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The Incredible String Band/The Chelsea Sessions 1967/1997 Pig’s Whisker Music PWMD5022



1985年夏から秋にかけて、アイランド・レコードのテープ・アーカイヴ室にはフランク・コーネルセンがいた。そのほこりにまみれた大きな部屋には、1/4インチのマスターテープ、コピーテープ、1インチの8トラック・テープ、2インチの16と24トラック・テープでいっぱいになった金属の棚がところ狭しと並んでいた。ジョー・ボイドのハンニバル・レコードのために作業に従事していたフランクは、アルバムに収録するための未発表のお宝を探していた。この非公式の計画は思いもかけない発見につながった。アイランド・テープから入手できる音源は、ニック・ドレイクに始まり、フェアポート・コンヴェンション、サンディ・デニー、インクレディブル・ストリング・バンドに及んだ。

その年の終わりに、私は自分でアーカイヴに目を通す機会をもった―しかしそれまでそこは代理人によって管理されていた。アイランドのアーカイヴは倉庫に保管されていた。閲覧のために残されているテープは、全て内容をあいまいに表示したファイル・カードとして、あるいはそれらのカードの内容が記されたコンピュータからの印刷で管理されていた。つまりお宝発見のチャンスは「忘れろ」ということだった。ドゥドゥ・プクワナのシングル、“Church Mouse”は、フェアポート・コンヴェンションのテープとしてミスファイルされ、それは永遠にフェアポートのアウトテイクとして眠るだろう。フェアポートのテープの最後に録音されたISBのマスターは、ずっと見つかることはないだろう。

しかし1985年、フランクは全てのテープを抜き出し、集め、整理していった。彼が発見した中には、一連のインクレディブル・ストリング・バンドの珍しい音源が含まれていた―フィルモア・イーストでのすばらしいWBAI-N.Y.ベネフィット・コンサート、‘U’の途方もないショーのライヴ・レコーディング、そしてここに収められることになった1967年の魅力的なデモ音源だ―これらのうち大部分は、The 5000 Spirits Or The Layers Of The Onionに先立ってレコーディングされたものだ。これらのテープをアイランドが所有していたのは不可解なことかもしれない。ISBは当時エレクトラ・レコード所属であり、1970年の‘U’のあとにリリースされたBe Glad For The Song Has No Endingで初めてアイランド(UK)と契約したからだ。これらのテープはもともとアイランドにあったものではなかった―それはジョー・ボイドが彼のウィッチシーズン・プロダクションをアイランド・レコードに売却した時に移って来たに違いない。ウィッチシーズンは1967年のデモ当時、まだ存在していなかったから、これら音源は偶然アイランドの倉庫にまぎれ込んだものだった。

5000 Spiritsはほぼ完璧なアルバムだ―マイクとロビンはソングライティングの領域を拡大し、その創造性の頂点に達していた。さらにこれらのデモは正規ヴァージョンに至る過程を見せてくれる―とりわけロビンの“First Girl I Loved”と“Eyes Of Fate”は、5000 Spiritsの押しの強いヴァージョンよりもリラックスしたパフォーマンスだ。“The Mad Hatter’s Song”はウィリアムソンのソロがフィーチャーされている。アルバムでアレンジメントとしてオーヴァーダブされることになるジョン・ホプキンズのブルース・ピアノ、ダニー・トンプソンのベース、ソマのシタールとタンブーラはなしだ。

あるいは彼らのベスト・ソングはこの未発表曲の中に含まれているかもしれない―ロビンのすばらしい“Born In Your Town”はアルバムに入ってもおかしくないだろう。マイクの“Lover Man”はアル・スチュワートの1970年のファースト・アルバムのリイシューに入っていることで知られている。ロビンの“God Dog”でのドリー・コリンズのオルガン・アレンジメントは、続く1969年のシャーリー&ドリー・コリンズのAnthems In Edenで再生されることになった。その他の“new”ソングもわずかではあるが、たしかな魅力を放っている。

フランク・コーネルセンが1985年のこれらデモを発見した時、彼はカセットに入れて私に渡してくれた。数年後、私はマーク・アンステーにそれについて話し、それらはついにそのレコーディングから30年後、テープが発見されてから12年後になって、1967年当時の輝きとインスピレーションを維持したまま、日の目を見るに至った。

Edward Haber, New York City, 1997


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