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Martin Carthy & Dave Swarbrick/Byker Hill/1967 Fontana Records STL5434



ペンギン・ブックス社のイングリッシュ・フォーク・ソングの中でA.J.ロイドは、もしJOHN BARLEYCORN(アルコール飲料の擬人化)がCorn God(麦の神?)の死と再生にまつわる古代神話の民間伝承の生き残りであるなら、その一貫性において注目に値すると指摘する。しかし彼はいう―いくらか言い伝えの中に吸収された比較的最近のライターによる作品であるかもしれないと。確かに前者は十分説得力のあるものだが、後者は十分に奇妙だ(‘奇妙’というのは軽蔑的な意味ではない)。誕生の約束をもたらす西方(日没は死に場所か?)からやって来た3人の男(彼らがジョン・バーリーコーンに新しい命を授けることに成功しようがしまいが)と、キリスト誕生を祝いにきた死の約束を果たす東方(日の出は誕生地か?)の三博士のことをさらに思いめぐらせると興味深いかもしれない。ブリテン諸島全域で見つかっているが、このヴァージョンはセシル・シャープによってオクスフォードのバンプトンで記録された。

フォーク・ソングの中には、‘品行方正な行ない’から脱線した妻たちに対する巧妙で容赦のない非難が普通に存在するが、その反対の行為に関する話はめったに出てこない。通常、男たちが‘脱線’(不義)する時、それは全般的には大きなジョークであり、酒のきっかけとなるものだ。いうまでもないことだが、そういった歌はよくはないものだが、中には見事なものもある。THE MAN OF BURNHAM TOWNはE.J. Moeranによって1922年にハリー・コックスから記録された。メロディは最後に出てくる基音を聞くまでは、やきもきしてしまう類のものだ。

GENTLEMAN SOLDIERは、見たところ取るに足らない夫の不義を描いた一例。何世紀にもわたって英国に占領されてきた国の人たちは、軍人である夫がもっとこの衛兵のような行動に出ればいいと望むかもしれない。たしかに美女によって気をそらされ、極端な結末を迎える衛兵の物語や伝説が数多く存在する。しかしながら、この歌の女性は利他的な動機は持っていないように思える―彼女は自分のことで手いっぱいのようだ。サセックスで収集された。

THE WIFE OF THE SOLDIERはベルトルト・ブレヒト(ドイツのマルクス主義の劇作家・詩人:1898-1956)が書いたもので、彼の演劇‘The good soldier Schweik’(兵士ジュヴェイクの冒険)から。これは2年前に僕たち(カーシーとデイヴ・スウォーブリック)がABCテレビの‘ハレルヤ’に出演した時に、フルート奏者/サキソフォニストのジョニー・スコットの音楽に合わせて朗読したイスラ・カメロンを初めて聞いて、それを短縮したヴァージョン。ジョンが書いてプレイした音楽はずっと僕の頭の中に残っていたから、デイヴと僕はその時記憶したものを頼りにこれをレコーディングした(ジョンに許可をもらっていないが―大丈夫だといいんだけど)。

THE FOWLERあるいはTHE SHOOTING OF HIS DEARは、E.J. Moeranのノーフォーク・コレクションから。彼のものはもう1つヴァースがある。フランシス・ジェイムズ・チャイルドが‘イングリッシュ・アンド・スコティッシュ・ポピュラー・バラッズ’(ESPB)を編纂した時に、彼は明らかに存在を知っていたにもかかわらず、これを除外したのは奇妙なことのように思える。ひょっとすると、彼はジョン・ジェーミソン(スコットランドの聖職者・辞書編纂家:1759-1838)のような著名な先人たちの意見にしたがい、こうしたことを当然だと感じていたのかもしれない。ジェーミソンは印刷する時の弁解として、これを‘ばかげた歌’、‘低俗な現代のイングリッシュ・バラッズの中でも最低なもののひとつ’、‘取るに足らない素材’と述べた。

公正に見てみれば、これは支離滅裂状態だ。雑誌フォークソング・ソサエティ26号で、アン・ギルクリスト(英作家:1828-85)は、ヘッセン人(ドイツ人)、ケルト人、スカンジナヴィア人、フランス人らによる多くの物語を指し、死によってしか魔術を解くことができない乳白色のハトあるいは白鳥の乙女に変えられた少女の話を指摘した。その中のいくつかでは、夜になると人間の姿を装った少女が出てくる(‘白鳥の湖’は明らかに近い親戚だ)。あるバラッドの鮮明なヴァージョンでは、夜になってまさに白鳥から変身しようとする乙女に言い寄る若者が出てくる話があるようだ。かくして最後のヴァースに出てくる‘前掛け’を正当化する必要を除くことができる。ギルクリスト女史は‘dear’(最愛の人)が混同されて‘deer’(鹿)となり、‘fountains of snow’(雪の源泉)がひょっとしたら‘fawn, white as snow’(雪のように白い子鹿)になったのではないかと示唆している。彼女は‘Molly Bawn(いくつかのヴァージョンで知られているように)は卑俗なバラッドの、領主のいない放浪者ではないが、Bawnの究極的な家柄の研究は民俗学者の手に委ねられているのかもしれない・・・’と結論づけている。

ニュージーランドはいい歌を生み出す国としては、現在のところ傑出してはいない。ほとんどのオーストラリア人の歌はオーストラリア起源だ。しかしDAVY LOWSTONは毎年南極までアザラシ狩りに行く漁師についてのニュージーランドの歌だ。これはあらゆる意味で傑出している。まず第一に、紙に書かれた歌を読むのと、実際に歌うことがいかにかけ離れているかを強調している点だ。第二に、その表現の簡潔さである。なぜならたった4つのヴァースの中で多くの内包する意味が表現されているからだ。他の多くの歌はこれの何倍ものヴァースを必要とする。

ここに収められているBYKER HILLのメロディは、伝統的に歌われているものではない。これは8分の9拍子のノーサンブリアン州のダンス・チューンで、他のほとんどの9/8のメロディに使われている3行3行の代わりに、複数の3行2行と単一の1行3行が使われる珍しいヴァージョンだ。そしてふさわしく‘the Drunken Piper’(酔っ払いのパイパー)と名付けられている。詞は僕がテムズサイド・フォーでプレイしていた時に教わったものと、A.L. ロイドが歌っていたヴァージョンの混ぜ合わせだ。

タイトル通り、乾草の山であるのに加えて、THE BARLEY STRAWは大麦の茎を束ねて恋結び(love-knot)にし、それを身につけるところから名付けられている。Davy Faaの歌にあるようなスコティッシュ・ヴァージョンが存在するが、そのテーマは、スコットランドのキング・ジェイムズがくつろぐために物乞いの恰好をして田舎を尋ねて回ったという話に関連している。彼は(言い伝えによれば)夫たちが畑へ出ている間、子供たちをその辺で遊ばせている若い女性たちを尋ねていた。このヴァージョンはハリー・コックスの歌をピーター・ケネディが録音したもの。

船乗りたちが長い航海の旅に出ると、様々な欠乏によって彼らは巨大な緊張状態に置かれるに違いない。しかし彼らの想像力は、たとえ身体的にはそうでないとしても耐えうるものらしい。DOMEAMAの背後にある思考は、船乗り業、チョーサー(イングランドの詩人・「英詩の父」)、デカメロン(ボッカッチョの100話から成る短編集)を強く思わせる。それはたしかにイングリッシュ・バラッド‘Glasgerion’と基本的な近似性を持っている。しかしテーマはかなり古く、広く普及したもので、Domeamaとの間の直接の関係はおそらくないだろう。ちなみに僕が一度だけ聞いて(テープレコーダーや紙と鉛筆もなしに)覚えた唯一の歌。以来ずっとトライしてきたが、ほとんど無駄に終わってしまった。

パーシー・グレインジャー(1882-1961:オーストラリア生まれの米ピアニスト・作曲家:英国の民謡を収集した)がフィールド・レコーディング初期の時代にリンカンシア(イングランド東部の北海に臨む州)に出向いた時に(彼はフォークソングのコレクションにおいてイングランドでレコーディング技術を使った最初のうちの1人)、彼が録音したうちの1人が、ジョゼフ・テイラーという名の素晴らしいシンガーだった。蝋管(初期の蓄音機で録音・再生に用いた蝋製の円筒)に記録された多くの歌の中の1曲がBRIGG FAIRだった―わずかに愁いに沈んでいるが、とてもハッピーだ。テイラー氏はその後、商業的なレコーディング会社によって発売された初のトラディショナル(あるいは‘フィールド’)・シンガーの1人となった。彼の歌はとても巧妙で、素晴らしい間の取り方をもち、老齢にもかかわらず素晴らしく明瞭な声を持っていた。

OUR CAPTAIN CRIED ALL HANDSのメロディは、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958:英作曲家:英国民謡を取り入れた作品やオペラ・交響曲を作曲)によって記録され、わずかにジョン・バニヤン(1628-88:イングランドの伝道師:「天路歴程」)の有名な賛歌‘He who would Valiant be’に当てはめられた。ジェイムズ・リーヴス(1909-78:英詩人)は、彼のEverlasting Circleの中で、この歌はかつて宗教目的に転用された可能性があると指摘する(同じようにプロテスタントの国際的な軍隊式福音伝道団体の救世軍が、‘Oh, No John’を‘Oh, Yes Lord’に改作した)。それは単なる海軍探検隊というよりも、来世への航海を思わせる曖昧な最後のヴァースであるいは説明できるかもしれない。ルーシー・ブロードウッドは、この歌の文学的起源の可能性として‘the Welcome Sailor’というタイトルのブロードサイドを引き合いに出した。

‘Two Brothers’と名付けられたかなりおぼろげなバラッドの中では、2人の兄弟がふざけてレスリングを始め、一方が偶然相手の短剣に刺さって死ぬ。もっと古いヴァージョンでは、実は兄弟は土地の所有をめぐって言い争いをしていたことを示唆しているが、もっと古いヴァージョンでは、彼らがそれぞれ自分たちの妹を取られまいと用心していることが暗示されている。最初、尋問された血まみれの殺人者は答弁をはぐらかすが、結局行為を白状する。‘Edward’というバラッドでも、若者は衣服についた血のりについて言い訳するが、最後は‘1本の木となっていた小さな茂みを破る’ことについて口論したあとに、殺したことを認める―これは「少女の花を散らせる」という意味でセシル・シャープは解釈した。

LUCY WANは後年の2つのバラッドが基となったオリジナル・ストーリーの形態に近い。原始的な思考の中で、永続的なものである近親相姦への直感的な(あるいは神経過敏な)嫌悪が色濃く反映されている。対話形式のバラッドはとても古い時代にさかのぼる。同様にファ、あるいはリディアン・モードの奇妙で硬いメロディもそうだ。ひょっとすると、メロディはアイルランドからやって来たのかもしれない。ファ・モードはイングランドよりもアイルランドで一般的だからだ。いずれにせよ全体に古いヨーロッパ民族のメロディに属するし(今では‘ファ’はスペインの一部、スロヴァキアの一地方、スイスのいくつかの州を除いてはまれであるが)、昔は特に一般的な農民のモードであったことを信じるだけの根拠がある。この歌を教えてくれたA.L. ロイドは、30年間以上にわたって歌ってきた過程で、リディアンのメロディの厳格性を強調して、原文(いくらか支離滅裂な)にマイルドに順応させていったといっている。

兵器の取引が示す概念はTHE BONNY BLACK HAREの場合のように、弓と矢を持つキューピッドと同じくらい古いものだ。それと同じく古いのが、‘Furze Field’という南部の州の冗談ぽい歌のように、愛とハンティングのイメージに直結する洞察だ。17世紀中頃〜後半の王政復古時代の男たちは、これらのテーマで歌を作ることを好んでいたが、それはフォーク象徴学の古代(あるいは神聖な)の一片を横取りしたに過ぎない。この歌はアメリカの北部アーカンソーで報告された紛れもなく英国形態のものであるが、珍しいもののように思われる。このヴァージョンは1938年、サフォーク州Walberswickのアイルランド人労働者、モロー氏から記録された。彼の歌ったメロディは、広く知られる‘Lough Lein’の系譜の一部だが、そのリズムはあまりはっきりしなかった。あるヴァージョンで、彼はスタンダードな9/8(3+3+3)のリズムで歌ったが、他では‘混成の’8/8(3+2+3)に少し短縮されていた。

A.L. ロイドが1770年頃のヴォクソール・ガーデンズ(コンサート・舞踏会などが行なわれたロンドンの庭園)の中で、THE BLOODY GARDENERを最初に‘発見’したが、ここに収録されているものに非常に近い形態で、いくつかのブロードサイドに載った。大変古い民俗学的概念が含まれる物語にもかかわらず、このバラッドが学者たちの注意を引きつけなかったのは奇妙なことだ。そういった原始的ファンタジー・ソングが18世紀の娯楽の庭園でかなりの人気を呼び、年1度出版されるソングブックの中に必ず登場したのも不思議なことだ。

マーチン・カーシー
追加のマテリアルはA.L. ロイドより

SIDE 1

THE MAN OF BURNHAM TOWN
THE FOWLER
GENTLEMAN SOLDIER
BRIGG FAIR
THE BLOODY GARDENER
THE BARLEY STRAW
BYKER HILL

SIDE 2

DAVY LOWSTON
OUR CAPTAIN CRIED ALL HANDS
DOMEAMA
THE WIFE OF THE SOLDIER
JOHN BARLEYCORN
LUCY WAN
THE BONNY BLACK HARE


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