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The Electric Banana/Blow Your Mind/1997 Tenth Planet TP 031



21世紀まで1,000日を切った今なお、1960年代ブリティッシュ・ポップの柔らかな白い下腹部は、我々好き者に十分に神秘性を見せつけている。誰がBunker’s Brain(?)なのか?なぜ彼らはポップの‘第一級ビート’(Alphabeat)の1年に描かれたのか?なぜフィリップスはジェイソン・クレストの売れ筋作品をリリースすることを拒否したのか?どうやって若き日の見事に不運なデヴィッド・ボウイと彼の小粋なマネージャー、ケン・ピットは、何年にも渡って5つのUKレーベルとのレコーディング契約を獲得したのか?なぜピーター・カワップ(貴族、大地主、マンチェスター・マフィア、世捨て人など)はソロ・キャリアに取り組む前に名前を変えなかったのか?しかしそれらは確かにわけの分からない難題ではあるが、伝説のエレクトリック・バナナのアングラな活動に比べれば、ほとんど取るに足らないものになってしまう。

エレクトリック・バナナは存命期間中に商業的成功は成し遂げられなかったが、de Wolfeレーベルに残した作品はイングリッシュ・サイケデリアのスピリットとサウンドを決定づけた他のいかなるメジャー・レーベルのアーチストたちの作品と同等のものだ。ミステリーと策略の物語にいつも魅了されてきたすてきに大胆なTenth Planetレーベルは、エレクトリック・バナナを取り囲む神話を一度限り引きはがすことを決意した。我々は好みのシカ猟師をひっつかまえ(密猟者たちにはすまないが)、何が最重要問題なのかを調査するために、かの有名なロンドンの濃霧の中に姿をくらましたのである。それからは労を惜しまないリサーチが何週間も続けられた。匿名の電話、暗号化されたメッセージ、夜中の密会、隠し持たれた拳銃、密告、ワナ、死体、小娘、気のふれた女―しばらくの間、事は複雑をきわめ、我々は自分たちの探偵としての役割を忘れてしまった。しかしついに我々は解明した。我々が発見したものは、以下のリポートの中に含まれている。いくつかの名は契約上の妥協案として差し控えることになったが、あるいはこれがベストな選択かもしれない―結局、全てを知ることに犠牲を払うことはなかったのだから。我々を信じてほしい・・・

全ての最高の物語と同様、エレクトリック・バナナの歴史物語はビーズ、鐘、マリファナの束の間の幸福な日々だった1967年の真ん中に始まる。スウィンギン・ロンドン現象はビッグ・ブラック・スモークの中の生活を記録に留めるイカした映画を豊富に生み出した。それは当然、迫真性を伴ったふさわしい流行のサウンドトラックとして必要とされていた。しかしながら、映画制作会社はすぐに、レコード会社が何者であるか、真のヒット・シングルのライセンス・コストがひどく高いものであるかを知ってしまった。この問題をめぐる解決法は、de Wolfe、Chappell、KPMのような主なレコード・ライブラリーの会社が作る付随的な音楽を利用することだった。残念ながら、これら組織の中枢を担っていたのは中年のミュージシャンであり、彼らはその時代の主なグループの本物(authentic)の複写(もしあなたがこのことばの矛盾を大目に見てくれるのなら)をすることができないか、あるいは嫌っていた。例えばde Wolfeはキース・パプワースやレグ・ティルズリーのような作曲家やアレンジャーを雇っていた。

彼らはメローでジャズ・ベースのサウンドを専門としていた―いいかえれば、文字通りそのシーンのバックグラウンド・ミュージックだ。これは明らかに要件を満たさないことであったため、de Wolfeは本物ではあるが、比較的費用のかからない騒音を出すことのできる若くて感性のあるポップ・グループを探し始めた。そして皮肉なことに、アレンジャーとしてのレグ・ティルズリーの名声がde Wolfeに文字通り伝説のエレクトリック・バナナを導くことになった(訳注:レグ・ティルズリーはプリティ・シングスのアルバム、‘Emotions’のオーケストラ・アレンジを担当していた人物)。ヴォーカルにフィル・メイ、ギターにディック・テイラー、ベースにウォリー・ウォーラー(別名ウォリー・アレン、アラン・ウォーラー)、そしてドラムスにジョン・ポヴェイだ。長髪、ワイルドなヴォーカル、攻撃的なサウンド、そしてふさわしくLSD的な名前だ(バナナの皮を熱して吸引したサマー・オブ・ラヴの一時期に関連した隠語)―エレクトリック・バナナはうってつけだった。もし彼らが存在しなければ、おそらく会社は彼らを発明しなければならなかっただろう。De Wolfeは自前のグループを獲得した。

この新しい協力関係による最初の成果は、10インチのミニ・アルバム、Electric Banana(de Wolfe DW/LP 3040)として、1967年初頭にレコーディングされた。それはインストゥルメンタルと5曲のヴォーカル入りの歌に分かれ、全てはティルズリー・オーケストラルによるブラスがフィーチャーされていた。2曲の歌物―‘Cause I’m A Man’と同じく空虚な‘Free Love’は、de Wolfeの専属ライター、ピーター・レノの手によるものだが、残り3曲の歌物はエレクトリック・バナナによるオリジナル・ナンバーだった。‘If I Needed Somebody’はフィル・メイのエモーショナルなヴォーカルに支えられた美しいバラッドだ。一方、‘Walking Down The Street’とスタックス風な‘Danger Songs’は、本質的にパワーアップされたビート・ナンバーであり、これはおそらく暗く神秘的なディスコティック(クラブ)の場面の背景に使うことを意図して作られたのだろう。

1967年の暮れまでに、エレクトリック・バナナは2枚目のアルバム、More Electric Banana(DW/LP 3069)をレコーディングしていた。そして再びヴォーカル入りとインストゥルメンタルに分けられていた。今やレグ・ティルズリーの余計なお世話的なアレンジメントは退けられていた。More Electric Bananaは100パーセント防腐剤なしのバナナだった。外部からの干渉を受けずに、バナナは自らのサウンドを強化し、2曲のピーター・レノの曲(‘Street Girl’と‘Love, Dance And Sing’)でさえ、ロンドンのゲス野郎たちの光景を横目で見ながら、小バカにしたようなナンバーに変容していた。それでもサンドイッチの中の肉は4つのバナナのオリジナルで埋められていた。豊かで悲しみを誘うハーモニーと美しいメロディ・ラインをもつ‘I See You’(わずかにその頃のビー・ジーズのヒット、‘I Can’t See Nobody’を思わせる)は、より黙想的な‘A Thousand Ages From The Sun’と‘I Love You’も負けてはいないが、えり抜きの1曲だろう。4人のバナナたちのオリジナルはすてきに非現実的思考にふける‘Grey Skies’で完了する。これはマイケル・アームストリングの俗っぽいスウィンギン・ロンドン兼ハンマー・ホラー映画‘The Haunted House Of Horror’の中でフィーチャーされた。(変態トリヴィア・マニアのために:この映画はグループがJasmin Tと呼んでいたde Wolfeの俳優一団レモン-ディップスをフィーチャーしていた)

1968年暮れ、エレクトリック・バナナは傑作、Even More Electric Banana(DW/LP 3123)をレコーディングするためにスタジオに戻ってきた。このアルバムはバナナの正典の中でも独特なものになった。6曲のパフォーマンス(B面は再びインストゥルメンタルのみで成り立っていた)は、ある企てのためにレコーディングされていた―コメディアンのノーマン・ウィズダム(訳注:中年のオッサン)の笑える配役をフィーチャーした映画、‘What’s Good For The Goose’のためで、彼は主演(主演かどうかはあいまいだが)しただけでなく、共同プロデューサーであり、台本作者だった。‘What’s Good For The Goose’は、ウィズダムが通りがかりの十代のガールフレンド、サリー・ギースンを通じて、流行人たち(beautiful people:頼むから私の後ろでニヤニヤ笑うのはやめてくれ)に取り入ろうとするストーリーだ。フィルム撮影はストックポート(イングランド北西部)で始まった。バナナたちは映画スタッフとともに泊り込みで北上したが、ほとんどむだな骨折りをしただけだった。“僕たちは1週間あそこに行ったけど何もしなかったね。” フィル・メイは困惑混じりに回想する。“僕らが1曲やったあとも彼らは僕らのために新しいシーンを書き続けていたな。脚本と撮影が同時進行しているように見えた―結局、僕らは5曲をプレイした。” 他の情報源によれば、ウィズダムのパフォーマンスのクォリティと反比例して、バナナの出演時間は増えていったらしい。

‘What’s Good For The Goose’はパラシュートなしのスカイダイビングとして、あるいは魅惑的な企画だったのかもしれない。グループの出演によって、今やブリティッシュ・サイケデリック・ミュージック・マニアの間で、この映画はカルト的名声を獲得している。レコーディングが始められる少し前に、バナナは5人編成となっていた。ジョン・ポヴェイは新しいドラマー、ジョン‘トゥインク’アルダーの加入によって、キーボードへとシフトした。その結果、新しく肉付けされたバナナのサウンドは、ブリティッシュ・ポップを粗い粒子の白黒画像から、目もくらむような極彩色の非現実的情景へと導くことになった。ポヴェイの天才的なキーボード、ディック・テイラーの猛烈なリード・ギターの切り込み、フィル・メイのパワフルなヴォーカルは、高揚し、うねるようなハーモニーと謎めいた文学性高い詞によって補完されていた―バナナは疑いなくその創造的ピークに達していた。タイトル・トラックの‘What’s Good For The Goose’はグループがヒット・シングルを狙って作ったかのようなサウンドだ。短いがパワフルな半インストゥルメンタルの‘Rave Up’だけが、やや魅力に欠けるかもしれない。残りの曲―‘Alexander’、‘It’ll Never Be Me’、‘Blow Your Mind’、そして恐るべき‘Eagle’s Son’―は全く抗しがたい魅力を放っているし、Even More Electric BananaのA面は、イングリッシュ・アシッド・ロックのドキュメントである‘Sgt Pepper’、‘Piper At The Gates Of Dawn’、あるいは‘S F Sorrow’と同じくらい重要である。彼らが(変名バンドとして)同時進行させていた世界で、疑いなくエレクトリック・バナナがスターだった。

映画が封切られた1969年までに、ロンドンはもはやその振り子のスウィングを止めていた。De Wolfeは時代の変化についていくことを余儀なくされた結果、エレクトリック・バナナのプロジェクトはあきらめることとなった。もはや自らを無用の長物とみなしたバナナは崩壊してしまった。彼らは出現した時と同様に、素早くミステリアスに消え去っていった。しかしながら、気まぐれなポップ・ミュージックの世界の中で、長く人気を維持し続ける者などいない。そして1973年、わずかに編成の違うエレクトリック・バナナがde Wolfeに新曲を吹き込むために再編された。2枚のアルバムがリリースされたのち、1978年にウォリー・ウォーラー・バンドはde Wolfe傘下のレーベル、Rougeにアルバム、Do Itを吹き込んだ。とはいえ、これら後のレコーディングは何のメリットもなくはなかったが、Tenth Planetが今回設定した期間から外れることになった。The Electric Banana Blows Your Mindは今回初めてヴィニール盤として、グループの1960年代全体をとらえたものとなり(オリジナルのモノ-オンリー・アルバムはテレビ・映画会社にのみ配られ、1979年にButtレーベルから出たアンソロジーはいくつかの重要なトラックが抜けていた)、大いにミステリアスで半神話的なエレクトリック・バナナの伝説へ最終章を加えることになったのである。

Onnie St John Driver
April 1997

THE ELECTRIC BANANA were

PHIL MAY(vocals)
DICK TAYLOR(guitar)
WALLY WALLER(bass)
JOHN POVAY(drums, keyboards)
JOHN ALDER(drums on*)

Side One
1.ALEXANDER*(May/Taylor/Waller/Povey)
2.IT’LL NEVER BE ME*(May/Taylor/Waller/Povey)
3.I LOVE YOU(May/Wilkinson)
4.GREY SKIES(Taylor/Waller/Povey)
5.WHAT’S GOOD FOR THE GOOSE*(May/Taylor/Waller/Povey)
6.IF I NEEDED SOMEBODY(May/Taylor/Waller)
7.STREET GIRL(Reno)

Side Two
1.BLOW YOUR MIND*(May/Taylor/Waller/Povey)
2.EAGLE’S SON*(May/Taylor/Waller/Povey)
3.I SEE YOU(Taylor/Waller/Povey)
4.LOVE, DANCE AND SING(Reno)
5.DANGER SIGNS(May/Taylor/Waller)
6.WALKING DOWN THE STREET(May/Taylor/Waller)
7.A THOUSAND AGES FROM THE SUN(May/Waller/Povey)
8.RAVE UP*(May/Taylor/Waller/Povey)



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