音楽家、畠千春さんのこと〜ただひとつの祈り〜    原田 節(ハラダ タカシ)

 

今年2011年は皆さんどなたのお心にも、本当にたくさんの思いや新しい価値観が生まれた年

となったことでしょう。3月11日、それに続き福島から続いている惨劇が、今後もこの国のみなら

ず世界中へ深刻な影響を投げかけ続ける中、芸術家、とりわけ音楽をする者たちは、時間と空間

を旅する天使であり、直接的なアクションを起こせないもどかしさを感じ続けているに違いありませ

ん。

『支え合う』、この言葉を言うはたやすいことですが、一時的に何かのボランティアに参加して汗し

たり、あるいはポケットの中のお金を送ることも出来うることでしょうが、長期的には自分の日々の

生活を全うすることでしか痛みや喜びを本当に『分かち合う』ことができないとしたら、ピアニスト畠

千春さんは音楽家が音楽することの大切さに真っ先に気づき、全てを音楽に捧げることだけが彼

女にとっての『ただひとつの祈り』であることを知っていらっしゃる芸術家であることは間違いありま

せん。

畠さんの今回のリサイタルで注意深く選択されたプログラムを拝見すると、初めて私が彼女とお

会いさせていただいたもう35年以上も前の日の記憶が鮮明に蘇ってきます。その時、彼女の中

にすでに今日彼女が抱いていらっしゃる音楽をすることへの必然がすでに芽生えていらっしゃた

のでしょう。いや、すでにこの世に降り立ったときから、彼女は音楽をすることへの宿命を受け入

れていらっしゃったようにも思えてきます。ご自分の世界と時間を確実に捉えつつ、いたずらに世

相には泳がされることの無い『固い信念』は、もうすでに彼女の体内に根付いており、彼女を導く

良き星は、今日演奏される19世紀20世紀に作曲された珠玉の音楽を、この現代21世紀が真に

新しく生まれ変わる手助けをするべく、絶妙な配置を施させているのです。『今』だからこそ、やら

なければならない、まさにクラシック音楽の宝石箱のようなプログラムなのです。

 

パリでの留学生時代、もちろんピアノの練習やレッスンに息つく暇も無いほどの毎日だったとは伺

っておりますが、そのような目の前の課題をまっすぐにこなすだけの24時間の繰り返しだけで畠

さんが満足してしまうわけはありません。ご存知のように、パリにはどれだけ時間があっても訪れ

きれないほどたくさんの、音楽家ゆかりの史跡やモニュメントが街中や郊外に残っています。畠さ

んご自身がそのような音楽家の息吹が聴こえる聖なる地を来訪なさったことをいくつか書いていら

っしゃるのをお読みになられた方も多いことと存じます。それは単にガイドブックをなぞるだけでも

なく、行ったということだけに満足するためでもなく、少し欲を出して何か啓示をもらいにいこうとい

うのでもなく、そのことでご自分の中にある確固たる『固い信念』を、より美しく輝かせるようにご自

分の感性を磨くためだったのでしょう。今日一番目に演奏される「亡き王女のためのパヴァーヌ」

の作曲者ラヴェルが晩年作曲のために過ごした小さな家を訪れられた話はとても心躍らさせられ

ます。ここで長々と引用するのは避けさせていただきますが、畠さんのホームページに転載されて

おりますので、是非お読みいただければと存じます。畠さんの訪れたその午後、ラヴェルは何か

彼女にメッセージを送ってきたのでしょうか。幸運にも弾いてみることを許された、ラヴェルが仕事

に使っていたピアノは、何か神聖な響きを彼女の心に呼び起こしたのでしょうか。私が感じるのは

、家の中の部屋や調度品そのものよりも、庭の木一本一本が語りかけてくれるラヴェルの日常、

それは限りなく勇気付けてくれるエネルギーを、子供のころに聞いたおとぎ話のように彼女に与え

てくれる。よみがえるのはバラに囲まれた庭の向こうからやって来る過去なのではなく、これから

私たちが超えなければならない数々の試練とその先にある至上の喜び。畠さんは、空に浮かぶ

雲の間から差し込む優しい陽光のような暖かさに、ご自分の奏でる音楽が成りうること、いや成ら

なければならないことをそこで感じ取ったに違いありません。そして彼女はしっかりとそのメッセー

ジを掴んだ。だからこそ、今を生きる畠千春というピアニストが奏でる音楽が、これほどまでに人

々の魂の襞(ひだ)を震わすのではないでしょうか。

今日演奏されるレパートリーはどれもが明るく美しく、希望に溢れた内容に満ちています。次に演

奏されるシューマンの「アラベスク」、文字通り譜面そのものも、アラベスク模様のように非常に綺

麗で繊細な曲線が入り混じりますが、ハ長調を基にして、音楽はあくまでも透き通った世界に遊ぶ

ことができます。バルトークの「ピアノ・ソナタ」は彼の生まれたハンガリー地方の民謡をテーマとし

ています。それは日本の民謡や童謡とも共通した子守唄のような旋律が基本のメロディーとなっ

ていますから、我々日本人にとってもとても馴染みやすく、表向きの激しく入り組んだと思うほどの

堅苦しい音楽ではなく、むしろ母の胸に抱かれるような懐かしい感覚が皆さんのこころに芽生える

のではないでしょうか。こうして畠さんの選択は、確実に一歩一歩皆さんをひとつの思いへと誘うこ

とでしょう。

プログラムの後半最初はショパンの「舟歌」。ショパンとしては珍しいシャープ記号が六つもついた

嬰ヘ長調です。フラット記号の曲がどちらかというと多く、物憂げでどこか寂しげないつものショパ

ンとはちょっと違った、明るいイタリアの太陽のような響き、希望の訪れです。畠さんの提案は皆さ

んそれぞれの舟に対する思いをきっと喚起させるくれることでしょう。ドビュッシーの「月の光」は三

度音程で奏でられるあまりに美しいメロディーが有名です。少し専門的な話しになってしまいます

が、普通だったら美しい旋律に加えて、ハーモニーを加味するという意味で別の音程を加えたりし

て、プラス伴奏がある、という決まりきった形になるところなのですが、ドビュッシーは三度という二

本のメロディー線で主旋律を創りあげたのです。過去の価値観に捉われなかったドビュッシーの

天才ぶりに驚かされる傑作です。「ゴリウォーグのケークウォーク」はウォークをひっかけた言葉遊

びのように楽しくこころ踊る佳品です。まるでびっくり箱を開けるときのような、ドキドキしたワクワク

感を、きっと畠さんは茶目っ気たっぷりに用意してくださったのでしょう。例えどんなに辛い時にで

も笑顔を忘れさせない嬉しいプレゼントですね。

さて、いよいよコンサートも最後の曲、やはりドビュッシー作曲の「喜びの島」です。近年少し振り

返ってみるだけでも、日本という国は、明治維新、大正の関東大震災、昭和のあの悲惨な戦争と

アメリカによる占領時代といった大きな出来事を節目にして、大きく社会を変革させ、新しい時代

を築いてきました。平成の今年の忘れ得ぬ震災と事故という大きなショックは、『復元』させること

だけが『復興』なのではなく、真の『復興』とは、新しい価値観を持った新しい時代に生まれ変わら

なければならないことを教えてくれているように感じます。「喜びの島」にはそういう未来への若々

しい希望と期待に満ちています。他の誰によるものでもなく、他の誰からもらうわけでもない、自分

たち自身が築く未来です。1904年に作曲されたこの曲はフランツ・リストの「エステ荘の噴水」(1

877年作曲)からの引用が見え隠れしています。印象派音楽のきっかけ、先駆けになったとされ

るリストの傑作ですが、譜面にヨハネの福音書から『永遠なる命の水』の一文が寄せられています

。ドビュッシーのように私たちもまた、荒波にもまれ、波を被るのが自分たちであっても、先人に対

する敬意を踏まえて新しい世界に舟を漕ぎ出していく、恐れをもたらした『永遠なる命の水』に向

かっていく、まさに今がその時なのではないでしょうか。畠さんの祈りは私たち皆にとってのそれぞ

れの祈りを呼び覚ますことでしょう。忘れ得ぬコンサートとなることを期待しつつ。

     

 原田 節(ハラダ タカシ):オンド・マルトノ奏者、作曲家

 

 

 

戻る

Top Page

 

 

 

 

プログラム解説