18世紀、ミュゼットを含む室内楽の始まり

 1672年にボルジョンが掲げた小さな舞曲以降、器楽作品にミュゼットが登場するのは1697年にモンテクレールが出版した「セレナーデ、あるいはコンセール」の中の1曲に見られるのみで、1720年代に入るまで明確にミュゼットを指定した楽曲はほとんど見られない。1720年代に入ると、ミュゼットのための器楽作品の出版は徐々に現れ始め、その数は次第に増してゆく。その出版数の隆盛はこの楽器の流行の度合いに平行し、短いがかなり背丈のある放物線を描くようにして1770年代まで続く。それらミュゼットのための曲集のタイトルには、ほとんど常に「・・・ヴィエール、フルート、オーボエなど他の楽器でも演奏できる・・・」と書かれているのだが、その理由のひとつに、ミュゼットの音域がそれほど広くないために他の楽器で全ての音符を演奏することが可能であった事が挙げられ、さらにこの謳い文句によって出版者はより多くの売り上げを期待できたからだと思われる。

 それらミュゼットを含んだ器楽作品の出版の口火を切ったのは、1722年にジャック・マルタン・オトテール(le romain) が世に送り出した2冊の曲集である。このオトテール家でも我々に最も馴染みのあるオトテール・ル・ロマン(Jacques Martin Hotteterre le Romain (1674 - 1763))は、ここで改めて説明する必要がないほど当時有名だったフルート教師であり演奏家だった。彼の家族と彼自身、木管楽器の演奏家兼製作家として一世を風靡した。
 当時フランクフルトの判事であったヨハン・フリードリッヒ・アルマント・フォン・ウッフェンバッハ(1687-1769)の旅行記の中で彼がフルートと共にミュゼットも製作していた事について記されている。(17)1715年10月25日にこの人物がパリのオトテールを訪れた際、オトテールは商品である5冊の出版楽譜と彼自身が製作したフルートやミュゼットをこのドイツ人に見せ、おまけにチェンバロの伴奏でミュゼットを演奏して見せたことが、この旅行記には記されている。その時、ウッフェンバッハ氏はミュゼットを大変気に入って購入したい旨をオトテールに告げたが、オトテールが答えた値段があまりにも高額だったのでその時はあきらめたそうである。

1722年に出版されたその2つの曲集とは、「ミュゼットのための作品集」(9)「第3組曲、2つの高音楽器のための小品、作品8」(8)
である。後者は、同じタイトルでフルートトラヴェルソを想定した2つの曲集がすでに出版されており(1712年の第1組曲、作品4と1717年の第2組曲、作品6)、それに続く第3組曲として出版された。そのタイトルにはフルートトラヴェルソやオーボエ、リコーダーなど他の木管楽器でも演奏できることが示されているが、特にミュゼットの文字が目立つように大きく掲げてある。その中に含まれている小品は、「メヌエット」「ミュゼット」「ジーグ」を始め、「フーガ」と題された単純な対位法的なものまであり、この楽器で演奏される楽曲がブランルや田園風のものだけでは無くなってきたことを物語る。同年出版された「ミュゼットのための小品集」は上記のデュエットの曲集の少し前に出版されていた。この曲集のメインにあたる部分は、1720年頃に亡くなったジャック・マルタン・オトテールの兄ジャン・オトテールの作品であり、その亡くなったジャンの「遺作」としてジャック・マルタンによって出版された。このジャン・オトテールの小品集は「田園風の結婚式」と題されており、通奏低音を伴う25曲の小品から成る組曲風の作品となっている。このタイトルはミュゼットとその田園風のイメージを強く関連づけるものである。そしてタイトルが物語っているような劇場風で描写的な要素が、この組曲の中に散りばめられている。一曲目はファンファーレ風の「人々を集めるための合図(前奏曲)」で始まり、「結婚式への行進曲」、「婚礼(サラバンド)」、結婚式から「戻るための行進曲」、人々からの「お祝いの言葉」、「宴のための序曲」、そして宴会で踊られる様々な舞曲がその後に続き、終わりから2曲目では、まるで新婚の花婿と花嫁の心境を描いたかのような「寝床」、そして最後に華麗なパッセージが繰り広げられる「目覚まし時計」で締めくくられる。この曲集に登場している舞曲も「メヌエット」「サラバンド」「リゴドン」「パスピエ」「ミュゼット」などブランル以外の様々なものが見られる。

 このジャン・オトテールの組曲が終わったその次のページからは、この楽譜を出版したジャック・マルタン・オトテール(le romain)自身が作曲した2つの作品が続く。1つは、通奏低音を伴ったミュゼットの独奏曲「2つの旋律管を持つミュゼットのための、多声部で書かれた小品」と無伴奏ミュゼットソロのため「戦争」と名付けられたの作品である。前者は、「前奏曲」「ファンタジー」「ガヴォット」「メヌエット」「ミュゼット」の5つの楽章で構成されており、主旋律管と副旋律管を同時に演奏することによって2声の旋律をミュゼットが受け持ち、まるでトリオソナタのように書かれている。

 このような重音奏法を伴った作品は、この後に出版された膨大な数に上るミュゼット作品の中でも時たまにしか見られず、しかもそれらの作品はこのオトテールのものよりずっと演奏しやすいように書かれている。全くもって不思議な事に、この楽譜が出版される以前には満足な内容を持つミュゼットのための作品がほとんど1つも現れていなかったにも関わらず、突然このような複雑な作品が出現した。恐らく、楽譜にこそ書き残されなかったが、宮廷でミュゼットを演奏していた職業音楽家達のレヴェルは相当高かったと思われる。この作品の後に続く無伴奏ミュゼットソロの「戦争」と題された作品は、この楽器のイメージ「田園風=平和で素朴な雰囲気」の対局にある戦いを描写したもので、笛と太鼓の音やトランペットの勝利のファンファーレなどが鳴り響く。ジャック・マルタン・オトテールはこの2つの作品でミュゼットが当時に一般に考えられていた「田園風の楽器」以上の可能性があることを世に示した。

 

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