間の彼の進歩を推し測ることができる。またこの時までに彼は、イングランドよりも他国の伝承曲を調査し始めていた。Fair Annieはアイルランド、アメリカそしてオーストラリアの歌を含んでいる。ピーターはそれらに取り組むにあたって、ヴォーカル・スタイルとテクニックを忠実に模写して独力で作り上げてしまう。彼のアイリッシュ、アパラチアン・ミュージックに対する情熱は古くからあったものだ。一方彼の急激なオーストラリア僻地の伝承歌に対する大きな興味は1980年、シャーリー・コリンズと共に行なったオーストラリア・ツアーで火がついた。ここに収録のオーストラリア起源の2曲、Bluey BrinkとThe Cockies Of Bungareeは、A.L.ロイドの未発表であったオーストラリア・コレクションがソースになっている。残りはレコードやライヴから聞いて学び、それを彼が好みのレパートリーとして組み立てたものだ。

ピーターは全キャリアを通して自分の重要なソースとして、ハリー・コックス、サム・ラーナーそしてコッパー・ファミリーに大きな忠誠心を示している。その3人全ては予想どおりここにフィーチャーされた。The Maid Of Australiaは、そのタイトルに反して実際はイングランドの歌だ。ここではコックス、ラーナーそしてウォルター・パードンのヴァージョンから組み立てられている。彼はコッパーズのShepherds Ariseを12年前のヤング・トラディション時代にすでにレコーディングしていた。そのLP、Holly Bears The CrownはCD時代になるまで未リリースであった。Down By The Green Grovesでは彼と彼の長年のパートナー、クリス・バーチが、ボブとロン・コッパーの二つのシンギング・パートを巧妙かつ感動的に再現している。

Fair Annieは私が思うに、ピーターがいつも親しんでいた二つの歌を含んでいる。Down The Moorは、アルスター(北アイルランドの口語別称)のエディ・ブッチャーからの“田園詩”だ(彼が他の歌で使っている言葉であるが)。愛情とユーモアの見事な融合が聞ける。同じことがSanta Fe Trailにもいえる。他のピーターの後年の熱狂的関心事は“正統な”カウボーイ・ソングで、このジャンルの中では明るい側面を持っている。“これはアイルランド人でなければ書けないね。”彼は鋭く指摘する。ブライアン・ピーターズは彼が歌を途中で切り、観客をののしったことを覚えている。“おいこら、この畜生ども。ここには素晴らしいハーモニーが存在しているんだ。お前らにはなんにもわかっちゃいないだろうがな!”。彼の最後のレコーディングである1991年のライヴ・アルバム、Songs And Rummy Conjurin’Tricksを聞いてのとおり、ラストの七面鳥が飛び回るような“Yoho-ho-o-o-o-o…”含めて、彼はついに見えないハーモニーをとり始めた。もしピーター・ベラミーのエッセンスをビン詰めにする一つの音符があるとすれば、この部分だろう(Fellsideの2001年のコンピレーション、Mr Bellamy, Mr Kipling and The Tradition, FECD160でも聞くことができる)。

それはさておき、あるいは彼の初期の洗練されていない作品は、‘ピーター・ベラミーがかつてレコーディングした平凡なアルバム’とはいえないのかもしれない。彼の作品の一貫性は驚くべきものであり、その事実はここに収められたレコーディング群が十分に証明している。これらの作品群は確かに世に知られず無視されるという報いを受ける運命を背負っていた。ピーターの初期から1991年の悲劇的な死まで、今日のフォーク・ファンが彼を再発見し、彼がモダン・フォーク・リヴァイヴァルに捧げた独自性(とりわけこのエッセイで多用された言葉)を理解するには長い年月がかかったようだ。これは彼がレコーディングした遺産に人々が触れることのできるCDとして生き続けるべきである。多くの人々がこれを聞けば、フォーク・ミュージックはブリテンのみならず、それをも越えて実り豊かなものなるだろうから。

Raymond Greenoaken, 2004

Disc 1

オリジナルLPでピーターが各曲についてコメントを寄せている。以下に再掲する。

1. On Board A “98”

A “98”はネルソンズ・デイ(Horatio Nelson? 18世紀英海軍提督)を指し、戦列の中の、ある二等軍船は98の大砲を運んでいた。この素晴らしい詩はヴォーン・ウィリアムスによってノーフォークで収集されたが、メロディが印象的ではなかったんだ。で、僕がこれに曲をつけた。詞と同様の力強さがあると思ってるよ。

2. Ramblin’ Robin

ブロードシートからで、ハークネスによる印刷。プレストン図書館で見つけたんだ。曲がなかったから僕がつけた。

3. Sweet Leweney

この妙に悲しげな歌はサセックスの有名なコッパー・ファミリーが歌っていたヴァージョン。元々は知られていなくて、特にWhite Robe関連の歌。彼は修道士?はじき者?司祭?

4. The Poacher’s Fate

このバラッドのヴァージョンはブリテン諸島のあちこちで収集されている。この合成ヴァージョンは、一部はハリー・コックスから、一部はウォルター・パードンから引用した。どちらもノーフォーク(イングランド東部)だ。僕が自分で原詩とメロディ両方に完全に自由に取り組んだ。コッパー・ファミリーのWhen Spring Comes Inにすごくよく似ている(前にもやってみたんだけど)。

5. Bungay Roger

これはコミカルな方言ソングで、19世紀のノーフォークではとても有名。イーストアングリア(Norfolk, Suffolk両州とCambridgeshire, Essex両州からなるイングランド東部地方)で最もひんぱんに収集されたうちの一つ。

6. Courting Too Slow

ブロードシートの中の一つで曲はついていなかった。僕はちょっとアイリッシュ風な曲をつけたが、元々はスコットランドの歌だと思う。

7. Rigs Of The Time

ノーフォーク起源の不当利得者についての冷淡でユーモラスな歌。たぶんナポレオン戦争後の不況期の歌だろう。“誠実さは流行遅れとなってしまった・・・”っていうコーラス部分は、僕のレパートリーの中で最も自分にふさわしいね!

8. Rag Fair

Rag Fair(ぼろ市)は、皆が考えるように18世紀か19世紀のロンドンの古着市場だったに違いないね。いずれにしても別によく知られた話にケチをつけるような予想外な印象を与えているね。ハモンド&ガーナーの写本からの歌。

9. The British Man Of War

1840年代初頭の英国は中国と恥ずべき”アヘン戦争”を展開していた。多分これはその頃の歌だ。特にこの珍しいヴァージョンはウォルター・パードンから。メロディはHigh Germanyに近い。

10. Firelock Stile

いくらか分かりやすい人のよさそうな猥談であるこれはノーフォークの偉大なトラディショナル・シンガー、ハリー・コックスのレパートリー。彼の全てのマテリアルを代表するような歌だとは思わないように!

11. The Greenhopper

これはフィル・バーキンの作品。彼はケント州に住むトラディショナル及びオリジナル・ソングを歌うシンガー。ケントはチョーサー(イングランド詩人:The Canterbury Tales/1387?-1400)の巡礼者が実際にカンタベリーへの旅をしたところがある州。

12. Ward The Pirate

この短いグレイトな海賊バラッドのヴァージョンは、ヴォーン・ウィリアムスによってノーフォークで収集された。これもまた失望するようなメロディ。したがって僕は他のバラッド、Edwinからメロディを拝借した。

13. A Ship To England Came

これもウォルター・パードンの歌から。ナポレオン時代の素晴らしい歌には、若い給仕に対する意外な人道主義的態度が見られる。僕の知る限り、ウォルター・パードンはこういった珍しくて参考になる唯一の情報提供者だ。

14. Old Brown’s Daughter

パードン・ファミリーはまたこういった風変わりなコミック・ソングにかけてはエキスパートだ。なかなか難しいんだけど、そのルーツは田舎のしきたりとかミュージック・ホールにあるんだ。パードン一家のレパートリーは少なくとも三世代に渡っているよ。

15. Searching For Lambs

これはセシル・シャープのコレクションとしてよく知られる“素朴な田園詩”。

16. Nostradamus

この不吉な歌はイングランドのシンガー/ソングライター、アル・スチュワートの作品。詩は1555年に初出版されたノストラダムスの“センチュリーズ”を翻訳したErica Cheethamにすごくよく似ている。その預言者がナポレオンとヒトラーを正確に予期したのはほとんど疑いがないように思える。そしてそのことは歌の最後が、“すさまじい炎の武器”によって西欧が壊滅することになるという“予告”で締めくくられていて、僕らの心を激しく乱すことになるんだ。

未発表トラックの17. Fanny Blairは、セシル・シャープが収集したヴァージョンでA. L. ロイドが歌ったものになるだろう。18. Lord Lovellは出自不明だ。19. The Mountain Streams Where the Moorcocks CrowはPaddy Tunneyから、20. The Streets Of Derryは多分Gabe O’Sullivanからだ。

Disc 2

Fair Annieについては彼はシンプルに以下のようにソースを示している。

1. The Dockyard Gate Sam Larner, Norfolk.

2. Down By The Green Groves Copper family, Sussex.

3. The Molecatcher Vaughan Williams’ Norfolk Collection, via A. L. Lloyd.

4. Conversation With Death Dillard Chandler, N. Carolina.

5. Down The Moor Eddie Butcher, Co. Derry.

6. Bluey Brink A. L. Lloyd’s Australian Collection.

7. Santa Fe Trail Alan Lomax’s Western collection, via Lisa Null.

8. The Maid Of Australia Compilation of versions from Norfolk singers Harry Cox, Sam Larner and Walter Pardon.

9. Shepherds Arise Copper family, Sussex.

10. The Cockies Of Bungaree A. L. Lloyd’s Australian Collection.

11. Fair Annie Compiled from versions in Bronson’s Traditional Tunes of the Child Ballads.

12. The Lisburn Lass Geordie Hanna, Co. Tyrone.

13. The Lone Pilgrim Watson family, No. Carolina.

テクニカル・ノート

アメリカ盤LP“Peter Bellamy”に収録のトラックは、初めての場所でレコーディングされ全てがうまくいったわけではなく、時期的にもいい状況とはいえなかった。そこには多くのプリントスルー(磁気テープデータ媒体において、接近して置かれた部分間で、記録されているデータが意に反して他方に移ること)や、以前のデータの残響音、振動音、クリック音が残っている。現在の技術によって何とか音を整えることができたが、まだいくつかの欠点は依然としてある。しかしそれは取るに足らないもので、我々はリスナーの快適な鑑賞を阻害するほどではないと確信している。


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