イタリア風協奏曲(コレット) 

 ミシェル・コレットは、多数のミュゼット協奏曲やコンチェルト・コミックと題した協奏曲風の作品にしばしばミュゼットをソロ楽器として登場させた。コンチェルト・コミックとは、オペラ・コミックと呼ばれる大道芸的な要素を含んだ民衆的な舞台の幕間音楽として演奏されたものである。
 王宮の主催する「グランドオペラ」とともに「オペラコミック」と呼ばれる、大道芸的な要素を含んだ民衆的な舞台も、パリの人々の間で人気を博していた。このオペラコミックでは、グランドオペラの持つシリアスで大がかりな舞台とは対照的に、軽めのタッチの茶番劇や大道芸人による綱渡り、ときには音楽を伴った小さめのオペラなどが上演されていた。このオペラコミックで催される舞台の幕間に演奏されたものがコンチェルト・コミックと題された協奏曲だった。
 コレットはオルガニスト、教師、作曲家であり、何よりも17の様々な楽器のためのメソードを出版したことでも知られている。彼の父親はオランダのデルフトから移民してきたオルガニストで、この家族環境が彼の音楽に時々見える非フランス的で雑多的、良く言えば国際性を理解する一つの手がかりになるかも知れない。

コンチェルトコミック第7番「たばこ係の女中」

 コンチェルトコミック(Concertos Comiques) は1732年から1760年の間に全25曲出版され、そのうちの12曲にはミュゼットでも演奏できることが示されている。このコンチェルトコミックは、当時流行していた民謡やオペラ中のアリアや器楽曲のメロディーを主題とした変奏曲を多数含んでおり、それらの変奏曲は、彼が様々な楽器に精通していただけあって、それほど難しくはないが華麗に聞こえるよう工夫されているものが多々ある。
 これらのコンチェルトコミックでは、楽器名、表情記号、ト音記号など、タイトル以外の全てがイタリア風に記され、さらに面白い事にミュゼットのパート譜にはイタリア語でバグパイプを意味する「ザンポーニャ」(Zampogna)と書かれている。前世紀には、宮廷の音楽家が演奏するミュゼットは、ミュゼットという名称を使うことで田舎のバグパイプと一線を画することがしきりとなされていたのに、ここではその考えがあっさりと放棄されているように見える。
 ミュゼットでも演奏可能な12曲コンチェルトコミックの幾つかは、ハ調、ト調以外の調性で書かれており、それらをミュゼットで演奏する際には移調する必要があり、従来のト音記号を短3度下に移すことで音符をフランス風ト音記号で読むという移調の方法が示唆されている。

 

 彼は、ミュゼットをこれらコンチェルトコミックで採り上げた他に、オリジナルのミュゼット協奏曲も多数作曲した。例えば3曲がセットになっているミュゼット協奏曲集「幸運な羊飼い」(Le berger fortune)はこの時代に流行していた趣味が混沌とした形で反映されており興味深い。
 この「幸運な羊飼い」の第3協奏曲「旅」は、その副題に「オリエンタルなインドの国々」(Les voyages, du berger fortune, aux Indes Orientales)とあり、この副題は、この曲が出版される少し前に上演され大好評を得たラモーのオペラバレー「優雅なインドの国々」(Les Indes galantes) との類似性が見られ、当時流行していた「異国趣味」(例えば楽器などに施された中国風のデザインなど)を彷彿とさせる。

作品自体は、例に漏れずヴィヴァルディ風のイタリアン協奏曲スタイルで書かれており、それだけではなく、第1楽章の途中にはフランス語で

「地震と嵐」
(tremblement de terre et tempeste)

「強風」(Orage)

「落雷」 (Coup de tonnerre)

と示されており、ヴィヴァルディの「四季」に見られるような「自然の描写」が真似されている。

この曲のミュゼットパートにおいても「ザンポーニャ」とイタリア風に記されており、その楽器編成は上から
「ザンポーニャ、あるいはフラウト第1」
「ヴァイオリン第2」
「ヴァイオリン第3」
「オルガン」
となっている。

 舞台音楽ではいまだに田園風のシーンを盛り上げる効果音的な使い方がなされていたミュゼットだが、イタリア風のソナタや協奏曲がミュゼットのレパートリーに取り入れられ、多数の作品が出版されるようになった時、この楽器は他の旋律楽器と同等の立場を授けられたかのように見える。しかし、フランス革命がくすぶり始める頃、もはやこの楽器は演奏されることはなかった。フランス以外の国でミュゼットへの興味が高まった形跡がないのにもかかわらず、ミュゼットの持つ楽器構造はイギリスのノースアンブリアン・スモールパイプやイーリアン・パイプに影響を与え、それらの楽器は19世紀に変化して現在でも人々を楽しませている。バロック時代のフランスで熱狂的に流行したミュゼットは、20世紀後半に目覚めさせられるまで、その膨大なレパートリーと共に深い眠りについたのだった。

(完)

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