自然的短音階と今日なされている音階はイオニア旋法といい、ラシドレミファソラで構成され2000年以上も前古代ギリシャ、イオニア地方の歌などで使用されていた音律を西暦900年頃、時のローマ皇帝グレゴリオ一世が収集編纂し聖書朗唱(歌と語りの中間)に使い勝手の良いように並べたものでしたが、このイオニア旋法を含む12ばかりの音階が一番高貴なものとして崇められ、神学アカデミー(カトリック)では未だに用いられているようです。使い勝手とは「没個性」「客観的」「来世的」「静的」な性格を持ち、官能的な美しさや情緒的訴えかけも「宗教的内容に従属していること」(D,Jグラウト)。これらの修養訓に基づく音階、音楽はみな導音を使用しないことによって満たされていたのです。次ぎに旋律的短調(17世紀頃)この音階は一歩進んで導音を持つには持っていたのですが、いわゆる"隠れ導音"歌う時は導音をつけて歌われるが楽譜には表記されない。皆さんはこの「隠れ・・」と言う言葉にちょっと興味をもたれるでしょうが、その前に一度ピアノを叩いて、ラシドレミファ#ソ#(移動度呼称ではシ)で止めて見ていただきたいのす。
そうすれば、シすなわち導音と言うものがどのような性質を持っているかはすぐ理解できるのです。小学生でも分かります。シの音は音楽用語では属音、主音であるドの音が欲しくなる。そう、"欲しくなる音"こそが抑圧者皇帝が忌避した理由でした。

16世紀の後半、商業の発達を推進させたブルジョア階級は「汝、欲するがままになせ」の掛け声とともに、音楽においてはその象徴である導音を使用するに何のためらいも無く表舞台に出現させました。17,18世紀に入ります。このことは音楽史上重要な出来事であったのですが、現世蔑視の神学(カトリック)イデオロギーは、徹底的に導音を排除し、古いグレゴリア旋法に固執して行ったが為に以後進歩的役割を急速に失っていきましたが、一方何かを求める感覚を自由に駆使するかに見えたブルジョアリアリズムは、やがてバロック、ロココ、古典主義を経てさらに進もうとするのですが、依然として人々の貧しい生活を神の加護の元に解決を計ろうとすることを前提とするブルジョアの狭陰さは、いわゆる音楽用語で呼ばれているアーメン終止、サブドミナントからトニックへの穏やかな解決以上には出ることが出来ず、次第に人々から顧みられなくなりました。19世紀に入ってから、教会や絶対性の権威が歴史の後景に退くのに代わって台頭してきたプロレタリア階級(労働者階級)やブルジョア進歩派は、激しい人々の要求を反映して嘗ての導音という呼び名を「矛盾」と言う概念に取って代えました。ドミナントからトニック、更に様々な音をくっつけて不協和音を創り出しカタルシス効果を上げると、矛盾とその解決を要件とする近代和声が以後の音楽史を覇するようになったのです。

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