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Chris McGregor/Chris McGregor’s Brotherhood Of Breath/2006 A Wing & A Prayer Ltd. Fledg’ling Records FLED 3062



大人数からなるブラザーフッド・オブ・ブレスは、1970年のロンドンで、南アフリカ人ピアニストのクリス・マクレガーによって結成された。マクレガーはザ・ブルー・ノーツの同郷の亡命者である仲間たちと、ロンドンの第一線で活躍するフリー・ジャズ・プレーヤーたちを合体させた。彼らの刺激的で喜びにあふれた音楽―アフリカのダンスのリズムと自由な即興ジャズのミックス―は、1971年にジョー・ボイドがプロデュースしたこの傑作で見事にとらえられている。

“モダン・ジャズ・ビッグ・バンドの真に伝説的な1枚だ”
The Penguin Guide To Jazz On CD

Chris McGregor – leader, piano, African xylophone
Malcolm Griffiths – trombone
Nick Evans – trombone
Mongezi Feza – pocket trumpet, Indian flute
Mark Charig – cornet
Harry Beckett – trumpet
Dudu Pukwana – alto saxophone
Ronnie Beer – tenor saxophone, Indian flute
Alan Skidmore – tenor and soprano saxophone
Harry Miller – bass
Louis Moholo – drums, percussion
Mike Osborne – alto saxophone, clarinet
(by courtesy of Turtle Records)
John Surman – baritone and soprano saxophone
(by courtesy of Indian Brandee productions)

“目下のところロンドンで最もエキサイティングなバンドだろう”
メロディ・メーカー


実際このバンドは、クリス・マクレガーがこの国で結成した2つ目のものだ―最初のバンドは1968年に結成された。彼らは6度ほどのライヴしか行なわなかったが、例年のメロディ・メーカー紙の人気投票で、エリントンに次いで選出された。しかしバンドは大所帯に見合うだけの仕事を得られず解散した。

このバンド自体は1970年6月に結成され、ロンドンのノートル・ダム・ホールで同月にデビュー・ライヴが行なわれた。そのバンドは基本的に、クリス・マクレガーのグループと、彼が共に働いてきたロンドンのミュージシャンたちから成り立っていたが、その中からクリスは現在のビッグ・バンドを作り上げた。

“Davashe’s Dream”と“The Bride”のソロは、ドゥドゥ・プクワナとモンゲジ・フェザ、“Andromeda”のソロはジョン・サーマン、モンゲジ・フェザ、ニック・エヴァンスそしてドゥドゥ・プクワナ、“Night Poem”ではクリス・マクレガーがアフリカン・シロフォン(木琴)をプレイし、モンゲジ・フェザとロニー・ビアーがインディアン・フルートをプレイしている。


ブラザーフッド・オブ・ブレスは南アフリカ生まれのピアニストでコンポーザーだったクリス・マクレガーによって編成された喜びあふれるビッグ・バンドだった。マクレガーは南アフリカで60年代初頭に人種混合バンド、ブルー・ノーツを結成していた。しかし1964年までに、故国での活動が難しいと判断した彼らは、ヨーロッパへと脱出し、1966年にロンドンに落ち着いた。ザ・ブルー・ノーツ―クリス・マクレガー、ドゥドゥ・プクワナ、モンゲジ・フェザ、ジョニー・ディアニ、ルイス・モホロ―は、ロンドンのジャズ・シーンに強烈なインパクトを与え、ロンドンに現れつつあった前衛的なジャズ・コミュニティのミュージシャンたちと親しくなった。本質的に、ブラザーフッド・オブ・ブレスは、ブリティッシュ・ジャズ・コミュニティの仲間の友人たちが多く参加したブルー・ノーツといえるバンドだった。つまり国外亡命版ブルー・ノーツだ。

このアンサンブルがプレイしたのは、デューク・エリントン、チャールズ・ミンガス、サン・ラのエネルギッシュなミックスだったが、南アフリカの民俗音楽と知性的なアレンジメントによって、独特なフィールが加えられていた。マクレガーは“1つの組織としてではなく、1つの共同体”としてバンドをまとめることを夢見ていた。しかし残念ながら、そのような大所帯のバンドでツアーを続けるだけの経済力を維持することは不可能だった。グループは様々にラインナップを変えながら、1990年5月に訪れたマクレガーの早すぎる死まで活動を続けた。悲しいことにモンゲジ・フェザは1975年12月に、ジョニー・ディアニは1986年10月に、ドゥドゥ・プクワナは1990年6月に死んだ。しかし彼らの素晴らしく歓喜あふれる音楽は今でも時折、Dedication Orchestraによって奏でられている。


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