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New Riders Of The Purple Sage/New Riders Of The Purple Sage/2003 Sony Music Entertainment Inc. CK85388



西部黄金期が1850年代後半なら、カントリー・ロックが注目を浴び始めたのは、ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジが北カリフォルニアから馬に乗って出発した1960年代後半だった。ゼーン・グレイの小説から名前を頂いたバンドは、ベイエリア・ミュージック・シーンの旧友同士であったジョン“Marmaduke”ドーソンと、グレイトフル・デッドのまじない師ジェリー・ガルシアによって結成された。

アコースティック・ギタリスト、ドーソン(1945年生)は無法者(歴史上及び同時代の)、女、逃亡生活―あるいは共にツアーする彼の仲間たちの多彩な歌の数々を書いた。彼はリード・ギタリスト、デヴィッド・ネルソンと共に歌い、一方のガルシア(1942-1995)は6弦ギターを脇へ置き、入手したばかりのペダル・スチールを選び、時にはバンジョーをプレイした。ジェファーソン・エアプレインで活躍したドラマー、スペンサー・ドライデンもこのギャング団の一員だった。

デッドのジャムと同様のタイトなアレンジメントは限界なく自由で、ハーモニーは山から湧き出る水のごとく冷却効果があった。1971年のビルボード・ホット100アルバムで39位まで達したニュー・ライダーズのデビュー作が、拡大版としてここにリイシューされた。オリジナルLPは完璧にリマスターされ、ニュー・ライダーズの歴史家、ロブ・ブリースタインによる新しいライナーノーツと3曲のいかしたボーナス・トラックが追加された。その3曲は全て、1971年7月に伝説のフィルモア・ウェストが終焉を迎えていた時期にそこでライヴ・レコーディングされたものだ。

ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジは一方で、しばしば安易に“グレイトフル・デッドの分家”と呼ばれていたが、このコレクションは彼ら自身で名を揚げ、一人前になったことを示すものだ。

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その数年前からグレイトフル・デッドとハイトアシュベリーの意識・哲学は影響力を発揮していた。サンフランシスコの肥沃なフォーク・ミュージック・シーンであるベイエリア半島の町、パロアルト、メンローパークそしてロスアルトスは、のちにその舞台から現れる多くのロックンローラーたちに、創造的で社会政治的な環境を提供した。その中にいた一人がジョン“マーマデューク”ドーソンだった。ドーソンは1969年に半島の数々のコーヒーハウスで自作の歌を歌っていた。同年、彼の友人であったグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアはペダル・スチール・ギターを手に入れ、例の彼の好奇心強い実験的精神によって、その楽器に没頭し始めていた。ガルシアのペダル・スチールがドーソンの歌集ノート(容易に想像できるように1世紀前に書かれた歌もいくつか含まれていた)の歌に伴奏をつけ始めた時に、ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジが誕生した。

古い友人同士が自分たちの音楽的技巧を磨き上げるために乗り出した道は、すぐにロックとカントリーの山間の窪地(punch bowl)に熱を上げるバンドへと続いていった。どちらのジャンルも1969年までには、一緒にうまくダンスを踊っていた。ザ・バーズはアルバム、Sweetheart Of The Rodeoで衝撃を与え、ジョニー・キャッシュはAt Folsom Prisonをリリースしていた。そしてザ・ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジが、そのミックスにさらにサイケデリアとロックンロールの肌触りを加えようとしていた。ドーソンとガルシアは彼らの旧友であったデヴィッド・ネルソンをギタリストとして迎え、それにデッドのフィル・レッシュがベース、ミッキー・ハートがドラムスとして加わった。デッドのヘヴィなツアーの中で、誰かがツアー中の彼らに2人だけメンバーを加えることでオープニング・アクトとしてバンド単独でプレイできることを実現させた。グレイトフル・デッドの作詞家ロバート・ハンターは、そのバンドにRiders Of The Purple Sageという名を提案した。間違いなくゼーン・グレイの小説から引用されたものだったが、その名前は長い間カウボーイの役柄として定着していた。そこでデヴィッド・ネルソンが“New”を頭にくっつけた。この名を付したデビュー・アルバムが1971年9月にリリースされた時までに、ニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジは2年間グレイトフル・デッドと共に広くツアーを行ない、そのライヴや多くのFM放送でのオンエアを通じて、熱狂的な支持者を生み出していた。その時にはドーソンとネルソンのもう1人の旧友、デイヴ・トルバートがベーシストとしてプレイし、コーラス・ヴォーカルもとっていた。また、元ジェファーソン・エアプレインのスペンサー・ドライデンが、ミッキー・ハートからドラムスを引き継いでいた。

ジョン・ドーソンの手によるアメリカン・ルーツに根ざした10曲のクラシック・ソングによって、アルバムNew Riders Of The Purple Sageは独特の雰囲気を持つ永遠の作品となった―サウンド的にも詞的にもだ。フィル・レッシュとスティーヴ・バーンカードによってプロデュースされたこのアルバムは、何度聞いても飽きないし、まるでガルシアがサイケデリックなペダル・スチールで黙想をするかのように感じられ、あるいはまたオープニングの“I Don’t Know You”では、今でもまるで初めて新しいハーモニーを聞いているかのように感じられるだろう。ガルシアはこのバンドでちょっとしたペダル・スチール・プレイヤーになることに、最も喜びを感じていた。独学の彼のプレイは楽器に独特で彼だけのフィールを持ち込んだ。労働者のためにコードをかき鳴らす炭鉱叙事詩、“Dirty Business”と、常に今日的な“Garden Of Eden”は、彼がプレイに込めた感情的充実感が真に反映されている。

またドーソンの歌は、うんざりするほどのツアーの合間の安らぎである“Portland Woman”、“Louisiana Lady”から、ヤク漬けの“Henry”まで全てをカヴァーする。“Glendale Train”の列車強盗話は、時折アメリカの風物詩と見なされ、昔の西部の線路沿いの保線用道路を思い起こさせる。ガルシアはまたこの歌でもスチール同様に愉快なバンジョーのフレーズを提供する。希望、あこがれ、変化のアンセム、“Last Lonely Eagle”は、ドーソンが60年代の終わりにピナクルズ国定記念物保存地域(カリフォルニア中西部)への幻覚を起こさせるような旅のあとに書いた時と同じくらい、今日でも強力なメッセージを伝えてくれる。デイヴ・トルバートのドライヴィン・ベースと彼の豊かなハーモニーは、“Louisiana Lady”(アルバムからのファースト・シングル)と繊細な“All I Ever Wanted”の土台となっている。デヴィッド・ネルソンがフルにかき鳴らすリード・ギター・ワークとガルシアのみずみずしいスチール・ワークの相互作用は、アルバムの隅から隅に渡って耳に響き、唯一無二のものとなっている。

New Riders Of The Purple Sageは音楽とイメージが一つになった傑作だ。マイケル・ファーガソンとアルトン・ケリーのデザインによる有名なロゴ・カヴァー―サボテンとサルビア(セージ)の上に日没がいざなわれる―は、バンドを決定づけただけでなく、サイケデリック・カウボーイのイメージを創造する手助けを果たしていた。しかも常にそれは完全に音楽にフィットしているかのようであった。“Glendale Train”は深紅色の地平線を真っ直ぐに越え、“Last Lonely Eagle”はその風景画の空へ飛び去って行く運命にあった。

コロムビアのこのアルバムに対する最初の宣伝文句は、“アメリカで最も知られた知られざるグループ”だった。彼らはグレイトフル・デッド・ファミリーの一員としてとても有能だったし、そのライヴ・パフォーマンスを通じて多くの音楽愛好家に慕われていた。今回のリイシューでは、1971年7月2日、ビル・グレアムのフィルモア・ウェストが閉鎖する時期のライヴがボーナス・トラックとしてフィーチャーされている。どんどんと増えていくジョン・ドーソンのオリジナル作品に加えて、彼らは時折ロックやカントリーの世界から様々なカヴァーを取り上げていた。ジョー・サウスの“Down In The Boondocks”は、いつでもライヴのレパートリーに入っていた。それはロビー・ロバートソンの“The Weight”のゆったりとしたテンポによるカヴァーも同様だった。そこではガルシアがバッキング・ヴォーカルに回り、彼の甘いペダル・スチール・ブレイクが入っていた。“Superman”はドーソン初期の作で、元々は1968年7月のセッションでレコーディングされていた。彼らはグレイトフル・デッドの子分バンドとしてナンバー・ワンの名声を獲得していたが、明らかに自らの音楽的環境を開拓し、このデビュー作でカントリー/ロックの領域にアシッド臭ある音楽の最初の一服をもたらしていた。

ロブ・ブリースタイン―2002年

ロブ・ブリースタインはNRPSのアーカイヴの監督及びオフィシャル・ウェブ・サイト、www.nrpsmusic.com.の管理者を務める。また彼は1995年、業界紙Gavinのためにアメリカの文献に関するラジオ・チャートの作成・編纂を行なった。


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