宮廷のミュゼット

歴史の中のミュゼット

「ミュゼット」と耳にしたとき、多くの方はバロック組曲に時々見かける小品の題名を思い浮かべるに違いない。それらの小品「ミュゼット」に共通している特徴は、ほとんど変化せず同じ音を鳴らし続ける低音に見いだせるだろう。ジャン・ジャック・ルソーの音楽事典のミュゼットの項目を紐解くと、「この名前を持つ楽器に相応しい曲の一種で、その拍子は二拍子または三拍子で、テンポはすこし遅めである。ミュゼットが奏でるような、通常テヌートがかけられたオルガンペダルのように長く保たれた低音は「ミュゼットのバス」と呼ばれる。このようにして、ミュゼットという名前に相応しい性格の舞踏曲が形作られる。」と書かれている。
 その名を小品の題名に使われるほど人気を博した楽器ミュゼットとは、17世紀後半から18世紀の半ばにかけてフランスで大流行したバグパイプの一種であった。それまでのバグパイプには見られない複雑でかつ洗練された構造と、この楽器の音色が持つ「田園的」なイメージは当時のフランスの人々を熱狂させた。

 バグパイプというとイギリスやスコットランドで演奏されている有名なハイランドパイプスをすぐに思い浮かべてしまうのだが、この言葉はbag(袋)pipes(管)という2つの単語で成り立っており、すなわち口で直接リードを振動させるのではなく、袋から押し出された空気で管を鳴らす管楽器全般を指す言葉である。現代でも様々な種類のバグパイプがヨーロッパからアラブ諸国に至るまで、今なお民族楽器として演奏されているのだが、ミュゼットは18世紀末には姿を消し、しかもこの楽器が流行したのはフランスにおいてのみであった。しかしながら、この流行は他のバグパイプには見られない「作曲され書き残された」音楽作品を数多く生みだす事となった。ミュゼットの音色はハイランドパイプスのように大音量ではなく、他の楽器とのアンサンブルでも問題なく使用できるほどの音量で、どちらかというとほのぼのとした可愛い音色である。外見において他のバグパイプと比較したとき、ミュゼットの目立った特徴は、息を使って革袋に送風するのではなくふいごを使用する事、ドローン(Drone(英)、Bourdon(仏))と呼ばれる保続音を奏でる管がコンパクトにまとめられている事、旋律管が大小2つありそれらの旋律管にはたくさんのキーが備え付けられている事などが挙げられる。
 当時ミュゼットはフルート、オーボエ、バスーンなどの木管楽器を製作する、パリやその近郊に住む有名無名のメーカーによって作られ、旋律管、ドローン管の材料には他の木管楽器同様、ツゲ、黒檀、象牙などが使われた。それとともに革袋を覆うカヴァーには当時最新の刺繍や装飾が施され、見た目にも優美なものが多い。        
 そのため、17世紀中頃から18世紀にかけて絵画にも良く描かれた。
 このミュゼットは、当時の管楽器、フルート、オーボエ、バスーンなどと同じように変化を遂げ、当時他のバグパイプでは考えられなかったアーティキュレーションやスタッカート(音と音の間を切ること)が可能で、18世紀には、他の旋律楽器のためのものと同じような多数の楽譜がたくさん出版された。

 16世紀、フランスの宮廷でのバグパイプの使用は1543年にフランシス1世によって設立されたグランエキュリー(Bande de la Grand Ecurie)という楽団に見られる。このグランエキュリーは戦勝記念、凱旋入門といった宮廷行事のために組織されたのだが、その他に、森の中や庭園、あるいは室内などで行われた華やかな宴会や催し物の際にも演奏した。そのエキュリーのセクションの1つに、「オーボエとミュゼット・ドゥ・ポワトゥ」(Hautbois et Musette de poitou)という楽団があった。この「オーボエとミュゼット・ドゥ・ポワトゥ」はソプラノ、テノール、バスの3つの声部を担うオーボエ・ドゥ・ポワトゥと、ソプラノパートとユニゾンで使用されるミュゼット・ドゥ・ポワトゥという楽器で構成されていた。ポワトゥ(poitou, poictou)とはフランス西部の一地方の名前だが、メルセンヌの「音楽汎論」(6)によれば、名前に「ポワトゥ」が付く楽器はリードキャップ型の楽器であると記述されていることから、この楽団「オーボエとミュゼット・ドゥ・ポワトゥ」では、リードキャップ型のショームのような楽器とバグパイプの組み合わせで構成されていたと思われる。


メルセンヌの「音楽汎論」より

 このミュゼット・ドゥ・ポワトゥという楽器がどのようなバグパイプを指すのか現在正確には分かっていないが、1636年にメルセンヌが出版した「音楽汎論」(Harmonie Universelle)(6)には、リードキャップ型ショームであるオーボワ・ドゥ・ポワトゥの記述と共に、バグパイプの図 (左図)が載せられており、このバグパイプがミュゼット・ドゥ・ポワトゥであるという可能性がある。しかし、ここで描かれているバグパイプは口から革袋に送風されるタイプで、後のミュゼットに見られるような「ふいご」は装備されていない。興味深い事柄の一つに、この楽団「オーボエとミュゼット・ドゥ・ポワトゥ」の名称にバグパイプを意味するCornamuseという言葉が使われていないということが挙げられる。

 当時一般的にバグパイプは、社会的に低い階層の人々の間で、彼らのお祭りや結婚式などを盛り上げるための楽器として宮廷の人々からは一線を画され卑しめられていた。メルセンヌは、この「田舎の楽器」を「音楽汎論」の中で採りあげる事への言い訳すら述べている。

「羊飼い達が知性と知力を失わず、何人かが彼らの使うバグパイプやフラジョレット、そしてそれらに似たその他の楽器の音程の比率を理解することが出来る事を我々は知っているのだから、私はここにこの楽器の音域表を記載する・・・」、「彼らを弁護するために付け加えると、彼らは天使の音楽によって神の子キリストの降誕を通告された最初の存在であるという名誉を持つのだから、ここに一端を担う価値がある。」(p.357)

 メルセンヌは、ここで「羊飼い」という言葉を意識的に使っている。というのも、17世紀の貴族の間では、「田園での愉しみ」(amusement champetres)と呼ばれる、古代ギリシャ神話時代の桃源郷(アルカディア)の羊飼いに身を扮し野外で遊ぶことが貴族の間で流行し始めており、この「羊飼い」という言葉を使うことによって、読者をこの楽器がもつ原始的な「田舎の楽器」であるというというイメージからなんとか遠ざけようしているようである。

 実際、この時期すでに「田舎の」バグパイプとミュゼットは別物として扱われていた。
メルセンヌは、同著の中のミュゼットの項目で、デ・トゥーシュという宮廷オーボエ奏者によるミュゼットの演奏が大変すばらしいと報告している。

「宮廷オーボエ奏者の1人であるデトゥーシェ氏の、完璧なテクニックで演奏されるミュゼットを聴いたら、それが他のどんな楽器にも劣る事はないと認められるに違いないし、それを聴くことは何にも代え難いほどの喜びである。」(p.359)

 この文によって、この楽器が職業音楽家によって演奏されている事実を示し、ミュゼットが農民の楽器であるバグパイプとは違う階級に属しているという事を暗に意味している。


メルセンヌの「音楽汎論」より

プレトリウスの「音楽大全」より

 プレトリウスの「音楽大全」(1619)(5) にも、ミュゼットの記述があり、この楽器がフランス製であり、ふいごを使って送風されることなどが述べられている。(p.43)
 そしてここでも、このふいご付きのミュゼットの図は、一般的なタイプのバグパイプとは別のページに「ポワトゥ」タイプ、すなわちリードキャップ型のショームやクルムホルンなどと共に描かれている。

 

 それ以前の歴史においてバグパイプは、その形状的特徴から豊穣またはエロティックなイメージと結びついていた事も、17世紀における「田園での愉しみ」にこの楽器が使われ始めたことに少なからず影響を与えたとも考えられる。それと共に当時の人々は、古代ギリシャ神話の中で描かれている桃源郷(アルカディア)の羊飼い達がこのミュゼットを演奏していたと信じ、そしてそれに想いを馳せ、彼らの「田園での愉しみ」での彼らの役割と神話の中の「アルカディア」の住人とを重ね合わせたのだった。そして、そんな田園趣味とミュゼットの関係は切っても切れない関係になっていく。
 17世紀後半には、リュリなどによって田園趣味を題材にした舞台作品が多数上演され始めるにあたって、ミュゼットも劇場オーケストラの中に登場してきます。人々は、オーケストラの中から聞こえてくるミュゼットの響きに耳を傾け、彼らの「田園での愉しみ」を想い浮かべ、胸をときめかせた事だろう。
 ミュゼットがオーケストラで使用され始めた頃、音楽愛好家の間では、その楽器に合わせて踊ったり、それを聞くだけではなく、彼らが想いを馳せたアルカディアの住人がそうしたように、自分自身で演奏する事が流行し始めた。
 18世紀に入るとそれにますます拍車がかかり、印刷出版業界の変革も手伝って、オトテールをはじめ多数の作曲家によってミュゼットのための楽譜が印刷、そして出版された。

次へ

ホームへ戻る

Since 28/12/2000