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The Deviants/Ptooff!/1992 Demon Records Ltd. DIAB 9001



ロンドンの深遠なるアンダーグラウンドの本拠地から、複雑な電子装置をフル装備した20世紀の違法なボヘミアンたちが、みなに向けて莫大な費用をかけこっそりとレコーディングしたこの作品は、人里離れたところで企てられ配られていた。あなたが今手にしているのは、根拠のない忌まわしさを持ち、ポスト・サイケデリック・ロックとしてアンダーグラウンドから届けられたネオ・ロックンロール・フリーク・レコードであり、その過熱ぶりは一級品としての風格に満ちている。琥珀、銀、茶の色に覆われた洞穴の中で、フラワー・チルドレンによって織りなされた不平、呪文、金切り声はスラム街を襲い、世間の注目を静かに浴び始め、ついにはあなたの股間にある小さな熱いモノに向かってツバを吐きかけたのだ。万歳!

アンダーグラウンドの小さな細流の中で脈々と流れ、秘教的儀式において偏執的マニアによってかわいがられ育まれた不変の楽しみと熱気、それが崇高なる音楽―ロックンロールだ!‘レア・レコード’と原盤ナンバーの世界、Cobra 78s(訳注:古いブルースのシングル盤シリーズの名称と思われる)と廃盤になったSunの値の付けようのない価値、そうロックンロールが最も重要なのだ。賢者の墓石にはこう書いてある。‘50年代初頭、ブリテンはアメリカン・ミュージックの神々しい勢力の支配下にあった。’第10の天体の錬金術原理は以下の通りだ。‘Spera decima-spera suprema qua fit motus de occidente ad orientum et est principium motus’(訳注:よく分からない。西洋、東洋文明の原理について哲学的なことが書かれてあるのだろうか?) 古代の馬術家たちの秩序のように(それはずっとキリスト教的信仰と共にあったし今でもそうだ)、ロックンロールは幾多の試練の結果、基礎的音楽から変容し崇高なものへとなるための触媒として今でも生き残っているのだ。いわばそれは現代音楽の‘生命力’である。

ディランとブリティッシュ・アートスクール・シーン―プリティ・シングス、ザ・フー、初期ストーンズ、イール・パイ・アイランド、ラリったモッズたちの暴動、そしてチェルシーの信じがたいヤクザ者たちの出現をミックスせよ。ここで聴けるのはミックの下品で卑劣で、あるいは深く哲学的に人生の意味について思案にふける姿である。シドは‘でしゃばりギター’を弾き、ラスはドラムスで我々の度肝を抜き、そしてサンディは彼が生まれる前から霊気を感じ取っていたのだ。
マイルズ(インディカ書店)


初のインターナショナル・タイムズ(アンダーグラウンド新聞)は、あるアメリカン・ファシズムからの飛行を報じた。そこにはロンドン郊外の魂の引き裂かれた地区での活動から戻ってきたSocial Deviantsが体験した苦難のことが記事になっていた。未確認飛行物体は生きていた。トッテナム・コート・ロードで棲息していた彼らは警笛を鳴らし、時折やや小さめの手紙にSocial Deviantsと書いたポスターを入れて配っていた。その赤インクでなぐり書きされたものは3.5マイル離れた北海からロンドンにいる一人のオーディエンスに向けていい知らせを送ってきた。手紙の主はミック・ファレンで、続く8月、ラジオ・ロンドンはすぐに合法化され、ザ・ディーヴィアンツはマーキー・クラブで残念にも消滅してしまったShiva’s Children(バンド?)と共に、プロモーターが名付けた“The Perfumed Garden Show”という名のイヴェントに参加した。

コーヒーを何杯か飲んだ後、ザ・ディーヴィアンツと私はユトレヒト(オランダ中部の州)のLowlands Paradiseへのツアーに飛んだ。そこでは数千の混乱した人々が一晩中、最低でも3つのバンドが同時に演奏するのを聴いていた。以来ミックは親しい友人となり、私はこのグループを客観的に判断することが出来なくなってしまった。

ザ・ディーヴィアンツがLPを作るともっぱらの評判になった時、私はそれがうまくいくことを望んでいたが、そうならないことを恐れていた。マーキー・クラブ出演以来、彼らのメンバー構成は変わっていないが、個性は変化している。ラウドで熱狂的で反復性があり、躁病的だがそれはあまりよくはないんだ。このLPにもよくないところは少しある。しかし素晴らしいところもたくさんあるし、時折優れた才能のひらめきが聞ける。アンダーグラウンド・シーンは変化し、その生命力は漠然としている―同じことがザ・ディーヴィアンツにもいえるのだ。
ジョン・ピール



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