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Martin Carthy & Dave Swarbrick/But Two Came By…/1968 Fontana Records STL5477



THE WHITE HAREは作曲家のパーシー・グレインジャーが録音装置を携えてリンカンシア(イングランド東部の北海に臨む州)に行った時に、最高のシンガー/情報提供者であるジョゼフ・テイラーから録音した。CREEPING JANEも同様だ。前者は野ウサギ狩りの話で、後者は競馬についてだ。ここに出てくる‘Jane’は専門家から全く勝ち目がないと評されるが、ライヴァルを打ち負かしてしまう。

LONG LANKINはEFDSS(English Folk Dance & Song Society)Vol. 1の1章の中でアン・ギルクリストが書いた広大なエッセイの主題。彼女はそこでその歌がどのようにして2つの異なった形態へ発展していったかを指摘している。最初に彼女がタイトルをつけた‘Lamkin, the wronged Mason’(不当な扱いを受けた石工、ランキン)はスコティッシュ・ヴァージョンで、次にノーサンバーランド(イングランド最北の州)からイングランド南岸に渡って見つかったものには、彼女は‘Longkin, the border ruffian’(辺境の悪党ロンキン)と名付けた。しかし彼女は2番目の歌は最初のヴァースが不変の動機、すなわち復讐のために消されてしまった時に、最初の歌から派生したに違いないという。2番目の流れであるここに収められたヴァージョンは、ベン・ブッチャーによる歌からで、大部分はバッキンガムシア、Clewerの修道女シスター・エマによる歌が加えられている。

Lankinは実はハンセン病(らい病)患者で、無実の血に入浴することで治療することを望んでいることが示唆されてきた。その望みは達成されたと信じられることもあるが、たしかに魅力的な話だ(格言としてならば)。彼もそのつもりであったのかもしれないが、僕自身は単なる‘子取り鬼’(子供をおどしたり、すかしたりする時に用いる/お化け、悪魔)の歌ではないかという考えに近い。つまるところ、子供たちにとってのお化け(悩みの種)は大人ではないか?ということだ。今日では‘ノイローゼの産物’など様々な呼び方があるが、なるほど再びアン・ギルクリストによれば、数年前までノーサンバーランド、Whittie Dene近くのある母親は、夕暮れ時に戸外に出て鍵の束をじゃらじゃら鳴らし、遊んでいる子供たちが家に帰るよう彼らに向かって‘Long Longkinがいるよ!’と叫んだ。

ベン・ホールはおそらくオーストラリアの森林地の住人の中で最も名高いだろう。無理やり家を追い出された彼は森林へと逃れ、何年もの間、田舎で恐怖の対象となった。しかし結局、彼と2人の仲間―ジョン・ギブソンとジョン・ダン―は、アメリカで第二の人生を始める決心をした。そのため彼らはアメリカへ向けてボートで航海する時に会おうと約束し、ばらばらになった。しかし旅の途中、ホールはオーストラリアの原住民の追跡者と警察に呼び止められ、撃たれてしまった。馬のあぶみ(騎者の足をふみかける馬具)に足をくくりつけられた彼の死体は、彼がついに死んだことを住民たちに示すためにフォーブズの通りを引きずり回された。民謡収集家はTHE STREETS OF FORBESと名付けたが、トラディショナル・シンガーたちにとってはシンプルに‘THE DEATH OF BEN HALL’として知られている。オーストラリア人シンガーのトレヴァー・ルーカスから教わった。

THE BANKS OF SWEET PRIMROSESは、イングリッシュ・フォーク・ソングの中で完璧なバラッドのひとつとして知られている。イングランド南部全域で収集され、ほとんどが似通った形態だ。少なくともこのヴァージョンに関してはそうだ。野外の新鮮な空気、花、緑の芝生といった田園詩的な設定において、これは僕が出会ってきた中で最も幸福で楽観的な歌。

A.L. ロイドは多くのフィールドでひときわすぐれた仕事をしてきたが、とりわけ僕の考えでは、言い伝えの中に埋もれてしまった歌を歌いやすい形に仕上げた中で、強力なストーリーとはいえないまでもとても魅力的なのが、JACK ORIONだ。これはバラッド、‘Glasgerion’あるいは‘Glenkindie’の改作で、舟歌の‘Domeama’に似ていなくもないが、より細かい描写ときわめて強烈な結末を持っている。この歌のトラディショナル・フォームは捨て去られてしまった根拠があり、あまり普及しなかったが、フォーク・リヴァイヴァルにおいてはハイライトのひとつとして奇妙にも復活することになった。つまり多くの歌は伝統的には全くありふれたものではないが、リヴァイヴァルの中ではひんぱんに歌われ、その逆も同じであるということだ。

シドニー・カーターはおそらくフォーク・リヴァイヴァルの中で最も多作なソングライターだろう。しかし彼は自分の作品に決して満足しないように見える。彼は永遠にヴァースをころころと変え、時に1つのことばをめぐって苦悩に苛まれるが、結局うまくいくように思える。僕が思うかぎり、彼が満足している1曲が、‘LORD OF THE DANCE’だ。これはシェーカー(Shaker:1747年イングランドに起こりアメリカに渡った千年至福説を奉ずる教派;禁欲的な共同体生活を実践、家具作りに定評がある;集会中に霊的高揚を身体の振動を伴う舞踏で表したことから)の賛美歌‘The gift to be simple’から当てはめられたメロディ。人生と自然な生き方に対する彼の姿勢は、時々僕の考えと一致するように思う。

THE POOR MURDERED WOMAN LAID ON THE COLD GROUNDは僕が説明しても期待はずれなことしかいえないような全く簡潔な歌だが、僕がとても魅了される類のものだ。これは額面どおりの内容よりも、その下には多くのものが内包されている。誰もこの女性が誰でどこの出身なのか分からないが、それにもかかわらず誰もが心を動かされる。

MATT HYLANDは3〜4年前に僕がスコットランドのシンガー、クリスティーン・スチュワートから教わったアイリッシュ・ソング。彼女はアイリッシュ・シンガーのアル・オドンネルから教わった。それ以来、僕は詞を探してきたがなかなか見つからなかった。でもついにスコットランド南西のプレストウィックのクラブで1人のシンガーがケイリ(ceilidh:物語りと歌と踊りの集い)にある歌詞を教えてくれた。お礼を言いたいんだけど、彼の名前さえ覚えていないので申し訳なく思っている。とにかく彼にはとても感謝している。

THE SHIP IN DISTRESSはサッカレー(英小説家)によるパロディー。フォーク・ソング・クラブでは‘Little Billie’としてひんぱんに歌われているが、歌の意味は同じ。何日も漂流し食料も尽きた船の乗組員たちは、少数の生き残りをかけて彼らの何人かがみずから食料になるためのくじを引く。当たりを引いてしまった者が死ぬ直前に見たのは、一隻の救助船だった。

金、そしてそれを扱う人々の失敗、これがレオン・ロッセルソンの歌‘BRASS BAND MUSIC’のテーマだ。その歌はルイス・マクニース(北アイルランド生まれの英国の詩人・劇作家)の詩‘Bagpipe Music’に触発された。
マーチン・カーシー

SIDE 1

SHIP IN DISTRESS
BANKS OF SWEET PRIMROSES
JACK ORION
MATT HYLAND
WHITE HARE
LORD OF THE DANCE

SIDE 2

POOR MURDERED WOMAN
CREEPING JANE
STREETS OF FORBES
LONG LANKIN
BRASS BAND MUSIC


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