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Frankie Armstrong/Songs And Ballads/1975 Topic 12TS273



SIDE ONE

1 Little Duke Arthur’s Nurse:冗談話をきわどい野蛮さの上に成り立つバラッド形式へ変換したもの。フランシス・チャイルドは彼のコレクションのNo. 212で、これをThe Duke of Athol’s Nurseとしている。70〜80年前までのスコットランドでは、かなりありふれたバラッドだった。ガヴィン・グレッグはアバディーンシア(スコットランド北東部)で、7つのヴァージョンをほとんどは女性たちから記録した。この英語化されたヴァージョンは、グレッグが住んでいたNew Deerの学校管理人、アレクサンダー・ロブがグレッグに聞かせたものに多くは基づいている。私たちは女性が男装する歌にはよく出会うが、その逆はめったに出くわさない。フランキー・アームストロングによれば、女性が男装するのは冒険を目的としたり、視野を広げるためだったりするのに対し、男の場合は単なる馬鹿者に終わってしまうからだと指摘する。「こういった歌は男と女の相対的な地位について多くのことを教えてくれる」 彼女はいう。

2 The Pitmen’s Union:詩はグラスゴー、203 GallowgateのJ. ブリストーが発行したブロードサイドのもの。日付はないが、おそらく古い田舎のフォーク・ソングが新しく出てきた産業ソングに道を譲り渡す19世紀半ばちょっと前に発行されたものだろう。この短期間に2つの伝統ソングが共存することになった。詩のみで曲がなかったが、他の初期の産業ソング、Johnny Seddonによる鉱山災害のバラッドのメロディにぴったり当てはまった。ここでは田園風景が労働組合の感情とうまく結びついている。フランキー・アームストロングは‘優雅な混成’だといっている。確かにそのとおりだ。

3 Lady Diamond:王が自分の娘の恋人だった生まれの卑しい男を殺し、彼の心臓を金のカップに入れて娘に送るという中世の残忍な物語。ボッカチオはSigimonda and Guiscardoの中でその話を取り上げ、その後もイングランドその他で何度か劇化されている。バラッド化されたものは西ヨーロッパ、スカンジナヴィア半島全域で広く知られている。ここでのヴァージョンは主にMary Johnstonが‘dairymaid at Hoddam Castle’として歌ったものに基づいていて、C. K. SharpeのBallad Book (1823) に印刷された。野蛮な歌だが、フランキー・アームストロングはこういった野蛮さは決して過去のことではないと指摘する。「しばしば古いバラッドの中ではモラルは持ち出されない。私たちは所有欲や嫉妬の結果として起こる事件を通じて知覚する。もっと好ましい学び方はないかしらね?」

4 Lament for the Hull Trawlers:1968年2月、英国はアイスランドの冷たい沖合で行方不明になった3隻の英国トロール船のニュースを聞いて悲しみに暮れていた。フランキー・アームストロングはいう。「私を含めて多くの人たちは、その時まで漁師たちのぞっとするような過酷な労働条件について無知だった。漁師の妻や母親たちの申し立てがあったことで、一般大衆はそのことを知るようになったわ。私はちょうどたまたまその時にハル(イングランド北東部の港湾都市)とグリムズビー(イングランド東部の港町)で歌う機会があったから、自分の気持ちを歌に込めようと思った」 フランキーが詞を書き、イワン・マッコールが曲をつけた。

5 The Mouth of January:フランキーは次のように認める。「この類の歌の中で最も美しい1曲。ここでは不貞の夫が他に幸運を求めて去っていったあと、赤ん坊を抱いた女が1人残される」 彼女のヴァージョンはアルスター(北アイルランドの口語別称)のバラッド・シンガー、Sarah Makemのそれをそのまま引用している(Makemはトピックのレコード、12T182で聞くことができる)。Herbert HughesのIrish Country Songs, Vol. 1の中には、The Fanaid Groveとして素晴らしいドニゴール(アイルランド北西部の県)のヴァージョンがある。またジョイスのOld Irish Folk Music and Songsは、1人の収穫者によって歌われた断片的なコレクションだが、そこには芳香漂う詩が含まれている―‘私の恋人はシナモンの木のように甘い香り’

6 Three Drunken Maidens:海岸地域の下宿屋、Royal Yacht Squadron(ロイヤル・ヨット隊:ワイト島のCowesにあるヨットクラブ、1815年設立)の前は、フランスからのアルコール密輸船の荷降ろし地点であり、ブランデーと荒くれ者、ラム酒と暴動の場所だった。A. L. ロイドはW. H. LoganのPedlar’s Pack of Ballads and Songs (1869)の中で詩を発見し、それに曲をつけた。のちになって、彼は北タイン川のパイパーの手書きの歌集(John VickerのTune Book、1770年編集)でその歌の古いメロディに出くわした。それも素晴らしいものだったが、この歌はロイドのメロディが最も心を打つように思われる。元々、酔っ払ったおとめたちは4人だったが、この歌を歌うにあたって、ヘザー・ウッド、スージー・ロスフィールド、フランキーは酔っ払いを3人に減らすのがふさわしいと考えた。

SIDE TWO

1 Jack the Lad:この歌は学校教師のJohn Poleが作った。詞は南ロンドンの学生の人生と死に基づいている。ドラッグ中毒患者の施設で働き、実のある体験をしていたフランキー・アームストロングは、Poleがこれを歌うのを聞いてすぐに感銘を受けた。彼女はそれを自身のヴァージョンとして色合いを施した。彼女はいう。「これを歌ったあとの人々の反応から判断すれば、多くの人々に共感と感動を与えることができたようね」

2 The Whore’s Lament:性的暴行の犠牲になっただけでも気の毒なのに、刑務所に入れられてしまった売春婦(whore)の哀歌。しかしそれにもかかわらず、ここでの彼女は達観しているように見える。気品あるタイトルとなったThe Magdalene’s Lament(magdalene:マグダラのマリア。イエスにより癒され、復活したイエスに会う女性;伝承では更正した売春婦)の詩は、G. R. KinlochのBallad Book (1827)で印刷された。メロディはグラスゴーのDon MartinによるKeach in the Creelから。

3 Little Musgrave:多くの人々はこのバラッドのできごとを、ダラム州(イングランド北部)バーナード城地区と結びつける。ひょっとするとだが。いずれにせよ、この歌は映画のシナリオが屋外、室内の離れたシーンから人物へ肉薄するような展開を見せる強烈なストーリーだ。フランキー・アームストロングはこれを非常にパワフルなバラッドとして認識している:妻はおそらく政略結婚だった。愛人の性的欲望は彼の警戒心を上回ってしまう。常に正しい行いを求められていた夫は、必死になって悲劇的結末を避けようとする。このヴァージョンの詩は大部分が19世紀初頭のキルマーノック(スコットランド南西部の町)にいたMrs. McConechieによる詳述をWilliam Motherwellが記録したものに基づいている。また少しの部分は、バーモントとフレッチャー(イングランドのコンビの劇作家)のKnights of the Burning Pestle (1611)から引用され、17世紀に何度かブロードサイドとして発行された。しかし19世紀半ばまでにはほとんど聞かれなくなった。「こんな素晴らしい歌なのに」―人は不思議に思うだろう。特にアメリカのフォーク・シンガーの間ではずっと人気を保持している。

4 The Collier Lass:これのブロードサイドは1850年代初めにプレストン(イングランド北西リヴァプールの北)、チャーチル・ストリート121のジョン・ハークネスが発行した。炭鉱で働く女性や少女たちの胸を打つ姿が描写されている。作家たちの中には、彼女たちを粗野でひどい仕打ちを受ける人間として表現する者もいるが、当時の調査委員会への彼女たちの証言やその歌は、違った側面を伝えている。フランキー・アームストロングはこの歌の落ち着いた気高さを高く評価する。そして彼女は、響きは違うがMolly Jacksonや戦時中のアメリカの炭鉱の女性バラッド・メーカーと大きな関連があるのではないかと推測している。ブロードサイドでは特定のメロディを指定していなかったため、A. L. ロイドが曲をつけた。

5 The Female Drummer:この歌はつい先ごろ間違いなく大人気となった(訳注:ひょっとしてスティーライ・スパンが取り上げたこともその1つ?)。「アバディーンシアでは有名な歌だ」 ガヴィン・グレッグはいう。ハモンドはサマセット(イングランド南西部の州)でいくつかのヴァージョンを発見した。同じ頃、グレインジャー(1882-1961:米ピアニスト・作曲家)はリンカンシア(イングランド東部の北海に臨む州)でそれを聞いた。フランキーはノーフォーク(同)、キャットフィールドのハリー・コックスが歌うヴァージョンを引用した。これは少なくとも18世紀にさかのぼり、ボドリーアン図書館(オクスフォード大学の図書館)には1790年頃のブロードサイドが保管してある。太鼓奏者の少年に扮した大胆な少女が、あっぱれな手際のよさで危険を冒す。あるヴァージョンでは次のような詩が出てくる。‘男の子の半ズボンをはくと嬉しくなるわ/1000の男と寝たって私はずっとおとめのまま’

A. L. Lloyd



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