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Nic Jones/Nic Jones/1971 Trailer LER 2027



The lass of London city.
だまされやすいカサノヴァたちが、フォーク・ソングの中にはかなり頻繁に登場する。通常はRatcliffe大通り、ライム・ストリート、あるいはその他、へんぴな地方でふんぞり返って歩いている。ここでは‘White Copper Alley’として知られている地域だ。全体にその空想的シーンは不幸な展開になっていくが、結末は愉快に終わる。

Napoleon’s lamentation.
これを歌う僕の主な動機は、時を経て歴史的な誤りを含んできたその詞よりも、はるかにそのメロディの中にある。しかし原文に手が入れられたにせよ、僕は3つのヴァースに浸み込んだある感覚は、今でも人々が容易に知覚できるものだと思うし、とりわけそれがメロディといっしょになって強烈な印象を僕に与えてくれる。

The bonny bunch of roses.
このバラッドの原文は、フォーク・ソング愛好家たちにいくらか混乱を引き起こしてきたように見える。それはフランク・パースロウがこの歌につけた注釈によるものだ(Marrow-bones, 103ページ)。彼は特にジェイムス・リーヴスがコメントしたとしている。彼はこの歌はナポレオンの息子とナポレオンの2番目の妻であるマリー・ルイーズとの間の架空の会話であると続ける。この考えはこの歌をとてもわかりやすくする。息子は“恐ろしい軍隊を送り出す”といって脅し、マリー・ルイーズは息子にそれはナポレオンを墓場に送り込むことになると警告する。そして最後のヴァースで、息子は自分は死ぬ運命にあると述べる。この最後のヴァースは、息子が21歳で胸の病気で死ぬことを我々が知る時に、よりくっきりとしてくる。それは自らに課した肉体的鍛錬だった。Marrow bonesのメロディはThe rose treeからのものだが、僕はもっとよく知られたThe bonny bunch of rosesのメロディを使った。“roses”は“rushes”の改ざんだというが、どちらにしてもセシル・シャープは“確かに我が国はthe bonny bunch of roses-o以上に美しい名で呼ばれたことはない”といっている。

Edward.
これは多かれ少なかれ、Edward, Lizzie Wan, Lucy Wan, What blood is this?といった大きなグループに属するうちのひとつのヴァージョンだ。このヴァージョンでは表面上、全ての出来事がちぐはぐな陳述となって表されている。

“ただの小さなホリー(木の種)の茂み、
それが1本の木を作ったに違いない。”

これらの詞はもしかすると、他のヴァージョンがほのめかしている部分で説明できるかもしれない。そこでは妹と関係した息子が、妹が妊娠したと分かった時に彼女を殺してしまう。ホリーの茂みはこういった出来事を適度に覆い隠すために使われている。このような事件自体が歌からは排除されてきた。

The outlandish knight.
これは僕のファーストLPに収録された1曲のさらに進んだヴァージョン。僕は詞本来のクォリティによって楽しく歌えるような特定のフレーズやことばが持つ力強さに抗しがたい魅力を感じてしまう。これもそのうちのひとつだ。

William and Nancy’s parting.
詞はマンチェスターのブロードサイドから。ナンシーはウィリアムといっしょに戦場に行きたがっているという典型的な出来事を示している。多くの理由から彼のことは説明されたりされなかったりするが、彼は家に残って帰りを待つように望む。最後は楽観的な願いで締めくくられる。曲がつけられていなかったから、僕はThe Blackbirdという曲の一部を当てはめた。

Lord Bateman.
今まで多くのシンガーたちから聞いてきたが、彼らの意見ではベイトマンのストーリーは退屈だということだ。僕はこのバラッドをエロール・フリン(1909-59:オーストラリア生まれの映画俳優、女性遍歴で知られた)の映画を要約したようなものだと見ている。映画は鮮やかに進展していき、ある程度予想できる展開にもかかわらず、クラシックとなるにふさわしい価値がある!

Dance to your daddy.
多くの人たち同様、僕もOh, no johnThe nightingaleとともに学校でこの歌を嫌いになった。はるかに魅力的だったのはRock around the clockPeggy Sueだった(訳注:それぞれビル・ヘイリー、バディ・ホリーの50年代アメリカのロックンロール・クラシック)。これは再評価されうる部類の歌。

The two brothers.
殺人の動機はこのバラッドで述べられているが、他のヴァージョンでは嫉妬を持った兄による可能性が述べられている。最後のヴァースで迷信と超自然現象が頭をもたげる。恋人が悲しみに暮れる中、殺された弟は墓の中で安らかに眠ることができないと告げる。フォーク・ソングの中で超自然的要素が現れるのは僕にとっては全く予想どおりのことだし、迷信は想像力に富んだ精神的構造の中で明らかに大きな役割を演じてきた。しかしそれは大部分が無学な大衆によるものだった。教育と理論が普及し始めると、古い迷信は再び社会的大変動が人々を不安、太古の妄想、魔女の世界へとおとしいれるまでは姿を消すことになる。しかし我々はそれら全てを完全に取り除くことはできないのかもしれない。少なくともフォーク・ソングに限っては今も歌われている!

The banks of green willow.
僕は数年前からこの歌を知っていたが、特に魅力的な曲がついているヴァージョンがなかったから歌うことはなかった。The Folk Song Journalsを眺めていて僕はこのメロディで歌い始めた。この旋律は僕の頭の中にすでにあったいろんなフレーズがごた混ぜになっているようだ。

ニック・ジョーンズ


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