品質保証マーク“ENO”の名のもとに、様々な音楽をパックしてきた男

 

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 イーノについてまず最初にビックりしたのは、彼はロキシー・ミュージックっていうバンドから出てきて、当時はみんな彼のことを“エノ”って呼んでたんだけど(笑)、日本盤のライナーにもエノって書かれてて、とにかくそういう名前の化粧したヘンなオッサンがいると。まあ、その頃はロキシーには奇抜な奴がいっぱいいたから、イーノのこともその中の一人だろうぐらいに思ってたんだけど、3枚目の『ストランド』から急にいなくなって、どうしたかと思ったら、あれよあれよと言う間に自分のレーベルを作ったりして派手にやり出した。ロキシーは一枚目からけっこう実験的なこともやってて、僕らは当時はそれがイーノの才能だとは思わずに、むしろブライアン・フェリーあたりの趣味じゃないかと思ってたから、彼が自分のレーベル作って、一連の作業を始めた時にはちょっとビックリした。だから商売人って言ったら語幣があるけど、非常にスイスイとやりたいことを自由にやってる感じで、ある意味ではすごくうらやましい人だなという印象がある。

 イーノのソロ・アルバムで僕が一番最初に買ったのは『アナザー・グり一ン・ワールド』。あのインストゥルメンタルのやつ。あれがすごく気に入って……。ロキシーの頃のイーノとそんなに離れていないっていうか、例えば『ウォーム・ジェット』あたりに入ってる曲のいくつかともすごくうまくシンクロナイズするような、歌詞だけがなくなったみたいな・・・…。イーノは2枚目の『テイキング・タイガー・マウンテン』の中でも、夢の中でくり返しくり返し出てくるすごくきれいな美しい風景ってのを、これもまた夢の中で女の子のコーラス隊か何かが中国風の合唱団みたいな賑やかな感じで歌をうたうっていう風な曲をやってて、それはロックン・ロールなんだけど中域だけで作られてて、いわゆるドンシャリではない。彼の曲はみんなそうで、“耳”じゃなくて直接ノーミソに響くような、非常に安手のカチャカチャした音で作られている。それはリズム・ボックスを対応させたってことも大きいんだけど。だから、どこかこう、朝、目が覚めて、夢がまだ断片的に頭の中に残っているような状態をそのまますっと歌にしちゃったりするような傾向は、彼の中にずっと前からあるものじゃないかという気がする。それがそのまま『ビフォー・アンド・アフター・サイエンス』とかの感じに移行していったんだなっていうのはすごくよくわかる。形態はロックだったり、クラシカルなインストゥルメンタルだったりするんだけど、流れてる曲の湿度というか、温かさみたいなものは共通してるんじゃないかと思う。

 良い意味でも悪い意味でもよく言われるのは、イーノはいわゆるミュージシャンではない、と。もっと別のオーガナイザーというか、そんな形でとらえられるんだけど、音楽というのは彼にとってはひとつの素材に過ぎないだろう。夢の具象化というか、暖昧なものをひとつの作品にとどめる作業をする人たちの一人であって、その手段として“音"というのをたまたま選んだ。だから音楽っていうよりも“音"だと思うんだ。彼がレコードに刻み込んだものは。

 曲そのものが与えてくれるイメージっていうのは格別イーノが秀れているというわけじゃない。イーノと同じぐらいの力量を持った人たちは、現代音楽の作曲家の中にもいっぱいいると思う。だけど、彼がそういう人々と違って革命的だったのは、誰にでもわかりやすいコトバ、この場含の“コトバ”っていうのは、「ロックのレコード店にも置かれることのあるレコード」っていう意味なんだけど、そういう広がりやすい媒体でああいう音楽を始めたこと。ハロルド・バッドのような人が、クラシカルなアプローチだけでどれだけ素晴らしい音楽を作り出していても、それはそれですごく閉ざされた世界、本来、音楽っていうのはそういう世界であって、それを音楽以外のいろんなもの、例えばアートであるとかもっとヴィジュアルな方向性に結びつけやすいっていう意味じゃ、やっぱりロックっていうのは一番可能性のある媒体だと思う。だから、ひと頃、例えばツトム・ヤマシタであるとか現代音楽の人々がロック・ミュージシャンに近づいてきたりしたことがあるけど、そういう人たちのやってることとは、イーノの場合は、似てるようで全然似ていない。もうひとつ、そこには時代的なものもあったとは思う。彼自身、アート・スクールに通ってたこともあって、いろんなものをなんでもかんでも自由自在に再構成できるメルティング・ポットというか、そういうポイントみたいなところにちょうどロックがあったわけで。60年代の、特にイギリスだとか…。とても自然に、手段としてとても手頃でしかもエキサイティングなものとしてロックがあった時代だと思う。現在の音楽シーンというのは、昔だったらひとつひとつコンサートに足を運んで、自分の気に入るものを探していくって感じだったけど、今はすべてレコード会社の宣伝文句で左右されちゃうところがある。イーノはそれを逆手にとって“現代音楽”をバッケージしたんじゃないだろうか。アンビエントのララージだとかジョン・ハッセルなんかも、イーノは別にいてもいなくても同じような音楽をやってた人たちだと思う。まあ、幾分、エコーの処理とかにイーノらしさは出てるかもしれないけど、基本的な部分は大して変わりないだろう。ただ、イーノっていうのは、例えば名画座なんかで、とても良質の映画を次々とかける映画館があったりするように、そういう映画館の館長みたいな感じ、この映画館だったら安心して良いものが見られるだろうみたいな、そういうJISマークのような役割を果たしているんだと思う。

 次に、サウンド的な面から見た場合、イーノ自身がレコードの中で一番特徴的に見えてくるのは、やっぱりミキシングの部分じゃないかな。エコーの使い方だとか、特にイコライジングに関しては、普通、ロックでレコーディングする時、少なくとも“ロック・ミュージックの定義”みたいなものは音質的な部分にもそれなりにあって、例えば太鼓はこう聴こえなきゃいけないだとか、ギターは前面にとか、そういう暗黙の決まり事みたいなものがいつの間にかあった。どのレコードを聴いても、わりと同じように音が配置されてるような傾向があったわけ。イーノはそれを全部崩しちゃったところがある。『タイガー・マウンテン』を聴くと、太鼓の代わりにリズム・ボックスを使ったことから、必然的にすごくリズムが軽くなって、余分なまわり込みだとかそういう要素がスポーンとなくなっちゃってる。何かリアルじゃない、ブリキのオモチャみたいな妙な質感がそこに出てきて、りズム体だとか、鳴ってるものは明らかにロックなんだけど、それをガラスに描いて裏側から見てるような、そういうショックを与えてくれた。やろうと思えば誰でもできたことをイーノが初めてやった。もともといろんなものの固定観念を崩すってことにロックの面白さがあったのに、いつの間にか、ロック自体もアカデミックになっちゃった。イーノはそれを壊すような形で出てきたんだと思う。だから彼がプロデュースしたDEVOの登場も同じようなやり方だったと思う。

 常識をムチャクチャにしてるようなミキシングの仕方じゃないかと思うんだ。例えば、『アナザー・グリーン・ワールド』なんかもそうだけど、すごくS/N比の悪い。もともと彼は小さい音で聴いてもらうことを念頭において作ったみたいなことを言うけど、むしろ小さい音でしか聴きようがないという(笑)、ヴォリューム上げるとノイズだらけみたいな、そういうものを大手のレコード会社から平気で出す(笑)。また、『ビフォー・アンド・アフター・サイエンス』はすごく音質が良いんで逆にビックリしたんだけど、A面のいくつかの曲では、べ一スもドラムもギターも全部同じような音域でイコライズされていて、全部がべったりくっついちゃって、どこからギター・ソロなのか全然わからない(笑)。ソロもりズムもゴチャゴチャでお餅みたいにくっついちゃって流れてる。あれにはビックりしてヒカシューなんかでもけっこう参考にさせてもらったんだけど。だから、彼の場含は、最低これだけは守らなきゃいけないみたいなことも無視して、また、あえて逆にしたりして、新しい音というか最終的にこの曲はどういう風に聴かれるのが一番良いかというところまで、音の響き方というか、そういう部分まで考えて作ったんじゃないか。

 あと、リズム・マシンを革命的なというか、逆説的にとても重要なものとして初めて使ったのもイーノじゃないかと思う。クラフトワークあたりも早くからやってたかもしれないけど、とにかくリズム・ボックスを使い出したっていうのは、シンセが他のあらゆる楽器を代表するようになってきて、そうなるといろんな楽器を全部自分でやろうとする。だけどドラムっていうのは、当時シンセで一個一個やろうとするとものすごい時間がかかるんで、それでリズム・ボックスを使い出した。でも、そういう発想の中ではあくまでもリズム・ボックスは代用物でしかないわけで、それをリズム・ボックスならではの良さで提示してくれたのはイーノが最初だったんじゃないか。

 とかくカリスマだとか、天才児的なとらえられ方をすることの多い彼だけど、さっきも言ったように、イーノの中で秀れているのは、さまざまな形のプロジェクトの中で築いてきた“イーノ印”というか、決して情に流れず、イージー・リスニングとして怠惰に流されないだけの計算された知性がいつもキラッと光っているように思わせる才能だと思う。ただ冷静に見れば、曲そのものは実は非常に感情的なレベルで作ってるとしか思えないし、インスピレーションだとか、誰かの音楽を聴いていいな一と思ったものを自分なりに消化してみたりとか、彼自身は非常にお手軽なところで作ってるんじゃないかと思うの。だから、いろんなところで同時進行的に培われたイーノ印の知性というか、そういう風なものがすべて現在の彼の評価に結びついてきちゃってるんだと思う。(談)

井上 誠 (ヒカシュー、INOYAMALAND)

 

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