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Nic Jones/Game Set Match/2006 Topic Records Ltd. TSCD566



ニコラス・ポール・ジョーンズは1947年1月9日、ケント州のオーピントンに3人兄弟の末っ子として生まれた。ニックが2歳のとき、家族はエセックスのハロルドに引越し、その後ブレントウッドに移り住んだ。ニックはブレントウッドのSir Anthony Brown’s School for Boysに通っていた。彼の音楽的好奇心は、14歳の頃レイ・チャールズの“What’d I Say”を聴いたときに始まった。 すぐに彼は最初のギターを手に入れ、デュアン・エディやハンク・マーヴィンを熱心に真似るようになった。やがて彼の好みは、ザ・シャドウズからチェット・アトキンスやウェス・モンゴメリーへと移っていった。

ニックがフォーク・ミュージックに関心を持ったのは、偶然からだったという。60年代後半から彼は、ロンフォードやチェルムズフォードにあるローカルクラブに、フォークシーンの有名なミュージシャンを観に行くようになった。やがてアレックス・キャンベル、シャーリー・コリンズ、アーチー・フィッシャーらの歌や、バート・ヤンシュ、ロリー・アンド・アレックス・マクイワン、デイヴィ・グレアム、マーティン・カーシーらの演奏にインスパイアされるようになった。(フォークグループの)ハリアードがプロへ転向するときに、脱退したジェフ・ハリスに代わって、ニックがこのグループに加入することになった。すぐに彼は、自分自身のギター・スタイルとシンギング・スタイルを身につけていった。そしてグループ在籍中ニックは、フィドル、作曲、伝承歌のリサーチを始めたのだった。ザ・ハリアードはオリジナル曲と共に、多くのブロードサイド・バラッドをレパートリーに持ち込み、フォークシーンの主役のひとつとなった。

ハリアード消滅後1969年初め、親しい友人がニックにソロになるよう勧め、いくつかのギグをブッキングした。シャーリー・コリンズやデイヴ・バーランドのサポートに励まされ、彼はすぐに英フォークシーン最高のソロ・パフォーマーの一人として名声を確立させた。続く10年間彼はイギリス全土、ヨーロッパ、オーストラリアをツアーし、ジョン・ピールの番組‘Top Gear’の8曲含む多くのラジオ・セッションをレコーディングした。ニックは徐々に売れっ子ミュージシャンとなり、1970年代半ばにはジューン・テイバー、デイヴ・バーランド、バーバラ・ディクソン、ピーター・ベラミーその他多くの素晴らしい作品に参加した。彼にはノリッジでピーター・ベラミーと共に、スープのテレビ・コマーシャルをレコーディングした懐かしい思い出がある。さらにマディ・プライアとジューン・テイバーの1976年の草分け的作品‘Silly Sisters’で、ミュージシャンとしてフィーチャーされ、ツアーにも参加した。

ニックは多作アーティストではなかった。1970年から1978年までの間に、ビル・リーダーのトレイラーから4枚のソロ・アルバムと、1980年にトピックから1枚をリリースしたのみである。デビュー・アルバム‘Ballads and Songs’は、伝承歌の強力な解釈者としてのニックを決定づけた。多くの曲はニックが適応、創作したものである。彼のスタイルと、抑制されたアレンジ・センスは広く認められたものではあるが、彼が伝承歌に施したこと―曲を組み換えたり、詞を加えたりする見事な調和に対してはしばしば見過ごされがちである。1971年の‘Nic Jones’もすぐれたバラッド・コレクションとなった。6年もの歳月を経て発表された1977年の‘The Noah’s Ark Trap’は、革新的な“途切れのない”アルバムだ。曲間に途切れのない作りで、大きな影響力を持つ“Ten Thousand Miles”収録だ。ニックはギター伴奏を簡素化し、あまり知られていないレパートリーを入念に探し、セシル・シャープ・ハウスのヴォーン・ウィリアムス・メモリアル・ライブラリーで、バラッド集やブロードサイドを研究することに時間を費やした。ニックは寝る前にそれらを繰り返し読むことで歌を覚えていったそうだ。

1978年トランスアトランティックは、‘Leader Tradition’レーベルから素晴らしい‘From The Devil To A Stranger’をリリースした。同年ニックは、旧友のトニー・ローズ、クリス・コー、ピート・コーと共に、短期間のグループ、Bandoggsを結成した。彼らは1枚のアルバムを制作し、それぞれがソロ・キャリアを再開するまでに、短いプロモーション・ツアーを行った。ニックのトピックでの最初のアルバム‘Penguin Eggs’は、間違いなく基準点となる作品でこれは1980年、メロディ・メーカーのフォーク・アルバム・オブ・ジ・イヤーに選出された。このアルバムの影響力は、年々広がり続けている。「‘Penguin Eggs’は絶対的大傑作であり、ベスト・ブリティッシュ・アコースティック・フォーク・アルバムだろう」―ラジオ2のスチュアート・マコニーは言う。

1982年2月、ギグからの帰り道に起こった交通事故によって、不意に彼のキャリアは終止符を打たれてしまった。ニックの怪我は深刻で、7ヶ月間入院することになり以来ギグを行っていない。今日ニックはヨークで家族と暮らし、過去の音源を聴きながら思いをめぐらせている。アーカイヴ音源はふたつのCDに収められており、それぞれ‘In Search of Nic Jones(1998)’とUnearthed(2001)が現在Mollie Musicからメイル・オーダーにより入手可能だ。

デヴィッド・サフ 2006年7月


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