☆Henrriette Heichel-Strobel



「ヘンリエッテ――オランダのブロンド美女」

 そんなこと、言う勇気がないわ。だって、きっとたくさんのベテラン歌手の皆さんに後ろ指をさされちゃうもの。でも言わなくちゃね。私の歌手としてのキャリアは、ジンギスカンから始まったの。私は(学校時代を除いて)今までデビューしたことはないし、グループで歌っていたのでもなく、ただ、8年間ピアノを習っていただけなんです。それなのに今、ジンギスカンにいられるのは、私の夫であり、ジンギスカンのボスでもあるヴォルフガングのお陰なのよ。それについてはまた後で…。
 私は1953年11月13日にアムステルダムで生まれました。私の父は歯科医で、私は小さい頃から父の助手になりたいと思っていました。だけど5歳になった年に初めてスケートをさせてもらった時、毎日、何時間もスケートリンクにいたがるほど、この競技に夢中になってしまったの。9歳になった時、初めてトレーナーのレッスンを受けるようになり、そして、皆が言ってくれたわ、私には才能がある、きっと素晴らしい氷上のプリンセスになれるに違いないって。その頃の私の目標はアメリカの選手、世界チャンピオンでオリンピックでも金メダルを取ったペギー・フレミングでした。
 正直に言って、私には才能があったと思うの。たった13歳でアムステルダムからオーベルストルフへ、認められて行ったのよ。私は私立学校にいて、毎日5時間スケートの練習をしなければならなかったの。午前中3時間は規定種目を、午後から2時間はフリースタイルよ。私のトレーナーは何度もドイツのチャンピオンになったゼップ・シェーンメツラーのお父さんだったわ。
 オーベルストルフでは、お祖母ちゃんと一緒に暮らしていました。ついてきてくれたのよ。私の両親は、そんなに若い女の子が一人暮らしをすることを許してはくれなかったから。
 私は、小さな大会なら必ず上位に入賞できるようになっていました。ある日、キャリアが突然終わってしまうような重大な事故が起こるまではね。説明させてくださいね、それは本当に、大まぬけな事故だったのよ。練習の時に起こったの。私は、着ていたセーターを脱ぎながら、ロープの方へ滑走してしまい、そのときにつまずいて右足から転んだんです。不運なことに、強く張ってあるロープだったから、私は両足の骨と、片方のくるぶしの骨を骨折してしまったの。6ヶ月間ギプスよ。
 再び滑れるようになった時、もう一度氷上で試してみたわ。だけど、また再び怪我をしてしまって。もうおしまい。この競技をやめることにしたの。氷上のプリンセスになるという夢はかなわなかった。
 私は実業学校を終えて(1年間ドイツに行ってたから、その遅れを取り戻さなきゃいけなかった)、父の元で働き始めたの。その頃はスイスのクロスターズに住んでいたわ。
 だけど、いつも歯の治療をするばかりじゃなくて、他にも何かしたいと思って、同時にチューリヒで美容師(メークアップ系?)の勉強を始めたの。この分野を学んでいると、ファッション販売関係の人たちと知り合いになれて、マネキンとして契約することになったの。二年の間、ビキニから毛皮のコートまで、あらゆるものを着て見せたわ。
 この頃、ヴォルフガングと初めて出会ったのよ。こんなこと余計だけど、可笑しい出来事だったのよ。ヴォルフガングは仲間と一緒にディスコで演奏していて、私はディスコのお客だったの。ヴォルフガングはあんまりワイルドなショーをしたものだから、マイクを自分の歯にぶつけて折ってしまったの。ディスコの支配人は、私が歯科助手だということを知っていたから、ヴォルフガングを私のところへ連れてきたのよ。私はすぐに父に連絡して予約を取ってあげた。それが私たちの友人関係の始まりで、そしてそれがやがて愛情へと変わっていったの。
 1年半後、私たちは結婚しました。私たちには、いつでも一緒にいたいと言う思いがはっきりあったから。私の父は私の選択にとても満足したわ。だって、ヴォルフガングは、音楽の他に歯科学も学んでいたから。
 2年前、私たちは、ヴォルフガングの勉学のため、ミュンヘンに移りました。私は最初の頃はかなり退屈していました。ヴォルフガングは勉強をする傍ら、スタジオミュージシャンとしてお金を稼いでいました。私はたいていひとりで家に閉じこもってました。ファッション関係のアルバイトでも見つかれば嬉しかったんだけど。
 ある日、ウォルフガングが、誇らしげに私に話してきかせてくれたの、ラルフ・ジーゲルの新しいグループのメンバーとして契約することになった、と。ヴォルフガングは全く秘密にしていたけど、私も是非一緒に歌うべきで、もうそうするつもりでいるんだというの。私は真っ赤になって最初から断ったわ。私がたまに家で歌ってたとき、ヴォルフガングはいつもいい声をしてるなと思ってたんだって。
 だから、結局ヴォルフガングに連れられて、ラルフ・ジーゲルのところへ引っぱり出されたの。つっ立って歌わされた。こう自分に言い聞かせたわ。大恥をかかないように、力いっぱい歌おうって。ものすごく驚いたことには、ラルフ・ジーゲルは感激して、私と契約を交わすことにしたのよ。
今私は、これまで以上に幸せなの。なによりも、ヴォルフガングと私はいつだって一緒にいられるもの。そして、正直なところ…私の声ってひどいんじゃないかと思うんだけど、本当は違うのかしら。どう思いますか??


(雑誌BRAVO 1979年37号掲載)