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The Incredible String Band/The Hangman's Beautiful Daughter
/2010 A Wing & A Prayer Ltd. Fledg'ling FLED 3078



くにとって、決まり文句以外のことばを使ってレコーディングしたあの日々や時代のことを説明するのは不可能だ。

パリ、コントレスカルプ広場、トゥールのサン・グレゴアール通りに行ったあと、スコットランドのペントランド山地、カイルケトン(Caerketton)、アルムーア(Allemuir)から曲がりくねった道を行くと、ほとんど営業しないミステリアスな店がある―ほこりをかぶったハーディ・ガーディ(ヴィエール:12〜13世紀の五弦琴)であふれていた。そこで僕は最初のマンドリンを買った。

グラスマーケット、エジンバラ、カウゲイト、グラスゴーのパディズ・マーケット、アイヴィ・マーケット、ダブリンのデイジー・マーケット(そこで僕はなぞめいたヴィクトリア朝の石細工の版画を買ったが、次の日かそこらに失くしてしまった)。

エジンバラの店は全く開いていない―ありそうもないような品物、ショー・ウィンドウは満杯、高い屋根、ごちゃごちゃしていて、クモの巣が張っていて、ハリネズミのぬいぐるみや、昔は若かっただろう笑顔の写るたばこの広告、帝国の略奪品、恐ろしげな医療装置、小さな毒入りビン(中身は空かもしれない)、そして完全に壊れたおもちゃであふれていた。

今や自らに魅せられてしまったオールド・テムズ(テムズ川)は、バタシー、ロッツ・ロード、チェルシーの“ワールズ・エンド”(ブティックの“グラニー・テイクス・ア・トリップ”だ)近くを流れる。昔は乳業会社の建物だったサウンド・テクニクス・スタジオ(玄関には牛の首が突き出ていた)。1本のマイクの周りに立って、僕たちの最初のレコードを録音した―オーヴァーダブとマルチ・トラック・レコーディングが急速に発達していた。エンジニアのジョン・ウッドはそのパイオニアだった。彼と卓にいるジョー・ボイドは、ロンドンの中でも変わり者の存在として飛ぶように走っていた―誰も知らない大洋の水位を超える幻想の航海者として。

なんて玄関なんだ。なんて窓だ。僕にとって、24トラック・レコーディングの経験は喜びだった―サウンドの色彩を塗り変え、あるいは捨て去ることのできる絵画かデッサンみたいなものだった。

僕が表現したかったもの、僕が作りたかったものは無邪気な音楽だった―心の源泉からストレートに出てくるやつだ。技術的な束縛を全て忘れること、人がプレイできなかった楽器をプレイすること、オーディエンスとパフォーマーをつなぎ、夢とヴィジョンのロジックをもったスタイルとテーマを飛び越えること、手作りの楽器をプレイすること、変則チューニング、適した構造。そしてどの点においても説明のつかない現実の本質(realness of reality)に常に驚き、複合的な本質として描写すること。

僕にとっては、苦悩のない日々だったと言うことはできない。つまるところ、マーケットで激しく競い合うことと、世界中の狂ったおなじみの店のことだ―僕がさっきいったような―ロス・エンカンテ(古物市)。容赦ない攻撃の現実を越えて、フィクションの墓場へと移る光景。

しかし僕の耳が忘れていたこのサウンドを聞くと、またよみがえってきた。

そのサウンド。鐘の音。パチョリ(インド・ビルマ原産の亜低木)の匂い―チェルシー・ホテル、サー岬(モンタレー南)。ポイント・ロボス(モンタレー)、メンドシーノ(カリフォルニア州北西部)の奥にあるカリフォルニア・レッドウッド(セコイア)にいるアマガエル。フェス(モロッコ北西部)、そう、フェス!それからジャマ・エル・フナ(モロッコ中央)、聖なるアラビアの幾何学、サハラとモハービ族(北米先住民)の顔、砂漠の風で刻まれた岩。ペントレ・アイヴァン(ウェールズ)にいる女神セリドウェンに守られた緑と雨の多いウェールズからやってきたケルト族の顔。

木々はねじまがり、呪文をあびせる―その音は小さくはない―親愛なる死者の声だ。昼間にいるおびただしい数の幽霊と僕たちを取り囲む天使たち。

ああ、ウェスト・コーストのヨモギと霧の匂い、イングランドの大きなシダとハリエニシダ、ウィックロー(アイルランド東部)の泥炭の煙、雪の多いスコットランドの冬の匂い―頭の高さまで積もる雪、レッドヒルズ(スコットランド)が固く凍る湿原の小川、僕は固く凍ったよどみの滝を滑り降りる―グリッサンドだ。

フィドル・チューンの熱気は燃える骨の炎からきている。鳥のさえずりは笛の音楽を生み出す。心臓の鼓動はメロディの波動だ。テンポは番人だ。蜂、鯨、そしてコヨーテのドローン音。狼たちは自ら歌う。太陽は活気にあふれて叫ぶ。月は子守歌を歌う。そしてその間に僕たちは生き、呼吸する―称える以外に何がある?!全てを。

音楽は時間を超えたところからやってくるパワーだ。時々人間はそれをプレイし始める。

時に彼らはあまりじゃまにはならない。

そして音楽は通り抜けていく。


ロビン・ウィリアムソン、2009年11月、カーディフにて


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