Eno:Book

[ 1 2 ]


 

tamm.jpg (3218 バイト)

Brian Eno:his music and vertical color of sound by Eric Tamm

  


「ブライアン・イーノ」

エリック・タム著
小 山 景 子 訳
1994年6月5日発行
水声社      3090円

エリック・タム(Eric Tamm)
カリフォルニア大学
バークレー校で
音楽博士号取得。
サンフランシスコ州立大学で
音楽史、音楽理論、
ピアノなどを教える。
(1994)

                   目 次

  前書き

  第一部 音楽の世界の中のイーノ

  1 イーノの作品の概要
 2 背景と影響
  3 他の音楽について/批評家としてのイーノ
  4 非ミュージシャンの耳
   アート・スクールと実験的作品、プロセスとその結果としての作品
   聞くことについて
   音楽的技術について、そして非ミュージシャンであることについて
  5 イーノの聴衆、イーノの意図
   イーノの聴衆
   イーノの芸術的意図
   イーノのエッセイ『芸術における多様性の発生と組織』について
 6 作曲のプロセス
   装置
   作曲のシステム
   言語表現と歌詞
 7 哲学者としての音楽家
   究極のリアリティ
   文化と情報
   男らしさと女らしさ
   政治
   メタファーとイメージ

  第二部 イーノの音楽

  8 ロックの極限
   アルバム
  9 イーノのプログレッシヴ・ロックとその音楽
   攻撃的なロックの曲
   ポップ・ソング
   奇妙な曲
   賛美歌のような曲
   インストゥメンタルの曲
10 アンビエント・サウンド
   アンビエントの長い曲
   アンビエントの短い曲
11 コラボレーション
   ロバートフィリップとのコラボレーション
   デヴィッド・ボウイとのコラボレーション
   トーキング・ヘッズ、デヴィッド・バーントのコラボレーション
12 本質と歴史と事実
   音楽の本質
   音楽の歴史
   音楽の美


内容の興味深さもさることながら、訳者後書きで、小山景子さんが言うところの、イーノは・・・・・ロックの一番わかりやすい部分(ファッションによる生活の主張、ライヴでの聴衆との一体感、ドラッグの試用やテクノロジーの量的な蓄積による自我の拡大)を、完全には否定しなかったにせよ、彼にとっての本題からはずしてしまったのだった。その決断によって必然的に、ロックのもう一方にある本質的な部分(芸術」のジャンルの破壊、技術の否定、「電気」という道具の観念的な構築、自意識的・批評的な制作態度)が、くっきりと問題の中心に据えられることになった。ってーところ気にいってます。


 

w01009.gif (5555 バイト)

A Year With Swollen Appendices


「A YEAR」

Brian Eno   山形浩生訳  PARCO出版 1998年6月20日発行 4000円

 内容について少し紹介。

 「A YEAR」はイーノの1995年1月1日から1年を通じての日記と「アンビエント・ミュージック」「ウオーチャイルド」などいくつかの補遺からなる本です。
この年、イーノは主に4つのレコーディングを行っており、日記では1月にデビット・ボウイとのレコーディング〜「Outside」として発表されるものの終盤の様子をはじめ、3月に「Laid」「Wah Wah」に続くJAMESの新作に向けたプロジェクトの開始間もない様子。5〜7月にはU2とのコラボレーションとその作品が、U2/ENOとしてではなくパヴァロッティなどの参加も得ながら「Passenger」という形で発表される経緯について書かれていす。5月にデレク・ジャーマンの最後の映画用にイーノが作ったサントラ盤にもとづいてジャー・ウォブル(元PILのベーシスト)と「Spinner」を作成。

 こうした作業の経過がこと細かく書かれており、「非ミュージシャン」イーノがミュージシャンに対してどのような形でプロデュース・コラボレーションを行っているのかその一端がうかがわれます。また補遺の「音楽の共有」でも「この本にはレコード制作の話が多いし、私の収入のほとんどもそこから来ているので、実際に収益がどのように生じて分配されるのか概略を述べるのも一興だろう」として「お金」と「現代的」プロデューサーの役割について一言二言。
 イーノ自らの作品については、SSEYO社の音楽ソフトKOANによって、夏から秋・冬にかけジェネラティブ・ミュージックを「ものにする」過程(ジェネラティブ・ミュージックについてはここを参照)が書かれています。また、OBLIQUE STRATEGIES・オブリーク・ストラテジーズの新作もあちこちに。

 イーノは「この日記全編を通じて交わされる非常に重要な会話がある。1つは妻のアンテアとの会話。・・・・もう一つはスチュワート・ブランド(いわゆるメル友)とのもの」としています。
 アンテアの影響で関わりだしたWarChildの諸活動(当時イーノのオパール社はこの組織の非公式の第二事務所のようなものになっていた)、ボスニアをめぐる動向、また、それまで「バンドエイド」のようなチャリティー活動には強い否定的態度で「有害である」とさえ言っていたことについて 、「私のルーレットの輪はなぜここで止まったのか?なぜワンダでもカンボジアでも、アンゴラでもないのか」と自問する様子も。4月下旬に自らボスニアを訪れ、9月上旬にはミュージシャンらに呼びかけ「Help」をプロデュース。この売れっ子ミュージシャン満載のアルバムはイギリス音楽史上最高の売れ行きとなり125万ポンド以上がウオーチャイルドに入ったとか。4月下旬から2ヶ月かけて、いわゆる著名人から様々なものを集めて「ペガンおもしろウェア」という手作りのチャリティー・バザーを企画した顛末も。

 日記「らしく」時には落ち込んで「8月24日 今の私には共感してくれる聞き手がいない」「8月25日 ちょっとした成功に浮かれてだめになってしまった」と言っていたと思ったら「8月26日 モンティーパイソンを見続けるよう、ワインの空き瓶に小便。」(便所に行く暇も惜しむほどイーノもパイソン<link2>が好きだったんだ。gumbyな奴!)

 アンテアとの会話だけでなく子供達(イリアル:5才弱、ダーラ3歳半)のことも毎日のように書かれており、例えば、1月25日 イリアルの誕生日。5:50am:イリアルが私の背中をなでて言う。『パパ、もう起きた?』わたし:『もうちょっと寝ててよ』 5:51『パパ、もう起きる時間になった?』、4月22日 今朝、ダーラが朝食で踊ってくれたが、急に止まって言う。『あたしの名前はもうダーラじゃないわ。あたしは(考え込んで長い長い間)……フラワーハートよ 』 などなど。あ〜かわいい!

 イーノ好きにはどこを読んでも興味深く、楽しめるでしょう。

 

HOME/BACK