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The Kinks/Arthur Or The Decline And Fall Of The British Empire/1969 Pye Records N(S)PL 18317



この5年間どこにいたの?まあ、どこにいようとレイ・デイヴィスはあなたの近くで歌ってきたんだけど―あなたの頭の中でね。かつてキンクスはテレビのスタジオへ頻繁に出入りしていた。レイは例のいたずらな笑みを浮かべながら、キンキー・ギターをあやつり、あなたを見つめ歌っていた。“イエー、君はホントに僕を夢中にしたんだ。おかげで僕は夜も眠れやしない” それからレイは苦痛の表情を浮かべ、私たちが考えもしなかったことを歌い始めた―生活と愛情に耐え忍ぶことの難しさだ。“君は雨を心配する。雨はそれでも降り続く”

それから1966年の晴れた午後(Sunny Afternoon)には太陽が輝いた。それは私たちが羽を伸ばそうと決めた夏だった。レイは私たちのために決心した。苦悩者かって?うつ病?引きこもり?彼は指を突き立て政府に向かって振ってみせた。もう一方の手には冷えたビールがあった。

パチッ、パチッ―レイは四角いカメラでイングランド中を撮った。彼はカメラのボタンを押し、あとの事は全て私たちが引き受けた。歌のタイトルは自らのストーリーを伝えている。“Waterloo Sunset”、“Afternoon Tea”、“Last of the Steam-Powered Trains”、“People Take Pictures of Each Other” レイは私たちの兄弟、父親、いとこ、そして私たちの写真を撮ってくれた。数ヶ月前、レイと私はいっしょにランチをとった。私たちは同じことを考えているのに気づいた。英国人の誰もが心の中で、衰退する大英帝国のことを慎重に扱っていた。大英帝国。大きなテーマだ。しかしもしレイが1人のふさわしい男を見つけ、彼の身に起こったこと(邪魔者が世界地図から消え去っていくような)を私たちに見せてくれれば、彼は私たちみんなのストーリーを示すことができる。レイはその男を見つけ出した。彼の名はアーサーだ。リリース1ヶ月前、私は嬉々としてアセテート盤を聞いていた。私にはある思いが浮かんだ。レイが伝えたことは私たちのストーリーだ。これら歌の数々は、私たちがずっと歌ってきた自分たちの人生のことだ。

ジェフリー・キャノン


アーサー?ああ、もちろん知ってるよ。イングランドと円卓の騎士団(アーサー王によって組織された伝説上の騎士団)、エクスキャリバー(アーサー王の魔法の剣)、キャメロット(アーサー王の宮廷があったという伝説の町)。“冬の海近くの山には一日中、戦いの叫び声が響き渡り・・・” ごめん、違った。このアーサーは、シャングリラというロンドン郊外の家に住むアーサー・モーガンのことだ。家は庭つき、車もある。ローズという妻がいて、デレクという息子がいる。リズと結婚したデレクは、かわいい2人の子供、テリーとマリリンをもうける。デレクとリズとテリーとマリリンはオーストラリアへ移住しようとしている。

アーサーにはもう1人エディという名の息子がいた。彼はアーサーの兄弟の名から名づけられた。その兄弟はソンムの戦いで戦死した。そしてエディも朝鮮で死んだ。エディの息子ロニーは学生で、彼は世界が自分にとって申し分のないものに変わらねばならないと考えている。デレクはあまりにひどい世界になってしまったと考えている。彼はこれ以上イングランドにしがみつくことはできないと思っている。そこいら中にはびこる権力志向―ひどい光景だ。彼は逃げ出そうとする。ロニーとデレクは全く馬が合わない。

アーサーはキャメロットのアーサーから名づけられたのではなく、プリンス・アーサー・ウィリアム・パトリック・アルバートから名づけられた。ヴィクトリア女王の子供で、サセックスの伯爵だ。アーサーの両親は、自分たちの身分を分かっていたし、当然子供たちにはヴィクトリア女王の子供たちに敬意を表して、その名を付けるべきだと考えていた。アーサー王子は、そう、ヴィクトリア女王の三男だった。そして結婚した・・・。アーサー・モーガンは人生のほとんどをカーペットを敷きながら、ひざまづいて過ごしてきた。

彼には計画があった。彼は独力で身を立てようと真剣に考えていた。ああ、しかし彼には救いの手立てはありそうもなく、そこにはヒトラーが迫っていた。その計画は少し危険に思われた。子供たちのことを考えてみたかい?アーサーは冒険を好まないし、それを避けてきた男だ。彼は車を買ったし、日曜日には子供たちを連れて外出した。引退した今、たしかに以前ほどうまくいってはいない。しかし彼は自分の家を持っているし、車だってある。用心した方がいい。

でも彼はロニーのように世界のことをあまり気にかけたくないと思っている―もしくはデレクのようにいつも不満をいうことも。彼はどこにも行くつもりなんてない、そう、彼はあるがままに過ごしたいだけだ。今までアーサーの人生に起こってきたことと同じように。

アーサーの人生、彼のような何100万という英国の人々の人生を、レイ・デイヴィスが歌にして見せてくれる。グラナダTVのストーリーは、デレクとリズのイングランドでの最後の一日からスタートする。ほとんど何も起こらない―みながいっしょに日曜の夕食をとり、ロニーが現れ、男たちはパブへ行き、そこでロニーは‘体制’について興奮しながら主張する。一方、リズとローズは昔話に花が咲く。それからアーサーはみんなをボートに乗せる。途中、彼らはピクニックを楽しむ。

アーサーはその間中ずっと自分の人生を振り返っている・・・そして・・・それはアーサーにとって彼らを見送る悲しい日だった。多くの人々はアーサーほどの幸せな人生は送れないだろう。いったい何事だというのだ?彼が何のために生きてきたかって?彼は家を手に入れただろう?車だってあるじゃないか。いい人生じゃないか。そう思わないか?

ジュリアン・ミッチェル


The Kinks/Arthur Or The Decline And Fall Of The British Empire/2004 Sanctuary Records Group Ltd SMRCD 062


1969年初頭、グラナダTVのプロデューサー、ジョー・ダーデン‐スミスは、ひとつの変わったアイデアを持ってキンクスのマネジメントに接触した。局はITV(Independent Television)ネットワークが始めたカラー放送のために、レイにミュージカル・テレビ・ドラマの制作を依頼したがっていた。唯一の条件は、レイが有名作家とコラボレートすることだった。

レイの提案はアラン・ベネットだった。この2人の組み合わせは興味をそそるもののように見えたが、詩人のジョン・ベチェマンの名も挙がっていた。しかし最終的にレイのパートナーはジュリアン・ミッチェルに決まった。彼は33歳の小説家/脚本家で、前年に実験小説The Undiscovered Countryで高い評価を受けていた。

プロジェクトはArthur, Or The Rise And Fall Of The British Empireと名づけられた。シナリオと楽曲は初春までに完成し、その時点でグラナダは急いで計画を制作に移すことになっていた。キンクスはTV放映とレコードを7月に同時リリースすることを念頭に、5月にサウンドトラック・アルバムのためのレコーディングに入った。ところがグラナダが失速し始めた。彼らは社内の論争でゴタゴタ状態になっていたが、それでもArthurが最優先事項であることは確認された。アルバムのリリースは8月から9月へとずれ込んだ。しかし結局TV会社がサポートから手を引いた。

「予算がオーヴァーしていたんだ。グラナダは予算を削減しようとしていた。それプラス、番組のプロデューサーと上層部のお偉方の間に政治的対立があったんだ」 レイは説明する。

アルバムArthurは1969年10月にやっとリリースされたが、大絶賛されたザ・フーの‘ロック・オペラ’Tommyの二番煎じとして、即座にその烙印を押されてしまった。たとえ、Arthurの芸術的結合がピート・タウンゼンドの大仰な物語性に欠けるとしても、レイ・デイヴィスのプロジェクトはTommyがリリースされるまでに考え出され、構想され、書かれ、ほとんどが完成していた。

目に見える付随物(映像)がなければ、Arthurは決して分かりやすいものではなかった。

彼の自叙伝X-Rayの中で、デイヴィスが次のように書いていることは何の不思議もない。「僕はArthurに関して複雑な感情を持っていた。あのレコードは音楽的に高い水準にあったし、間違いなくロック・バンドによる本物のミュージカルとして最初に作られたものだった。でも全体として、僕は最終的にどんなものができるのかってことよりも、あの作品がどうなっちゃうんだろうってことの方に関心があったね」 また他のところで彼は回想している。「もし彼らが最初の段階で僕に約束してくれた自由を与えてくれてたら、僕はやり遂げていたに違いないね」

制作者のレイにとってみれば、その失望と立ち消えへと導いた裏切り行為からArthurを切り離すことは困難であるに違いない。しかし振り返ってみれば、Arthurはソングライターとしてのレイ・デイヴィスの成長においてキーポイントとなるものだった。

「自分のような平凡な男を取り囲むストーリーにしたかった」 彼は説明する。「彼は帝国の小さな歯車で、国が彼のことを見過ごしたのを見てきたんだ」 それがレイの生涯を通じてのテーマであり、アーサーのテーマはPreservationからPhobiaそれ以降にまで至るレイのソングライティングの中心にあるものだった。

しかしArthurはもっとはるかに個人的意味を持っていた。そのプロジェクトはデイヴィス自身の家族から名前を用い、多くの悲哀を伴っていた。実在の‘Arthur’は彼の義兄であり、彼の姉ロージーの夫だった。「アーサーはとても厳格な男だったんだ」 レイは回想する。「彼の世代の一部の人たちは英国に幻滅していた。彼の兄(弟)は戦闘機のパイロットで、ヴィクトリア十字勲章(Victoria Cross, VC)をもらった。でもアーサーは目が悪くて地上勤務になった。彼にとっては何もかもがうまくいかなかったんだ」

アルバムのミュージカル・ドラマを越えて、レイは義兄の実際の体験に基づく架空のストーリーを伝えていた。それは英国に対する幻滅であり、オーストラリアへの移住であり、大英帝国の中で信義を誓って育ってきた人々を守り、抑圧した伝統に比重が置かれていた。

音楽はブリティッシュ・カルチャーの両極面がとらえられていた―さっそうとした大英帝国主義擁護の‘Victoria’から、軍人精神を空虚なものにしてしまう‘Yes Sir, No Sir’まで。アーサーとその家族が‘Australia’へと飛び立った時、キンクスはかつて彼らが奏でた幻覚的なサイケデリック・フリークアウト状態へ最も近いサウンドを響かせた。

しかしアルバムのハイライトであり、トップ30にも達しなかった最高のキンクス・ナンバーが‘Shangri-La’だった。“これが君の率いる王国さ” レイは世界の帝国から郊外の2階建ての家へと領土を縮小した男に向かって歌いかける。しかしこれは‘平凡な’男への無情な通知などではない。レイの歌い方には、愛とほろ苦さを伴った容認の気持ちが表われている。この2つの感情がアルバム全体をおおっている。

実際、このほろ苦さは、レイ・デイヴィスのプロジェクトに対する期待が、彼の手の届かないところで裏切られ、頓挫してしまった状況にあまりにふさわしいものだった。レイにとって、この映像の存在しないミュージカル・ドラマは永遠に不完全なものとなってしまった。しかし30年の月日が経ち、Arthurはそれ自体が音楽的大傑作としての名声を獲得するに至ったのである。

ピーター・ドゲット


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