Welcome to my homepage


Dando Shaft/Dando Shaft/2005 Repertoire Records REP 5043



ダンドゥ・シャフトは、ジョン・マーチン、ペンタングル、スティーライ・スパン、そしてフェアポート・コンヴェンションらと肩を並べる英国フォーク・スタイルを持つユニークなグループだった。70年代初頭に栄えたフォーク・ロック・シーンで話題となったグループのひとつであるが、彼らの音楽は他の同時期のグループよりもアコースティックに根ざし、深く伝統に分け入っていた。コベントリー出身のダンドゥ・シャフトは、ハンド・パーカッションとアコースティック楽器を使って、複雑な楽曲を複雑なプレイ・スタイルによって表現していた。オリジナルのラインナップであるマーティン・ジェンキンス(ギター、ヴォーカル)、ケヴィン・デンプシィ(ギター、ヴォーカル)、テッド・ケイ(パーカッション)、デイヴ・クーパー(ギター、ヴォーカル)、そしてロジャー・バレン(ベース)は、1970年ヤングブラッド・レーベルからファースト・アルバム‘An Evening With Dando Shaft’をリリースした。バンド名の由来は明らかに、ホテルやレストランに出入りする、ならず者の話にインスパイアされている。そのならず者とは‘食い逃げ’のことで、‘Dando’とは19世紀初頭の多くのポピュラー・ソングに見られた、そういった事件に登場する名うてのヒーローのことを指す。

デビュー作は好意的に受け入れられたが、バンドのセカンド・アルバムでは女性ヴォーカリストを加えることになった。これは間違いなく彼らのアピール度を高めることになった。‘Dando Shaft’は1971年ネオン・レーベルからリリースされ、レミントンスパ出身の魅力的な声を持つポリー・ボルトンがフィーチャーされた。彼女は以前、英フォーク・シンガー、ジューン・テイバーと一緒に歌っていた。また1970年ダンドゥ・シャフトに加入したときには、大学で動物学を専攻していた。ポリーの魅力ある声は、バンドのヴォーカル・サウンドに色を添えることになった。彼女の存在はアルバムの多くの曲で効果的に使われている。彼女は“Riverboat”“Waves Upon The Ether”“Till The Morning Comes”でリード・シンガーを務めている。“Coming Home To Me”“Sometimes”“Kalyope Driver”“Pass It On”ではバッキング・ヴォーカルだ。

“Whispering Ned”は、トラディショナル風味の非常に強いナンバーだ。“Sometimes”と“Waves Upon The Ether”はロマンティックで、“Riverboat”はポリー・ボルトンの繊細なアプローチが聞ける好例だろう。

オリジナル・アルバム収録の11曲同様、今回のCDリリースで初登場なのが4曲のボーナス・トラック、“Lullaby”“Thruxton”“Spring Clog Dance”そして“Sun Clog Dance”だ。

ダンドゥ・シャフトは1972年サード・アルバム‘Lantaloon’(RCA)をリリースした。しかし音楽シーンの傾向は70年代初頭徐々に変化し、フォーク・ロックはグラム・ロックとレコード・セールスを競うようになっていた。グループは解散することを決めたが、1977年再び復活し、ラスト作となる‘Kingdom’をリリースした。この時はまさにパンク・ロック・ムーヴメント真っ盛りであった。優美なアコースティック・ミュージックが受け入れられるにはベストなタイミングとはいえなかった。シャフトは当然ながら失速していくことになった。彼らはフォーク仲間のアーティスト、スティ−ライ・スパン―1975年の‘All Around My Hat’でトップ5のヒットを放っていた―のような成功を望むべくもなかった。

ダンドゥ・シャフトの消滅直後、マーティン・ジェンキンスとケヴィン・デンプシィは、元フェアポート・コンヴェンションのフィドラー、デイヴ・スウォーブリックと共にウィッパースナッパーで活動し、1980年代にレコーディングを続けた。

ポリー・ボルトンはダンドゥ・シャフトと共に2枚のアルバムをリリースした後、すでにソロ・キャリアをスタートさせていた。1973年彼女はアメリカに渡り、様々なバンドとジャズやソウル・ミュージックをプレイしていた。1976年ポリーはイングランドに戻り、フォーク・クラブでケヴィン・デンプシィと共に歌った。また彼女は自身のジャズロック・グループAbout Timeをスタートさせた。そして1980年に引退し、田舎のシュロップシアで作物を育て、苗木畑を開いた。しかし歌への情熱は消えず、アシュリー・ハッチングスのニュー・アルバムに参加したのをきっかけに、1987年アルビオン・ダンス・バンドに加入することになった。1989年、初のソロ・アルバム‘No Going Back’をリリースし、続いてポリー・ボルトン・バンドを結成した。バンドは1986年(間違い?)には、アルバム‘Loveliest Of Trees’を発表している。

ダンドゥ・シャフトは今となっては懐かしい思い出であるが、ポリー・ボルトンはシュロップシアの職場で歌を教える充実した日々を送っている。そこでの癒し及びガーデニングは、音楽同様彼女にとって、かけがえのないものとなっている。

クリス・ウェルチ 2005年5月 ロンドン


ホームへ