
「せいくらべ」 作詞 海野 厚 作曲 中山 晋平
「柱の傷はおととしの…」って変だと思いませんか?
何故去年は計らなかったんでしょう?
多分ゴールデンウィークで、海外旅行中だったんですかねえ?
それが実はこういう訳だったらしいんです:
作詞者の海野
厚(うんの あつし/1896-1925)は、静岡県豊田村曲金(現在の静岡市駿河区)の出身。
旧制静岡中学卒業後、早稲田大学に進学しました。童話雑誌「赤い鳥」に投稿した作品が北原白秋に認められ、
童謡作家になりましたが地元の静岡にはあまり帰郷できませんでした。
7人兄弟の長兄で、実家には3人の妹と3人の弟がいましたが、「去年」は帰れなかったので、
「おととし」となったというわけです。
作曲者の中山晋平とともに「子供達の歌」を出版したり、雑誌「海国少年」の編集長も務めた海野でしたが、
結核のため28歳の若さで亡くなっています。
彼の母校、静岡市の西豊田小学校には「せいくらべ」の歌碑が建てられているそうです。
ご存知の方いらっしゃいますか?
大正12年(1923年)5月『「子供達の歌」 第3集』