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Chris Spedding/Backwood Progression/1994 Repertoire Records REP 4412-WY



クリス・スペディング

1944年6月17日シェフィールド生まれのギタリスト、クリス・スペディングは60年代半ばに“ザ・ヴァルカンズ”というビート・グループで音楽的キャリアをスタートさせたが、全国的進出を果たしたのは彼が1967年にクリームの作詞家ピート・ブラウンとともに、ザ・バタード・オーナメンツを結成した時だった。

しかし『A Meal You Can Shake Hands With In The Dark』という1枚のLPをリリースしたあと、スペディングはブラウンを解雇し、バンドのセカンド・アルバム『Mantle Piece』でヴォーカルを担当した。バタード・オーナメンツが商業的にはやや失敗したことで、スペディングはソロ・キャリアを決意し、1970年2月にシングル、“Rock 'n' Roll Band”(HAR 5013)をリリースした。この時までに、彼のギターの腕前は需要を生むことになり、彼は1970年にヨーロッパ・オンリーのLP『Songs Without Words』(SHVL 776)をリリースする前に、ジャック・ブルース、マイク・ダボ、そしてサウンズ・ナイスといった者たちといっしょに働いた。

ニュークリアスに短期間在籍したのち、スペディングは初の“正式な”ソロLP『Backwood Progression』(SHSP 4004)をリリースしたが、次の『The Only Lick I Know』(SHSP 4017)を1972年3月にリリースする前に多くのアーチストたちのセッション・ギタリストを務めていた―ジュリー・ドリスコール、レズリー・ダンカン、ファミリー・ドッグ、トニー・ハザード、エルトン・ジョン、ジョン・ウィリアムズ、リンダ・ホイル、そしてメンフィス・スリムなどだ。これでもほんの一部じゃ!

そして1972年秋、彼は元フリーのベーシスト、アンディ・フレイザーとともにシャークスを結成したが、2枚のすぐれたLP(『First Water』と『Jab It In Your Eye』)をリリースしたにもかかわらず、一般的には受け入れられず、スペディングは再びセッション・ギタリストとしての“熟練職人”の道に戻った―ジム・キャパルディ、ジョン・ケイル、ロイ・ハーパー、スプリンター、クリフォードTワード、ジェフ・ウェインの『War Of The Worlds』(宇宙戦争)へ参加し、そしてザ・ウォンブルズ(英国のテレビ子供番組)のメンバーとして毛皮のぬいぐるみを着ていた!

しかしながら、名声あるプロデューサーのミッキー・モストと提携したあと、スペディングはRAKレコードのはからいによる1975年7月のシングル、“Motor Bikin”によって、ソロ・キャリアを再開した。それがUKチャートで14位のヒットとなり、結果的に彼の唯一のヒットとなったにもかかわらず、彼はアルバム(『Chris Spedding』、『Hurts』、『Guitar Graffiti』、『I'm Not Like Everybody Else』)と多くのシングルを70年代後半にRAKからリリースし続け、パンク・バンドのザ・ヴァイブレーターズと組み、彼らのデビュー・シングル、“Pogo Dancing”をレコーディングした。

セッション・ワークで果たした仕事ほど、彼自身のキャリアは成功しなかったのかもしれないが、スペディングはおそらく最も評価の高い人物の1人だっただろうし、彼は多くの巨大ヒット・レコードに参加した―ジョーン・アーマトレイディング、ジンジャー・ベイカー、ブライアン・フェリー、アート・ガーファンクル、フランキー・ミラー、ポール・マッカートニーなどだ。どんな指向のギター・スタイルのアルバムであろうと、あるレコード・コレクションを調べた時に、そこにクリス・スペディングの名が載っていないものを探すのは難しいだろう。実際、おそらく彼は他のほとんどのギタリストたちが考えている以上に、多くのフレーズを知っているはずだ!

マーク・ブレナン



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