バッハ トッカータ ホ短調 BWV914

       un poco allegro

       adagio

       toccata allgro

                            シューマンのアラベスクop.18ハ長調

ショパン 舟歌 嬰ヘ長調 op.60

シューマン 幻想曲 ハ長調 op.17

アンコール

             シューマンの「子どもの情景」op.15より トロイメライ

     

             ショパンのエチュードop.10のno.3 別れの曲

プログラムより

◆曲目解説◆

ヨハン・セバスチャン・バッハ トッカータホ短調BWV914

17071713年頃の作曲とされている。

トッカータとはイタリア語の,toccare(触る)からきているそうで、主に16世紀頃から鍵盤楽器を試し挽きする時に使われる言葉だったようです。

この曲はずいぶん前に師であるマグダ・タリアフェロ先生より、終曲はもっとゆっくり弾く様に言われて、この点だけはどうしても理解できなかった思い出があります。(日本での演奏活動はほとんどなさらなかった先生ですが、最近はマニアの口コミで復刻版CDが出回っているようです。)

私のコンサートには必ずいらしてくださったので、サル・コルトーでのリサイタルでこの曲を組み入れて弾いた折も、よく理解せぬままにゆっくり弾いた思い出があります。

2曲目のレシタティーヴォ的なクラヴサンの音をイメージして弾くのは以前と変わりませんが、3曲目はパイプオルガン的な音をイメージして弾いてみようかと思います。

パイプオルガンですと音の響きが伝わるのに時間がかかるので、早すぎるとかえって音が重なってつぶれて聞こえてしまいます。これは音が響かないホールではできない事ですが。

それでも天国の先生はまだ、「マ・シェリー、終曲はもっとゆっくり!」とおっしゃっているかもしれません。

 

 

ショパン 舟歌 嬰ヘ長調 op.60

舟歌はベネツィアのゴンドラ漕ぎをイメージして、メンデルスゾーンやフォーレによって書かれた、ゆったりとした旅の感傷を思わせる8分の6拍子の曲が多いのですが、ショパンの舟歌は8分の12拍子で、テーマが繰り返されるロンド風になっています。

ピエール・バルビゼ先生によれば、傷心旅行で、冒頭の力強い和音は心の痛みの叫びなのだそうです。

それからゆったりとした波に乗ってゴンドラが進んでいく、だんだん広い水路に出て行き、最後は大海原に漕ぎ出していき、自信と希望を取り戻していく繊細な美しさをたたえています。

ショパン自身も、ジョルジュ・サンドとの生活に別れを告げ、体調も悪くなっていく時期でした。彼が晩年(と言っても36歳)にこのような境地にいられたことになぜか安堵しています。

 

シューマン 幻想曲 op.17 ハ長調

1楽章 どこまでも幻想的にかつ情熱的に

2楽章 どこまでも精力的に(凱旋行進曲のように) 

3楽章 緩やかに、どこまでも静けさを持って

シューマンの作品の中でも重要とされている曲の一つで、26歳から28歳までかけて作曲、当時リストが計画していたベートーヴェンの記念碑建立の基金募集に参加するために着手し、リストに献呈されました。リストは「このような壮大な曲をうける光栄を誇りに思い」、後にピアノソナタロ短調をシューマンに献呈しています。

はじめはこの曲に「フロレスタンとオイゼビウスの大ソナタ」という名を考えていたようですが、自由な構成のこの曲には当てはまらず、「幻想曲」とされることになったそうです。

各楽章に表題がつけられていましたが、変わって冒頭にフリードリヒ・シュレーゲルのその一節がモットーとして掲げられました。

                        Durch alle Tone tonet                          鳴り響くあらゆる音を貫いて

                        Im bunten Erdentraum                          色様々な大地の夢の中に

                        Ein leiser Tone gezogen                         ひとつのかすかな調べが聞こえる、

                        Fur den, der heimlich lauschet.                密やかに耳を傾ける人のために。

(シューマンによれば、「調べ」とはクララの事を意味しているそうです。)

ピアノを弾く人たちには、一生のうちに弾かなくてはならない曲が何曲、何十曲とあるものと思います。中断が長かった私にとって、宿題は沢山残っているのですが、この曲はそういった物の中でも難物の一つです。

シューマンが指の故障でピアニストを諦めた作曲家でなかったら、例えば同時代のショパンやリストのように自作を演奏する作曲家であったなら、随分作風も違っていたのではないかと思います。

イマジネーションは彼の頭の中で限りなく飛翔し、それを表現する指の困難さを超越してしまっていると感じています。

私の体力と相談しながら、残った曲を少しでも解消していけたらと思っております。

               

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