> MMRの生い立ち

♯ MMRの生い立ち



MMR(ミツバ ミュージック レンジャー)の生い立ち(三ツ葉電機製作所50年史より)
<発足> ・昭和38年(1963年)3月の和燈寮生の一部が平野悠紀夫常務にブラスバンド結成希望を打ち上げた。 ・即座に了承され20名程のメンバを募り同年4月2日に楽器を購入し、演奏を開始できるようになった。 その時のメンバは(敬称略) ピッコロ :藤生 和子 アルトサックス: 面川 富 クラリネット :阿部 充、城田 勘市、万年 秀夫、菊間 邦夫、渡辺 洋一、大須サエ トランペット :久保田 忠作、梅沢 孝治 コルネット :小柳 正 メロフォーン:田村 祐三 アルトフォン:川島 明 バリトン :新藤 信夫 トロンボーン:高橋 治達、関口 邦保 ユーホニューム:永井 博 大バス:富沢 信雄 大太鼓 :茅野 純一 小太鼓:斎藤 米造 飯塚 孝 と言う方々です。皆さんの知っているお名前もあるでしょう? <練習日> ・毎週 火・木・土曜日が練習日です。(この頃は土曜も仕事でした) {現在も毎週火・金(・日曜日)ですから練習熱心なところは引き継がれています。} <演奏曲> ・演奏曲はマーチを手始めにワルツ・タンゴ・それから ジャズへと曲層を増していった。 <演奏会> ・発表の機会は会社の行事や地域行事でこれも引き継がれています。 ・又第1回定期演奏会は昭和39年1月25日である。 ・8月には第1回桐生まつりのパレードでバトントワラーズと共に参加した。 ・また、昭和39年9月には群馬県吹奏楽コンクールB組織の部では1位に輝いた。 {今よりも実力・気力があったようです。}




<チャリティーコンサート>
 ・「交通遺児に愛の手を」で始めたチャリティーコンサートは昭和48年(1973年)9月29日午後6時から桐生市
    産業文化会館大ホールで行われた。
 ・参加バンドはMMRの他マンドリンクラブ・ギタークラブ・バトントワラーズであった。
 ・第1部の演奏曲目は ビギン・ザ・ビギン/茶色の小瓶/ボルガの舟歌/サンホセへの道/ヘイジュード/木陰の散歩道、
 ・第2部はセレソローサ/タキシードジャンクション/愛さずにはいられない/この胸のときめきを/春のおとずれ

 ・この時の出演者は
   サックス   :井上陽一 関隆 伊藤正幸 岩田安博 久保健一 田部井充
   トランペット:高橋澄夫 加藤勇 鳥山幸男 遠島八十三 黒沢隆
   トロンボーン:青木俊一 鈴木春己 川崎三津夫 田中義広(部長)
   ピアノ   :木村江美子   ギター:梨本厚     ベース:笠原明高 笠松繁夫
   ドラム   :笹島茂 飯塚孝 田子功            歌:星野清子 
   マネージャー:新藤信夫
           です。現役の顔ぶれが多いです。




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