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Man/Maximum Darkness/2008 Cherry Red Records Ltd. ECLEC 2061



Maximum Darknessは夢の実現だった。サンフランシスコ、オレたちにとっちゃそれは新時代の新しい音楽的試練だった。だがそれは音楽スタイル以上のものだった。それは理想郷(ユートピア)へとつながる道筋を示す生き方だった。社会工学用具として政治行動主義と自由な享楽主義を使って、この卑劣な世界をよりよく変革するんだ。そりゃあ魅力的な精神だったし、崇高な動機だったからオレたちは無条件に取り組んだ(もちろんオレたちは失敗した。でもトライしたんだ。ああ、それなのに)。唯一の欠点はこの革命が世界の反対側で起こったことだったが、オレたちはベストを尽くした。オレたちは鐘、数珠(じゅず)、カフタン(トルコ、アラブ人などの着る帯の付いた長袖の長衣)、線香、そしてタイガーバーム(Tiger Balm:シンガポールのメントールを含んだ軟膏)を持っていた。オレたちはティモシー・リアリー、R. D. レイン、ケン・キージー、ロブサン・ランパ、そしてカルロス・カスタネダを読んだ。オレたちは産業規模の幻覚誘発薬を使った―ハクスリーがいうところの抑えられない利己心から来る化学物質バカンスだ―そしてオレたちは偉大なサンフランシスコのバンドを聴いた―グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、全てオレたちのお気に入りだった。彼らのことはほとんど知られていなかった。なぜなら彼らは汗臭くて、みんなひげを生やしていて神秘的な雰囲気を持っていたからなんだ。

彼らはパノラマのような聴覚的環境を創り出していた。デカくて幻想的な音の風景だ。その上には壮大なヴォーカル(アルバムには決してクレジットされなかった)がロックンロール・イーグルのごとく空高く舞い上がっていたぜ。そして全ての中にミステリアスなギターが悪意ある歓喜を伴ってゆらめき、とどろいていた。このギターはジョン・シポリナが弾いていた。サンフランシスコの神殿にいたイコン的人物だ。彼はオレたちがアメリカ・ツアーを始めた時には気の合った奴に思えたね。オレたちは彼から目を離さないようにしてた。いつかオレたちがめぐり会うことを願いながらね。で、実際にオレたちは会うことができたんだ。

オレたちの2度目のアメリカ・ツアー―アルバムSlow Motionのプロモートのためだ―は記憶が細切れになるマラソンだった。公式ツアーが終わった後、オレたちはさらにギグができないかと思い、アメリカにとどまることにした。それでオレたちはREOスピードワゴン、ブルー・オイスター・カルト、そして崇高なるニュー・ライダーズ・オブ・ザ・パープル・セイジ、つまりグレイトフル・デッドの別プロジェクト・バンドとツアーをして回った。しかしツアーが長くなればなるほど、オレたちは収穫逓減の法則(資本・労働の増加が一定限度に達すると生産性の増加が漸減すること)の問題にブチ当たることになった。オレたちは疲れ切ってしまい、故郷へ帰ることにした。ところがオレたちがサンフランシスコの美しい地区だったソーサリートのハワード・ジョンソン・モーテルの部屋を空けていた時に電話が鳴ったんだ。電話の主はビル・グレアムだった。アメリカのコンサート・プロモーター第一人者だ。彼はオレたちに、2週間ウィンターランドでギグをやらないかといったんだ。ウィンターランド・ボールルームってのはサイケデリック・ロックの宇宙管制センターだぜ。ノーっていえると思うかい?しかしギグをやるまでにオレたちは2週間ぶらぶらしなきゃならなかった。

長いこと待たされるのはオレたちには無理だった。実際オレたちのベース・プレイヤー、ケン・ウェイリーが突然辞表を提出したんだ。奴はもうたくさんだったみたいで故郷へ帰っていった。オレたちは代わりのベーシストが必要になって、スウォンジーにいるマーチン・エースに電話をかけた。奴はすぐに飛んできて、オレたちはリハーサルのためにソーサリートにヘリポートの用意をした。奴が到着するとすぐにオレたちはリハーサルに入った。奴は以前からバンドに出たり入ったりしていたから、ほとんどのナンバーを知っていた。しかしまだリハーサルしなきゃいけないレパートリーもあったんだ。

オレたちはベイエリアにいた時はいつもサンフランシスコで一番のラジオ・ステーション、KSANのDJだったフィル・チャールズとロン・サンチェスと一緒にぶらぶらしていた。彼らはよくリハーサルに顔を出していた。ある日スタジオのドアをノックする音が聞こえた。ドラマーのテリー・ウィリアムズがフィルとロンだと思ってドアを開けた。ところが違ったんだ。テリーはいったんドアを閉めた。

“ジョン・シポリナがいるぜ”テリーは言ったね。
“マジかい?じゃあ入れろよ”オレたちは口をそろえて言った。

テリーが再びドアを開けると、ニカッと笑いながらジョン・シポリナが入ってきた。そのあとにフィルとロンがイヒヒヒって笑いながら入ってきてオレたちにウィンクした。“やあ”彼はそういって骨みたいな指の長い手を差し出した。爪はフィンガーピッキングのために伸ばしていたな。
“オレはジョン・シポリナだ。”
“もしアンタがシポリナなら、”オレはいったね。
オレは彼に自分のギブソンを渡して言った。“‘the growl’を弾いて証明してみせなよ”(‘The growl’ってのは文化的に恵まれないことに対するあてつけなんだ。‘The Fool’って曲のギター・エフェクトは間違いなくクイックシルヴァー最高の瞬間だ。全くシンプルなんだが、まるで野蛮なうなり声なんだ。ミッキー・ジョーンズとオレはそれをコピーしようとしたができなかった) シポリナはオレのギブソンを身につけてピックアップに弦を押さえつけ、オレのワウワウペダルを踏んだね。彼は気味の悪い笑いを浮かべて、そして・・・そうさ、ギターがうなったんだ(growled)。間違いなかった。本物のジョン・シポリナだった。

“会えて光栄だ。ミスター・シポリナ。”オレはそういって彼の骨っぽい手と握手を交わしたね。オレたちは2時間ジャムった。マンバンドのサウンドの中にすぐにそれと分かる彼のギターが忍び込んでるのを聴くのはうれしかったね。その日の終わりにオレたちは今度のウィンターランドでのギグで何曲か参加してくれないかって誘ったんだ。彼はすぐに“いいよ”っていった(彼をもっと知るようになった頃、オレは彼はどんな誘いにも“イエス”って答えることを発見した。その日になって彼が現われようが現われまいがね。気まぐれってやつが彼を支配してるんだ。幸いこの時の彼は本気だったが)。彼はステージ最後の2曲のために現われた。しかし音楽的には結論に達しなかったんだ。どういうことかっていうと、残酷な運命が降りかかったってことだ。オレたちが使っていたアンプがなんと両方とも吹っ飛んじまった。オレたちはそれ以降どうしようもなくヒヒヒなんて笑いながらステージで立ち尽くすしかなかったな。しかしギグは大成功でビル・グレアムはオレたちに今までで最高の1000ドルのボーナスをくれた。なぜなら「彼はギター・バンドが好きでオレたちは最高のギター・バンドの一つだからだ」このギグのあと、オレたちはシポリナをオレたちのブリティッシュ・ツアーに誘った。再び彼はイエスと答えて今回も本気だったよ。結果的に最高のステージによって忘れられないツアーになったね。つまりこのアルバムは、オレたちにとってきわめて貴重な記念の品なんだ。

2週間後、彼はマネージャーと共にヒースロー空港に到着した。彼はマネージャーをこう紹介した。“こちらアール。オレの財布だ。”ってね。彼らはジャーミン・ストリートのしゃれたホテルにチェックインするや、ジョンはすぐに行動に移った。“OK、アール”彼は上機嫌で言った。“買い物に行こう。”オレはひやかしでついて行って観察することにした。アールとオレはシポリナのうしろについて追っかけを払いのけながらついて行った。オレたちがセントラル・ロンドンの紳士用品店にいくと、シポリナは強行軍と化した。彼の買い物にはヘビ革のベルトが数本、わに革の靴、わに革のショルダーバッグ、それからイグアナのぬいぐるみなんかが入っていた。いつも金を払ってショッピングバッグを運んでいたアールは、見るのも嫌そうだったな。オレたちはハロッズのフード・ホールで買い物を終了した。そこでシポリナは第三世界の飢餓を無視して少なくとも10年間の食料を買っていた。“時々夜中に腹が空くんだ。”彼は弁解のつもりで言っていた。午後にはオレたちがどこにいようと、決まった時間をかけて、シポリナはゴルフボールよりちょっと小さなプラスチックのパイナップルをさっと取り出し、鼻から騒々しく吸い込むんだ。それから彼はオレかアールか、とにかく一番近くにいるヤツなら誰でもそれを手渡すんだ。1級のワイン・コカイン(?:cru cocaine)であふれていたわけさ。オレはハロッズのフード・ホールで一人の男が鼻からコカインを吸っていようが冷静でいようとつとめた。だがついにある時オレは屈服してしまって、時々やるようになってしまった。彼はワールド級の快楽主義者だったことが判明した。ワールド・クラスの快楽主義者だけあって、彼は自分の万華鏡のような欲求には無条件にすぐに降参してしまうんだ。

翌日、オレたちは仕事に取りかかった―シェパートン・スタジオの格納庫で1週間のリハーサルだ。オレたちは彼に特にやりたいクイックシルヴァーの曲があるかどうか聞いてみた。“君たちのやりたいのなら何でも”彼は言った。オレたちは‘Babe, I’m Gonna Leave’と‘Codine’を選んだ。彼は驚いてたね。なぜってその2曲は映画Revolutionのサウンドトラック盤の中でほとんど知られていない曲だったからな。オレたちは知り尽くしていたから完璧にやり遂げてしまった。それでまた彼は驚いてしまったんだ。

“君たちのサウンドはクイックシルヴァーそっくりだな。”彼は言った。“もちろんオレたちはクイックシルヴァーみたいなイカした(fucking)サウンドだな。”マーチンは言った。“オレたちは300年間クイックシルヴァーの音楽を聴いてきたんだ。”だとさ。

リハーサルの最初はジョンだったんだが、その日の終わりにはシッポ(Chippo)になってたな。何年もずっとあちこちツアーして回っていると人によってはそうなんだが、彼は驚くほど虚弱だった。痩せた軽戦車級の彼は肺気腫にかかっていたんだ。異常に肺が拡張して心臓と肺の機能が損なわれてしまうんだ。かなりひどかったな。彼は時々苦しそうな息をしてたから、話を聞くまでオレは喘息だと思っていたんだ。でも彼はペースをゆるめたりしなかった。ツアーは大成功を収めてオーディエンスからも音楽プレスからも大きな称賛を受けた。あらゆる町でシッポとオレは地元のラジオに出演した。インタビューを受けててオレが分かったのは、シッポはワールド・クラスの嘘つきだってことだ(自分の利益のためのウソじゃなく話を楽しい方向へ持っていくためのウソだ)。彼のイマジネーションは、彼のうそと空想によってその時々で拡がって行って、インタビュアーがわけが分からなくなって袋小路に入ってしまうように精巧に作られるんだ。“いつもろくでもないことを思いつくんだ。”のちに彼は言ったね。その時突然、オレはなぜクイックシルヴァーがミステリーに包まれているかを理解したね。

彼がアメリカに帰ってしまうと、オレの人生にはポッカリ大きな穴が開いてしまった。ツアー中、彼とは連絡を取り合っていたよ。オレたちは一緒にバンドを結成しようと話し合っていたんだ。名前さえ決めていた―The Princes Of Darknessだ―でもオレたちの間にはでっかい大西洋が横たわっていた。オレたちはどうすることもできなかった。でも彼と彼のバンド、Terry & the Piratesは、オレの曲を1曲レコーディングしたんだ。しかもオレがやるよりずっと上手くね。そして10年ほど前、肺気腫は彼を連れて行ってしまったよ。彼は死んじまった。なぜやつらは決まっていい奴ばかりを連れて行くんだ?なぜ代わりにブライアン・フェリーを連れて行かなかったんだ?オレはバーバラ・カートランド(英ロマンス小説家)みたいな気持ち悪いサウンドなんて聴きたくないんだ。あの悪党がいなくなってオレは寂しいね。

追記:オレたちがイタリアでプレイしてた時、オレはCippolinaってのは‘Pickled Onion’(困ったバカな奴、漬けタマネギ)って意味があるのを発見したんだ。

Good Luck, Deke Leonard


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