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Martin Carthy & Dave Swarbrick/Both Ears And The Tail/2007 Topic Records Ltd TSCD572



もしデイヴと僕が1960年代について友人との思い出を語るなら、いつもはっきり思い出す話がある。それは“列車が牝牛をひいた日”だ。どういうわけかはっきり覚えてるのは、僕らがノッティンガムに行こうとしていて、真っ直ぐに伸びた列車がほとんど線路から持ち上がった時のことだ。運転手は彼女を発見して長い間警笛を鳴らしていたんだけど、その牛は根気よく座り続けてもぐもぐしながらこっちをじっと見ていた。最後には運転手はブレーキを踏んだんだけど、彼女はそれでも動かなかったんだ。次の瞬間、バン!という音で僕らは空中に放り出されてしまった。農夫が無言のままで現れた時、運転手がさかんに“あの牝牛は動こうとしなかったんだ”と繰り返し言い訳をしている声が聞こえたんだ。

ニューアーク(イングランド中部、ノッティンガムシア州東部の町)で33年後にギグをしていた時、キース・ブレイクという男が僕に近づいてきて、あの時のテープを僕に手渡した。彼と彼の友人が当時の最新機材でギグを録音していたんだ。僕らは彼に何でも好きなものを録音できるように白紙委任状(署名だけして自由記入を許すもの)を渡していたから、彼は本当に喜んでいた。普通はそのあと録音したテープを渡すのが通例の慣行だった。でもちょっとばかしそれが遅れてしまった(彼はニヤッと笑ってた)。[まあ、ちょっとこれは本当じゃないけどいい話だよ。とにかくこの男がいかにテープ・コレクションに熱心だったかということだ]

アーノルドとカールトン大学では1966年6月16日にギグをした。で僕らは(テープによると)ミドルバラ産業界によるアイステッドファッド(音楽・舞踏大会)が開かれていた時にギグをしていたようで、今まで僕が見たこともないような大きくて長いテントで歌ってきたと言ってるね。覚えているのは、後ろの方の人たちはテントのポールに備えつけられたTVで見なきゃならなかったことだ。“最低5000人が座っていた”なんて記憶違いしてるね多分これは。前の晩に起こった「牝牛居座り事件」が記憶を飛ばしちゃったんだ。40人かそこらの人々がノッティンガムで列車を降りて、大声で笑いながら運転手にとっては(彼はまだ唖然としていて押し黙ってた)ちょっとナーヴァスなジョーク、両耳と尻尾をつかんだ闘牛士の話をしてたよ。なぜなら怯えたり途方に暮れるほうが配慮に欠けるような行為だったんだ。そんなわけでそれがこのCDのタイトルになった。

当時の僕らのレパートリーは、デイヴがセッション・マンとしてプレイしてた僕のファースト・アルバム(Topic TSCD340)に収録されていた5〜6曲が基本になっていた。それらの曲をプレイするのは当時のデイヴにとって無上の喜びだったんだ。2曲のラグタイム、Porcupine RagとDill Picklesは僕らが自分たちの当に最初のギグでシェフィールド行きの列車に乗っていた時に、すごく熱狂的で明るいインド人の人たちでいっぱいになった客室の前で練習した曲なんだ。

とりわけ僕がいいたいのは、僕のギターは1曲を除いて全てがスタンダード・チューニングだということ。初期のNewlyn Townでは変速チューニングの始まりが聞けるよ(デイヴが僕に考えを変えることにすばやく手を貸してくれたことを思うととても興味深いね)。デイヴの歌への伴奏のつけ方ってのは、物語が荒々しく展開し始めるような工夫をすることで、飾りやフレーズの繰り返しが全く自由なんだ。High Germanyは常に僕らのお気に入りで、そこには自分の中から気のふれたような違うキャラクターが湧き出てくるかのようだった。一方SovayはまるでThe Runaway Train(逃亡列車?)を表現しているかのように響いたね。余談として、当時僕が使った多目的な田舎のアクセントは、面倒なことを巧みにかわしたんだ。それは今でもそうだよ。全体を聴いて思い出すのは、僕らがステージを務めたエキサイティングで素晴らしい瞬間のことだ。このうちのいくつかはグレイトだと思うね。

これは僕らの誠実で混じり気のない表現で、その時どんなふうに聞こえていたかを示すものだ―そうそう、いくつかのチューニングは編集で削除したよ。

マーティン・カーシー


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