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作曲家とは何か、という話しなのですが、お二人とも“すぐれた作曲家になることはそのための教育を受けているいないに関係がない”という考えをずっと擁護していらっしゃいますよね。でもそこで明らかに起きる問題があると思います。イーノ風、あるいわケージ風作曲家というのが巷には一杯いるでしょう。彼らは何の教育も受けてないことがそのまま斬新なことなのだと考えています。では、独学の作曲家の中で聴くに値するものと値しないものとを分けるのは一体なんでしょう。

 

ケージ:“聴くに値する・しない”というのは、聞く人間それぞれによって違うと思うけれどもね。私に言わせれば、どんな音であろうと“聴ける”よ。私は今まで、何らかの音を聞いて楽しめなかったことがない。あまりに音楽的な音を除いてはね。音楽が、私をコントロールしようというような時にだけ、どうも厭になってくる。例えば、ハレルヤ・コーラスなんかは駄目だね。でも、意図されてない音である限りは、何でも平気だよ。

イーノ:言えますね。ある種の音って、あまりに意図的に厚く積み重ねられているんで、本当の意図が見えなくなってしまうんですよ。歌詞の問題はそこにあると僕は思うんですね。評論家達がポップ・ミュージックを批評するやり方をみれば一目瞭然ですが、いつも詞のことばかり書く。それは、言葉が彼らのメディアだからだ。そりゃ、音楽について論ずるよりは詞について論ずる方が簡単でしょうからね。でも僕にとっては逆だ。僕はたいていの場合、言葉を聞き取りたいと思わない。詞は、曲の音(サウンド)そのものに比べたらひどく神秘性のないものを押しつけてくるんで、だいたいは曲を台無しにしてしまってると思う

しかし、君が聞いた専門教育の有無に関する質問ではね…ここで本当のことを言っちゃうと(と、ケージに)僕が作曲家になった理由といいますか言い訳といいますか、実は貴方なんですね。責任転嫁ですな。つまり僕はそれまで一度も楽器を習ったことはなかったし、その後現在に至るまでそうなんですから。それでも音楽には昔から夢中で、そしてアート・カレッジにいた時に貴方の著書「サイレンス」を目にしたんです。そしてその後も貴方のコンサートを何度も観て、今こうして貴方の声を聞きにロンドンへ来ている、等々といったわけで、それとやはり、この分野には広大な余地がある、まだまだ新しい領域がある、といったところかな。この領域ではまだ誰にも、もうこれ以上何も出来ないんだと言うだけの時間が経ってないですよ。

 

ケージ:貴方は、実際さほど勉強の必要のない新しい手段を使って、仕事を始められたんじゃない?


イーノ:そう、その通りでしたね。僕が最初に使った機材といえば、テープ・レコーダーでしたからね。とにかく幾つも集めた。ものすごく夢中になってしまって、どんな状態のものでも、たとえ正しく作動しなくても、回転がヘンでも、一秒に1・8分の7インチしか進まなくても、とにかく集め回って。だってそれぞれに個性があるわけですから。でもテレコを音楽のための装置として使い得ると思ってた人さえ、そう沢山は居なかった。だからこそ、これはこう使わなきゃいかんという奴も居なかったわけでね。ビデオも、同じだと思うんですよ。ビデオには独自のバックグラウンドがある。それはかなりアナーキーなもので、何かしら劇場なり映画なりと切り離せないものがある。そしてビデオにはこの先、とてつもなくエキサイティングな面があると思ってます

 

ブライアン、「ミュージック・フォー・エアプレイ」(かなり聴きやすいソロ作品を集めたプロモーション用オムニバス版、81年にリリース)で貴方はこう書いていましたね。“自分でこれを聞き直してみて、古くさくなったと思うよりかは、かつて妙だと思われたこれら革新的スタイルがいま曖昧に“ニューウェイヴ”と呼ばれているものだと言うことに気づく。だが私の興味はこうした分野からすでに逸れてしまっているので、この貢献を誇らしく思うと同時にかなりのとまどいを隠しきれない”と。確かに、ロック・バンドと仕事をしたのは久しぶりでしょう(イーノ、頷く)何が、貴方に、U2のプロデュースを引き受けさせたのですか。


イーノ:僕はここのところずっとゴスペル・ミュージックを聴き続けてきたんだけれど、それは伝統音楽を再評価しようという事でもあるわけね。そもそもの始まりは、柳宗悦という人の『無名の職人』という本でね、この人は東京にある民芸館の理事なんだ。この本の中で、彼はものを創るのは二つの方法があるといってる。困難な方法と、容易な方法と。ならば誰が、困難な道を選ぶだろうと思ったんだ。 

その困難な道というのは、個々のアーチストが自分の領域を確立する道。そして容易な道とは、気品と伝統の道、まさか自分が大きな変革をもたらすだろうなどという可能性も考えもしないで……ただ、日々200個の部品を作るために存在するというあり方。ゴスペル・ミュージックの好きな点の一つは、そうした慎ましさなんだ。歌っている人々は決して眉間に皺を寄せた芸術家ではないということ。多くの民俗芸能を見て思うのはそれだね。人々がそれをやるにも、むしろ無意識的な要素、自然な声域だとか、そういったものに左右されている。そうした要素のすべてが、とても面白い。

それで僕は、この二つの道の折衷は考えられないだろうか、と思ったのね。風に流されていく舟にも似た“容易な道”と、岩山をよじ登っていくような“困難な道”との。そこで思い浮かんだのがマチス。なぜなら彼は人生の最後には、自分の作り出してきた伝統の中の一職人になったと思うので。そして、一つのアプローチを究極まで追求したために、しまいにはある種の無心さを身につけたのだと思う。

“それなら、ポピュラー・ミュージックにもこれは言えることなのか”と僕は考えた。そしてU2は、バンドとしてはこの分野の中でももっともソウル・バンドに近いところにいる連中だ。音楽をやるときに、その精神面が大いにものを言うバンドだと思う。彼らなら一緒に仕事をする価値もあると思ったんだ、そういった意味からね。

 

ジョン、先ほどブライアンも名前を挙げた貴方の著書「サイレンス」の基本的なメッセージは“あらゆる事が許される”といった事のように思えますが……。


ケージ:あらゆる事柄は許される、ゼロが土台になっている限りにおいて。そこのポイントが、しばしば理解されていないところなんだ。意図的でなければ、すべては許される。しかしそこに意図が介在すると、例えば誰かを殺したいと思っている場合には、それは許されない。音楽でも同じことさ。さっきも行った通り、音を聞くよう強制されている間は楽しめない。自ら耳を傾けたくなるような音楽が好きだね。


25年前に大きく開かれていた選択の道を、作曲家はいっこうに追求していない、という批判がありますけれども。


ケージ:それは、作曲家が保守的だという事かな。

ええ、むしろ新しいものを発見できるはずの精神を生かさずに、貴方の作り上げた最終製品を模倣しているだけだという。


ケージ:思うに、私が若いころの音楽界というのは全く様相の違うものだったんだよ。私が始めたころには、選択肢は二つしかなかった。一つはシェーンベルクの後を追うこと、もう一つはストラビンスキーの後を追うこと。だがいま現代音楽の作曲家になろうと思えば実に沢山の事ができるし、みんな思い思いにやっている。私の名前も知らん人達だって結構いるだろうよ。それでも彼らは自由にやれるんだ。それを可能にせしめたのはテクノロジーの大きな変革であるし、世界も変わって、かつてはバラバラだった様々な文化を担う人々が交流しあうようになった。そこに関わる人間の数もどんどん増えてくるわけで、マーシャル・マクルーハンを引き合いに出すまでもなく、現代の情報量は50年前のそれとは比較にもならないのさ。全く別の世界なんだ。XかYかといったメインストリームに従うことを余儀なくされる世の中ではない。

 

しかし、何度となく“アイデアを拝借”されるお二人としては、新しいアーチスト達が決して新しくないアートをやっているのを見て、複雑なお気持ちになりません?


イーノ:堆肥のようなものだと思ってるよ、僕は。文化を大きな庭と考えれば、堆肥もなくちゃね。そしてかなり大勢の人間がやっていることは……まあ、ドラマチックでもラジカルでもないし、格別面白いところもない。つまり、ただの消化過程なのさ。様々な細かなものが結合され、試行される場所なんだ。生物の、個体群のようなものだよ。我々一人一人は、遺伝子という一つのサイコロを振って出た様々な目なんだ。音楽もそういう風に考えれば、二度と聞きたくないようなものがこんなに沢山存在するわけもわかるさ。たまたま現れて、通り過ぎていき、堆肥となる。そこから何か別のものが育つためのね(笑)園芸って、あらゆるものに対する良いレッスンになるだろう。

 

 


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